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線形代数参考書のすすめ

 

1. はじめに

 線形代数は理系学生が必ず学ぶものと言うこともあり、たくさんの教科書が出版されています。そのため、どれが難しくてどれが初心者向けなのか、なかなか初学者には判別することができません。そんな事態を解決するため、この記事では、著者が読んで初学者にお勧めできると感じた線形代数の教科書をいくつか紹介していきます。お品書きは以下の通りです。


2. おすすめ教科書

2.1 砂田利一「行列と行列式」 岩波

 最初に紹介するのは、砂田利一先生の「行列と行列式」です。私は、この教科書から線形代数に入門するのが最も感覚をつかみやすいのではないかと考えています。
 この本のいいところは、最初に2×2の行列の特性を詳しく解説することから始めることです。あとで紹介しますが、齋藤正彦先生の「線形代数入門」では、行列の定義が出てくるまで30ページなのに対して、砂田先生の本では約50ページほどかかります。また、その50ページほどを使用して、我々が今から向かう線形代数の世界のロードマップを示しています。数学の参考書を読む上で、全体を俯瞰するのはとても大切なことです(補1)。また、例も豊富です。加えて、個人的にはこの本くらい大きい文字の方が読みやすくて助かります。ただ、Amazonのレビューで「最小多項式の説明が初学者わかりづらい」との指摘がありますが、これは本当です。これこそがこの本の色なのですが、最初からそれを習得する必要はないです(2×2の行列で固有値については学習しているので、この欠点はあまり深く考えなくてもいいとは思います)。
 ということで、一冊目は砂田先生の「行列と行列式」でした。最小多項式の項を除いては、一番おすすめできる本になっています。

2.2 加藤文元「線形代数」 数研

 高校でお世話になった人も多いであろう、チャート式の大学バージョンです。数研出版が出していることもあって、レイアウトなどは高校の数学の教科書のままです、
 この本の素晴らしいところは、例がとても豊富に揃っているところです。線形代数という科目は抽象的な議論に陥りがちなのですが、この本はそこから読者を引き戻すようちょうどいい数の例が書かれています。やはり、一般的な理解よりも具体的な理解の方がしやすいですから、例の有無は初学者の学習に大きく影響を与えます。砂田先生の参考書と併用すれば、かならず線形代数の知識が身に付きます。唯一お勧めできない点は、ポップすぎるというところです。大学の数学の教科書は独特の体裁があり、それに慣れるまで少し時間がかかります。やはり、最初に学ぶ線形代数でその体裁になれてしまうのがいいのですが、この教科書だとそこが少し不十分になってしまいます。
 ということで、二冊目は加藤文元先生の「線形代数」でした。高校のような教科書がいいかたは、ぜひ一度目を通して見てください。

3. おすすめの演習書

 演習書を買うべきであるか、といえば答えはノーです。教科書の章末問題を解くだけでも十分知識はつきます。しかし、ないに越したことはないことも事実ではあるので、一応紹介しておきます。

3.1 加藤文元「線形代数」  数研

 演習書なんてこれ一冊あれば十分、といいたくなるくらい完ぺきな本です。
 豊富な問題、丁寧な解説、見やすいレイアウト、何をとっても満点です。また、章末に確認問題があるのも知識の総復習ができてとてもいいです。これ以外に演習書を購入する必要なんて個人的にはないと思います。ただ、一つ欠点を挙げるとすれば、今後大学数学を進めていくうえで、このような演習書はなくなってしまいます(専門性が上がれば上がるほど、そのような参考書は減っていきます)。そのため、教科書の演習問題で知識の定着をできる力を新入生のうちから育ててほしいという思いもあり、そこだけマイナスポイントです。本自体は大変すばらしいです。
 ということで、演習書はこれ一択です。そのせいで「演習書」の項が一冊しかなくなってしまいました。

4. おすすめできない教科書

 最初に注意しておきます、決してネガキャンではありません。ただ、世の中の評価と初学者の評価とのギャップが大きい参考書を紹介しているだけです。

4.1 齋藤正彦「線形代数入門」 東京大学出版会

 齋藤正彦先生の「線形代数入門」です。古くからある本であり、線形代数教科書界隈では重鎮の一冊でしょう。
 「名著」「すばらしい」なんていうレビューがたくさんついている教科書です。確かに、この本は素晴らしいです。私もちょこちょこ見返しますし、長い間お世話になっています。ただ、初学者向けでは決してありません。もう一度言います、初学者向けでは決してありません。この本を読んで恩恵を受けられるのは、線形代数を再び学ぶ人であったり、もっと線形代数の知識を深めたい人だったりです。最初からこれで勉強できる人間がこの世にどれほどいるのでしょうか。それくらい難しい教科書です。
 決してレビューに騙されないでください。この本は、初心者向けではありません。この本を読んでいいのは、二回目以降に線形代数を学ぶときです。

4.2 佐武一郎「線形代数学」 裳華房

 こちらも名著です。私はテンソルに関して勉強するときこの本を使用しましたが、とても役に立ちました。
 しかし、こちらも初学者向けではありません。最初からこれが読める人は、かなり少ないです。何か目的があって、復習などのために読むにはとても役立ちますし、線形代数についての新しい知見を与える教科書であることは間違いないのですが、大学一年生にこれを推奨することは決してできません。これもレビューに惑わされてはいけない本の一つです。
 確かに名著ですが、最初から読んで理解できる代物ではないです。

4.3 ヨビノリたくみ「予備校のノリで学ぶ 線形代数」 東京図書

 はい、有名なヨビノリさんの出版している参考書です。個人的には、いつになってもお勧めできません。
 なぜおすすめできないかというと、このような参考書はまったく数学の力を伸ばせないからです。表面上(単位を取るだけ)の勉強なんて、全くの無駄です。そんな勉強をしてると、長期休暇の2か月間ですべて忘れます。しかし、線形代数は理系学生が一生使う知識です。であれば、深い理解が必要なのです。しかし、このような参考書はどうしてもそのような深い理解をすることができません。もちろん、単位だけのために勉強する学生にはおすすめできますが、今この記事を見ていただいている学生さんには、ぜひしっかりとした力をつけてもらいたいです。
 ということで、できればこのような参考書(ほかにもマセマなど)は、避けるのがいいかと思われます。もちろん、使用することを否定はしませんし、とめもしません。

5. さいごに

 少しでも、線形代数の参考書選びに共感出来たら幸いです。また、私が好きな数学者の方による勉強法の伝授、ならびに、線形代数を学ぶ意義を解説した動画のリンクを貼っておきます(最初の動画では(補1)の内容が詳しく解説されています)。ぜひ、参考にしてください。

 

 最後に砂田先生の「行列と行列式」か ら言葉を引用してこの記事を終わりにします。

 線形代数の考え方は, 直接または間接的に, 現代数学の様々な分野に浸透しており, その知識は常識化しているといってもよい.  

砂田利一「行列と行列式」 岩波(1996)

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