金欠、まともな料理、1日1食、一人暮らしの虚しさ

私は1か月前から、一人暮らしを始めた。

そこで気付いたことは、金がなければ、料理をするべきではないという事実である。

自分の話をしよう。
実家にいた頃は、母が作ってくれる美味しいご飯を、毎日食べていた。
私は、これが当たり前でないことに小さい頃から気付いていた。

実家を出てから、親が当たり前のようにやってくれていた家事の重要性に気付く、みたいな話があるが、私はまったくそうではなかった。実家にいた頃から、こんなに美味しい料理を作ってくれる親は本当にすごいし、この贅沢は実家にいる間だけだ、と気づいていた。

そして現在は、ほぼ料理をせず、しかし全て自炊して食事をしている。
1日に食べているものは白米、鶏むね肉、卵、オートミール、塩、水のみである。
調味料は塩しかなく、水道水以外の飲料は飲んでいない。お金をかけず、かつなんとか健康に生活したいという考えのもと、たどり着いた食事だ。もちろん、体に異常が起きれば内容を調整していくつもりだが、今のところは大丈夫だ。味はたいして美味くないが、まずくもない。

本音を言えば、もっと美味しいものが食べたい。調味料や豚肉や野菜を買って、興味のある料理をやってみたい。しかし、それは許されざる行為だ。
お金がない人間がコスパが悪い食材を買うことは、自身の寿命を縮めることと同義だ。付き合いでの食事ならまだしも、自分ひとりの食事のために、無駄な出費を出すことはできない。

私は最近、1日一食生活を始めた。食事が一回で済めば、より食費を抑えることができるからだ。少しずつだが、空腹に慣れ始めてきている。腹が減ったときは、大量の水を飲めば、かなり空腹感が紛れることが分かった。
1日の摂取カロリーが700calにも満たない生活をしていることに不安を覚えるが、とりあえず体は動いている。
しかし、手先の冷えがこれまでよりひどいのは気のせいだろうか。最近はやけに冷え込んでいるため、自分の食事の影響なのか、ただ外が寒いだけなのか判断できない。

一人暮らしは寂しい。朝起きてから、夜眠るまで、ずっと一人なのがこんなに寂しいものだとは知らなかった。私は別に母親と特別仲が良かったわけでもなかった。だから、いざ一人暮らしを始めて、母にこんなに強く会いたいと思うとは思わなかった。

一人でうまいものを食ったところで、自分の本当の要求は満たされない。それが分かっているから、私はもくもくと米と鶏むね肉と卵を食べ続けられるのだと思う。美味しいものは、誰かと共有できて初めて意味が生まれる。一人で美味しいものを食べても、日々の虚しさは解消されないことを、私は知っている。

多分、それは母親でなくてもいいんだと思う。心を許せる自分以外の人間が、家の中で生活をしている。それが重要なんだと思う。一人は怖い。この後の人生が、ずっと一人で暮らしていくことになると思うと、奇妙で、嫌な気持ちになる。

これまで結婚なんて考えたこともなかったが、結婚をする人間の気持ちが分かった。一人は嫌だ。別に結婚でなくてもいい。同性の友人でもいいんだ。                                                                                                        ただ、長年一緒に住んでいた母親以上に、一緒にいて居心地のいい人間もそういないのだろうな、とも思う。

この記事は、誰かに向けて書いた文章ではない。多分ここまで読む人もいないだろう。ただ、今自分が抱えている嫌なものを、文字にして、言語化して、自分の中で整理したかっただけだ。
一人暮らしの寂しさは、恐らく時間が解決してくれるだろう。今の私は、それよりもお金の心配をするべきなのだが、なんだか、どうでもいいことのように思える。幸せ、労働、幸福。勤勉が良しとされる現代を生きていることに、嫌気が差す。それだけだ。終わり

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