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月1読書感想文 1月 『傘下の花』

『傘下の花』 ーあのころの、ーより 彩瀬まる  2012年実業之日本社

女性作家6人による、女子高生をめぐる6つの物語。
夢や憧れ、嫉妬、悲しみ、不安、怒り…あのころ、の女子高生ならではの揺れ動く心や主人公たちを取り巻く環境や人々。「ああ、そうね、そんな感じだったよね」そう思いながら読み進めた。

その中から『傘下の花』について感想を書いてみたい。

シングルマザーの母親の仕事の関係で、転校を繰り返している慧子。
地方の室町時代から温泉産業で栄えてきた小さな街へ引っ越して来る。
地方の閉鎖的な社会にありがちな、どの家も親戚同士のような密な付き合いをし、1体1体の大きな生命体のような空気を持つ社会だ。


なんにもない、けれど歴史や伝統といった見えない糸がそれぞれの家の軒先や雨どいに幾重にも絡まった、静かな静かな古い町だ。

『傘下の花』より


わたしも地方出身なのでここまでではないにしろ、この感覚は分からなくない。
あのじっとりした空気が苦手で、学生以降はもうずっと『ドライ』な東京に居を構えている。しかし同じ会社にいた同郷の先輩は「東京の冷たさは辛い」と嘆き、最終的には仕事をやめ実家に帰って行った。
まだ若かったわたしは「あの空気感を懐かしめる人がいるんだ」と驚いたのを覚えている。もちろん今は、どこにどう馴染めるのかはその人毎の性格や思考によると理解している。


自分たちの知らない土地からやって来たというだけで、同級生にとって慧子は異物であり、さらに標準語を話し土地の方言を聞き取れない彼女は孤立して行く。慧子自身も揶揄われるのを避けるために、どんどんと内向的になっていく。
そんな慧子は隣のクラスの八千代と友達になる。
八千代は地元で代々続く和菓子屋の孫娘だが、やがて婿をとり店を継がなくてはいけないだろう自分の決まってしまった将来と、そういう文化のこの町を嫌っていた。
八千代は近い将来必ずここを出ていくと決めていて、それがまたこの土地の子供たちとは違った雰囲気・行動を感じさせるため、やはり同級生の中では浮いている存在だった。


私の人生を、これが当たり前、これが最低限って勝手に決められるの、悲しいから。自分たちはひどいことしてる、って家族にちゃんとわかってもらいたい。

『傘下の花』より


自分の環境と親や祖母に『当然の事』と決められた将来に不平を漏らす八千代だが、学校の昼に開ける弁当は冷凍食品など使われない彩よい何種類ものおかずが詰められている。きっと母親が朝早く起き毎日娘のために作っているのだろう。
母が多忙で惣菜パンといちご牛乳を手にしている慧子が、八千代の愚痴を聞きながらそのお弁当を見ている。
この部分は自分を含め誰にとっても身に覚えがあるのでは、と感じた。

人は持っている物より持っていない物、足りない物に目が行きやすい。
そして自分は持っていないと嘆く。
もしくは初めから持っている物に対して、自分が欲しがった訳じゃないと拒否をし、他の物をくれとせがむ。


慧子は気づいていた。自分の声にも、八千代の声にも、家の事を話すときにはどこかしらに水っぽさがあった。何かが欲しい。でも向こうがくれるまで、欲しいとは言わない。だから、察して欲しい。そんな甘えの混じった、子供っぽい湿りだ。

『傘下の花』より


慧子の母親に恋人が出来たところから、彼女の中にも親を許せないわだかまりが生まれてしまう。母1人、子1人で支え合ってここまでやって来たという自負がある慧子にとっては、それが手酷い裏切りだと感じてしまった。

「慧子はさ、私に、一緒に好きな場所で好きなことをして暮らそうって、言うのに。慧子のお母さんが、好きな人と好きなところで暮らすのは、やっぱり許してあげられないの?」

『傘下の花』より


2人は東京に逃げようと約束をするが、約束の日に八千代は約束の場所に姿を現さなかった。捨ててはいけない物、1度捨ててしまったらどうなるのか、を受け入れたからだ。
他の何かを手に入れるためには、今何かを握りしめている手を開かなければならないが、それは勇気が必要で難しく、勘違いもしやすい。
こうして、無邪気な夢を見ていた2人の中の小さな女の子は消えて行く。
また翌日から2人は同じ場所で同じ生活を続けて行くのだろう。
2人共、不可能だと分かっていても、自分の置かれた立場が理不尽だと嘆き、持っている物を視界の外に追い出し、けれども相手の子供っぽさを冷静に批判する。

将来、八千代は店を継ぎその土地で生活を続け、慧子は進学等で外へと出て行くのだろう。
そしてお互いに違う場所で、記憶の中の一瞬の時間を少し眩しい気分で思い出す日が来るのかもしれない。

若さの特権のような無邪気な好意と嫌悪が、ナイーブに積み重なる物語だと感じた。

ちなみに同じ年齢ぐらいの時の自分はと言うと、大人になるのは嫌だった。多大な責任が付いてくると知っていたので、面倒な事はご免だった。
母親に恋人が出来ようが、それで母が楽しくてわたしばかりに目が向かいのなら大歓迎だった。ドライ?という事なのだろうか。


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