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古くて新しい席

 4月に入って以来初めて行く、古いほうの勤務校。まだ年度初めの行事ばかりで授業はないから、今日は教科書と時間割を取りに来ただけ。ここへ来て4年目になるのに、いつもと違う新学期の雰囲気に、微妙な緊張感。職員室の扉を「こんにちは……?」と開けると、
  新世界!
席替えが行われていた。

 高校生たちの席替えでも、なぜか席替えしても場所が変わらない人もいるが、わたしの席も毎年変わらない。ストーブの一番近く、出入り口の一番近く。職員室の引き戸をノックして、「入ってもよろしいですか?!」と叫ぶ高校生たちに、「どうぞ~😊」と返事をする役回りの席である。
 この、どうぞ係は、高校生の名前を復習するにはもってこいの席である。伝統的実業高校であるこの学校では、職員室に入るときには、必ず、職員室の全員に聞こえる声で、何科・何年の何さんか名乗りを上げるマナーになっているので、「この人、だれだったっけ?え~っと……?」の答え合わせがすぐ出来る。女子はほとんどいない少年だらけの学校なので、なかなか名前が覚えられないから、ちょうど良い。

 どうやら掃除時間で、職員室に先生たちはほぼいない。教頭先生と、職員室の掃除当番の、去年のおしゃれ科の数人だけ。1つ学年が上がったおしゃれ科の人たちが、わたしに気づいて、遠くから「公共は変わってないんや~。」と、懐かしそうな顔をしてくれる。


 机の移動で、なんとなく風景が変わっているのは分かるけど、そこには誰も座っていない。誰がどの席?誰もいないので、机の観察。

 わたしの席は変わらないが、毎年、周りの人の席は入れ替わる。
 背中合わせの席は、地歴科の席。社会科として一緒に括られることの多い地歴科は、3年間一緒に働いたF先生が今年転勤されて、新しい先生が来られたと聞いている。机の上にはきちんと重ねられた今年の教科書たちが平積みされていて、開いたパソコンが置いてある。F先生は、かなりごちゃっとした机の持ち主だったけど、新しい先生はそうでもなさそう。まだ物が少ないからかな?
 教科書を取ってもいいかな?メモを書いておいとけばいいか、と、平積み教科書からわたし用に1冊取る。

 メモを書きながら、向かい側の観察。向かいの席は、職員室にはめったに現れない専門科の先生の去年と同じ机。変化なし。

 右隣の席には……。
 大きな写真のパネルが、こっち向きに立てかけて置かれている。ラケットを持ったユニフォーム姿の、古き時代の日焼けした高校生たちが、上下に並んだ記念写真。下の方にその選手たちの名前も印刷されている。どうやらソフトテニス部が全国に出たときの古い写真……。
 メモを書く手を止めてじっと見ていると、出場選手の名前の中に、今年転勤したソフトテニス部の名物顧問の先生のお名前が。
  わ~、あの先生の高校時代? えっと、えっと……、どの選手??
と、穴の開くほど見つめるが、どれだか分からない。写っているのは精悍そうな高校生たち。このどれかが、あの先生??

 と、そこへ、掃除監督の終わった、その机の主、ソフテニ部副顧問くんが戻ってきた。
 ソフテニ部副顧問くんは、実習助手の先生だけど、この高校を卒業してまだ1年の、若い若い先生だ。見た目は高校生だ。高校生のようにジャージを着て、高校生と同じ作業着まで着ている時もある。おととしのワイルド科3年の現社の授業に居た、そのときのままだ。廊下側の一番前の席に座っていたそのまま。とある若者の友達の、ジュニア時代からの1つ先輩で、とある若者ともちょっとだけ知り合いでもある。

 わっ。ソフテニ部副顧問くんがお隣なんだ。なんだか、ものすごく違和感。顔には出さないつもりだけど、微妙に出てしまいそうで、……。

わたし:これって、もしかして……?
ソフテニ部副顧問くん:○○先生です。
わたし:どれ??
ソフテニ部副顧問くん:これですね。
わたし:へぇ~?……え~?……??(教えられてさえ分からない。人って変わるものですね?)
ソフテニ部副顧問くん:😊😊 ○○先生が転勤した次の日に学校に来たら、自分の机の上にこれがポンって置いてあったんですよ。😊😊😊~
わたし:😊😊😊~

  まあ!ソフテニ部副顧問くん、なんて大人の会話なんだ。
と、わたしの中で「ソフテニ部副顧問先生」に、呼び名が変わりました。


 そこに、新しい地歴科の先生登場。「あっ、公民科の雲子先生ですか?」と、うしろから声をかけられた。驚いた拍子に、メモ用紙が、ひら~っと、わたしの手から舞い出てしまう。さっと拾ってくれるソフテニ部副顧問先生。さすがインターハイ出場選手の運動神経!と気遣い!

 「お世話になります。よろしくお願いします😊。」
と、ソフテニ部副顧問先生からメモ用紙を受け取りながら、わたしも大人らしく応えようと勢いよく、くるっと振り向いた瞬間、「あ!」。今度は手に持っていたサインペンがキャップが開いたまま、かなりの距離、吹っ飛んで行ってしまった。
 慌てるわたし。またすぐ拾いに行ってくれるソフテニ部副顧問先生。さすがは、後衛!粘り強い。だけど、今度は完全に、目と、口まで笑っている。これではもう、ほとんど「いっけな~い、ちこく、ちこく!」ぐらいばかばかしい、新・地歴科の先生との出会いのシーン。
  😊😊😊~
と、わたしも笑うしかない。

 これからお隣さん、背中合わせさんで、1年間よろしくお願いします、ソフテニ部副顧問先生と新・地歴科先生。
 職員室ではなるべく動かず、大人しくしていようと思った。

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