雨が止む前に...

  篠突く雨が静かに、頭を垂れた若葉を濡らした。2度目に会った彼は、心で温めていた想像よりもずっとくたびれていた。しかし自分の尊敬する気持ちは変わっていない。あの日、川端でうずくまっていた自分に黙って傘を差し伸べてくれたのは、その肩幅の広い大きな背中だったのだから。雨の音に鳴動する追憶は、彼の低い声に阻まれて消えた。
  「それで、どうしたいというのかね。」
 
  「どうしたいって、この傘を貴方に。」
  遠い街灯りのぼやけた窓越しに、濡れた貴方の姿を認めるなり駆け出していたのです。突然、彼は不気味なほどに重々しい音を立てて喉を鳴らした。それが嗤いだと気づくのに時間がかかった。
 「ならばこうしよう、君とこの波打つ川を渡って、どちらが先に向こう岸に着くか。君が先に着けば、または命が持てば君にその資格があるだろう。」

  私は眼下を流れる濁流に、思わず躊躇した。彼は自分の思いつきが愉快でたまらないというふうに、再び大きく喉を鳴らして風を仰ぐように腕を広げて、ひらり。
私はただ呆然として、その山高帽だけがもんどり打って波間に消えていくのを見ていた。水かさを増した水流が、赤子のいたずらのようにこっそりと足元のこうもり傘を攫っていった。

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