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社員戦隊ホウセキ V/第13話;スケイリー襲来!

前回


 四月二日の金曜日、もうすぐ正午で昼休みというタイミングで、ホウセキブレスからニクシム出現の一報が入った。和都と十縷は仕事を中断し、すぐに出撃するべく動いた。と言っても、十縷は和都の真似をしていただけだが。

 急ぎ足の二人は社屋の外に出て、寿得神社の駐車場を目指す。その道筋に、和都はいろいろと十縷に話してくれた。

「出撃する時には、上長にその旨を報告するのがルールでな。毎回、あんな感じだ。会社の人たちは、みんな俺たちが特殊部隊だって知ってるから、気にすんな。でも、特殊部隊の話は部外秘だからな。家族とかには話すなよ」

 和都がした話は重要なものだった。
    昨日に説明しておくべき内容だが、十縷は “ 昨日は、いきなり出撃することになって話すタイミングを逃したんだな ” と思って流した。そして、更に重要な話は続く。

「出撃があると、一回につき五百円の出撃手当てが付く。それとは別に、特別手当も毎月五千円付く。だから、今月は二日目で六千円追加だな」

 和都は給料の話をした。これは十縷の緊張を和らげる目的だったのかもしれない。正直なところ、この手当の額を十縷は少ないと思ったものの、同時に申し訳ない気もした。

「僕も貰えちゃうんですか? 多分、今回も僕は車に乗ってるだけですよね? 皆さんは戦ってますけど。それなのに、同じお金を貰っちゃって、良いんですか?」

 この十縷の発言を和都は、感心したように彼の方を向いた。それから、諭すような口調で言った。

「今のお前は、戦い方を勉強することが仕事だ。だから、金を貰って良いんだ。だから、しっかり見とけ。隊長の剣術や射撃とか、姐さんの体術とか。技を盗め」

 と言われたところで、十縷の申し訳ない気持ちは変わらない。ついでに技を盗めと言われても、具体的に何がどう凄いのか十縷には理解できない。しかし反論するのも変なので、取り敢えず頷いておいた。


 これは十縷たちのブレスにニクシム襲来の一報が入る、少し前に起きたことである。

 場所は、五階建ての大きなショッピングモールだった。平日の昼間ながら多くの人で賑わっている。その人混みの中に、ニクシムの尖兵が紛れていた。
 顔は完全に、日本人の女子中高生。耳にはアメジストのピアス、首にはエメラルドをあしらったペンダントを掛けている。ゲジョーだ。白い春物のセーターと青いロングスカートを着て、長い髪を後頭部で団子状に纏めていた彼女は、ショッピングモールの二階の吹き抜けに掛けられた渡り廊下を静かに歩いていた。そこでふと彼女は足を止め、何処からかスマホを出して通話を始めた。

「マダム、如何されましたか? はい……。この場所はおそらく、シャイン戦隊の塒から然程遠くは無いかと考えられます」

 何光年も離れたマダム・モンスターからの通信のようだ。ゲジョーは擦りガラスが張られた渡り廊下の柵に身を預けつつ。相手の問に淡々と答える。

「承知致しました。ではスケイリー将軍が到着し次第、そちらにお伝えします」

 これで通話は終わり、ゲジョーはスマホを何処かにしまった。その時、彼女は淡々としていたが、数秒後には猛烈に気分を害することとなった。

「ねえねえ。今、誰と話してたの? カレシ? それとも、お父さん?」

 軽薄そうな男の声が聞こえてきたかと思うと、二人の男性がゲジョーの両脇を挟んでいた。それぞれ髪は金髪と茶髪、黒い革ジャンにダメージ加工のジーンズと、如何にも遊び人風の男性たちだった。
    声を掛けられたゲジョーは盛大に溜め息を吐き、この場を立ち去ろうとする。すると、二人のうち片方が彼女の手を掴んでその足を止めた。

「ちょっと待ってよ。もし良かったら、俺らと昼でもどうよ?」

 ニヤニヤと笑いながら喋る二人を、ゲジョーは険悪な視線で睨み付けた。

「気安く触れるな。貴様らと戯れるつもりなどない」

 これが、ゲジョーが初めてこの二人に放った言葉となった。その冷ややかな口調、更には猛烈な怒りを滲ませた表情。
    二人の男は堪らず慄き、彼女をナンパする気は一瞬で吹き飛んだ。
   この二人が弱くなるとゲジョーはその手を振り切り、渡り廊下を突き進む。

(低俗極まりない。こんな者たちがのさばっているとは、この星も酷いものだ。他の生き物が哀れで仕方がない。マダムの仰る通り、この星も救わなければならない。スカルプタやグラッシャ、そしてジュエランドのように……)

 ナンパ男たちを退けたゲジョーは、そんなことを思っていた。


 マダム・モンスターは、アメジストのような宝石を備えたティアラを外し、それに話し掛ける形で、地球のゲジョーに声を送っていた。マダム・モンスターの居る場所は、地球から何光年も離れた小惑星の地下、注連縄で囲んだ巨岩・ニクシム神の前だった。

「承知した。程なくして、そちらにスケイリーを送る。スケイリーが着いてからそちらの時間で三十分経ったら、スケイリーと共にこちらに戻るのじゃ。その時、シャイン戦隊を倒せていなくても、構わない」

 話が終わると、マダム・モンスターはティアラを頭に付け直した。通信の間、ザイガとスケイリーは少し離れていたが、通信が終わるとスケイリーはマダム・モンスターに近寄った。

「早速、地球に行かせてくれるとは……恩に着るぜ、マダム・モンスター。燐光ゾウオや殺刃ゾウオとは一味違うって、見せつけてやる」

 スケイリーの口調は意気揚々としていたが、マダム・モンスターはそうでもない。

「良いか、スケイリー。今回の目的は、シャイン戦隊を倒すことではない。赤のイマージュエルの戦士を誘き出し、その力を測ることだ。履き違えるな。ニクシム神の力が届きにくくなったら、必ず戻って来い。戦果が挙がっていなくても構わん。良いな」

 釘を刺すように、マダム・モンスターはスケイリーに言い聞かせていた。しかし、当のスケイリーは余り聞いていなさそうだ。

「期待以上の働きを見せてやるぜ! 地球人を存分に苦しめて、ニクシム神に供えまくってやる! ニクシム神、明日から強くなるぜ!」

 スケイリーは戦果を挙げると宣言した。全く噛み合わない会話に、マダム・モンスターは溜息を吐く。そして、理解の悪いこの仲間を哀れむように告げた。

わらわは其方を失いたくはない。ゲジョーもだ。仲間だからな。ウラームもゾウオも使い捨てではない。そのことを忘れるな」

 そう言い切るとマダム・モンスターはニクシム神に背を向け、勢いよく前方に正拳を突き出した。彼女の正面から見ると、ただ虚空に拳を突き出しただけだ。しかし背面から見ると景色が殴られたガラスのように割れ、人が一人通れる程の穴が開いた。中に七色の光が禍々しく渦巻く、怪しい穴が。スケイリーは穴の向こうを見据え、深く頷いた。

「それじゃ、行けってくるぜ! 期待して待っててくれ!!」

 スケイリーは威勢よく、穴の中に駆け込んでいった。そして、穴は初めから無かったかのように消失した。残ったマダム・モンスターとザイガの間には、微妙な空気が漂う。

「スケイリーよ、お手並み拝見させて頂こうか」

 鈴の鳴るような音を微かに立てつつ、ザイガは呟いた。マダム・モンスターは心境が複雑であることを表情で表しながら、丸い銅鏡を手に取った。前回、地球での戦いを映していた銅鏡を。その鏡は、ゲジョーの居るショッピングモールの風景が映し出していた。


 スケイリーが送られてくるとも知らず、ショッピングモールでは人々が平和な時を過ごす。吹き抜けを見上げる一階のホールには小規模な噴水があり、その周囲はベンチで囲まれている。
    そのベンチに腰掛ける人の中には、先程ゲジョーをナンパしようとした二人組の姿もあった。彼らはゲジョーに拒絶されたのが不服だったのか、「可愛いと思って調子こいてる」などと言っていた。そんな時だった。金髪の方の男性が異変に気付き、驚愕した。

「何だ、これ!? プロジェクションマッピングか!?」

 彼から見て左斜め前方の景色に皹が入り、そのままガラスのように割れた。割れた部分には、七色の光が妖しく渦巻き、人が一人通れる程度の穴が開いたようになった。金髪の男はこの怪奇現象を確かに視認し、思わず穴の方を指した。

「どうした? 何かあったのか?」

 金髪の男の左側に腰掛けていた茶髪の男は、相方が指す方向、つまり自分の右斜め前方に目をやったが、彼には何も見えない。相方が何を見て、何故驚いているのか全く理解できなかった。そして金髪の男の言動は、相方から見て更に不可解さを増していった。

「うわああああっ!! ドロドロ怪物だぁぁぁぁぁっ!!」

 金髪の男は絶叫し、ベンチから転げ落ちて腰を抜かした。彼は見たのだ。穴の向こうから異形が迫って来るのを。
    その異形は外形こそ人型だが、細部はかなり異なる。両肩に濃紺の巻貝のような装具を、胸や腕に黒い鱗のような帷子を備え、顔には黒く丸い球体の眼や複雑な歯並びの横開きの口がある。
    その姿に驚いた金髪男の絶叫に周囲の人々も気付き、反射的に彼の方を向いた。すると、金髪男の右側に居た人々だけが彼と同様に絶叫した。

(こいつ、頭狂ったのか? 大丈夫か?)

 茶髪男には何も見えず、金髪男の行動が奇怪としか思えない。周囲の人々も、金髪男の左側に居た者たちは、茶髪男と同じく首を傾げている。
    しかし左右で反応が二分されたこの状況は、すぐに終わった。

「さて、到着。ここが地球か……」

 金髪男たちを震撼させた異形は七色の光が渦巻く穴を潜り、こちら側に足を踏み入れた。すると、金髪男たちが見ていた穴は忽然と姿を消し、その場には異形だけが立ち尽くす形となった。
     穴が消えると、それまで何も見えていなかった左側の者たちの目にもようやく見えた。何も無い所からいきなりその場に現れた、謎の異形の姿が。

「うわああああっ! ドロドロ怪物だぁぁぁぁっ!!」

 もう、場所によって人の反応が異なることはなくなった。ショッピングモールの中は夥しい数の悲鳴に包まれ、異形を見た人々はこの場から逃げようとして走り回る。この状況を目の当たりにし、出現した異形=スケイリーは満足げに頷く。

「元気が良いな。ニクシム神にも、良い供物がささげられそうだぜ!」

 スケイリーはいつの間にか右手に1m強の杖を、左手に殻高が50 cm程の骨貝のように鋭い突起が何個も突き出した白い貝殻を持っていた。この大きな貝殻を杖の先端に装着し、意気揚々と前方に突き出した。するとスケイリーの声に乗じて、貝殻の突起は勢いよく射出される。四方八方に、複雑な軌跡を描きながら。突起は壁や柱など、更には人体にも突き刺さり、その途端に爆発する。
    これまで一帯を包んでいた悲鳴に爆音が重なり、瓦礫や肉片や血飛沫が飛び散る。たちまち、ショッピングモールは地獄と化した。

「上の奴らは、逃がさずに怯えさせるか」

 貝殻の杖から発射された突起は、すぐまた生えて来る。するとスケイリーは、再び突起を発射。今度は狙いを定め、エスカレーターやエレベーターの方へと突起は飛んでいった。突起はこれらの構造を破壊し、二階より上と一階を繋ぐ経路は途絶された。


 スケイリーの出現は寿得神社のイマージュエルに感知された。愛作社長は指環の発光でそれを知り、十縷たちに出撃指令を送ったのだった。


次回へ続く!

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