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社員戦隊ホウセキ V/第16話;決意

前回


 四月二日の金曜日、正午頃にスケイリーがJojoタウンたるショッピングモールに出現した。これを受けて対ニクシム特殊部隊は出撃してスケイリーに挑んだが、彼らの力はスケイリーに全く通じなかった。

 吹き抜けの下のロビーで、マゼンタら三人はスケイリーに殴られたブルーに寄り添った。
    対するスケイリーは、放漫な動きで杖に付ける貝殻を交換する。

「燐光ゾウオと殺刃ゾウオくらいなら勝てる。でも、それが限界みたいだな」

 ブルーたちを批評しながら取り替えた貝殻は、のたうちがいのように渦巻きの外周が解けて、暴れ回るように曲がり捻っている貝殻だった。
 換装を終えたスケイリーはその杖の先をブルーたちではなく、吹き抜けの上に居る一般人の方に向けた。

「お前らなら、いつでもれる。それならニクシム神に苦しみと恐怖を捧げるのが先決だな。地球にも長々とは居られねぇんだし」

 そして次の瞬間、貝殻の口から赤い炎が一直線に勢いよく噴出された。炎は二階やそれより上まで楽に届き、柵や壁と共に群がっていた人々も燃やした。
 それまで観衆たちは半ば恐怖を愉しんでいたが、自分たちに被害が及ぶと態度が一転。本当に恐怖の悲鳴を上げ、発狂したように逃げ惑い始めた。

「こうなることを想像してなかったのか? 愚かしい…」

 そんな地球人たちに冷ややかな視線と乾いた溜息を贈るのは、三階から見下ろすゲジョー。

「もっと泣き叫べ! ニクシム神に悲鳴を捧げろ!」

 スケイリーは一階から吹き抜けを見上げて、高い笑いする。

「いかん…! 一般人に被害が…!」

 そしてこの暴挙に、特殊部隊の四人や遠隔地の十縷や愛作たちは息を呑んだ。

「止めて! あの人たちには、手を出さないで!!」

 二階より上が燃え始めて、スプリンクラーが作動すると同時にグリーンが走り出した。彼女はスケイリーに飛び付き、杖を掴んで銃口を床の方に向けさせた。スケイリーは火を止め、飛びついてきたグリーンを見下ろす。そのスケイリーを見上げて、グリーンは言った。

「ジュエランドの王妃、マ・ゴ・ツギロを殺したの、あんたなんだよね?」

 スケイリーにとって詰まらない質問だった。

「そうだが、それがどうした?」

 スケイリーは怠慢な返答をした。しかし、グリーンの方は至って真剣だ。

「残された子がどんな気持ちで生き続けるのか、あんた知ってるの? お願いだから、もう止めてよ! あんな辛い思い、他の子にさせないで!」

 グリーンはメットの下で泣いているのか、震えた声でそう叫んだ。そしてその声は意外に響き、ショッピングモール全体に反響した。加勢しようとしたブルーたち三人は思わず足を止め、三階のゲジョーも驚いたように目を見開いた。通信機越しにこの声を聞いた十縷、愛作、リヨモも、彼らと同じような反応を見せた。そして、この声を最も近くで聞いたスケイリーは、力を抜いて動きを止めた。しかし、それは一瞬だった。

「お前、マダムに似てるな。だが、なんか違う。苛々するな……」

 スケイリーはそう呟くと、一度は抜いた力を再び入れた。体格に劣るグリーンは簡単に振り解かれ、床に這わされる。するとスケイリーは、杖の貝殻を瞬時に換装する。
 次の貝は、輪宝りんぽうがいのように渦巻きの周縁に先が丸く細い突起を九個付けた、薄紅色の貝殻だ。這わせたグリーンの背中を殴打するべく、スケイリーはその杖を振り上げる。
 しかし、杖は振り下ろされなかった。イエローが突進してきて、低い体勢でスケイリーに組み付いたからだ。ところで彼は走り出す時、色で呼ぶのを忘れて「神明!」と叫んでいた。

「ニクシム神は、お前らのように他の者を虐げて星を牛耳る者たちを憎み、そんな奴らが苦しむことを望んでおられる……」

 スケイリーはボソボソと呟きながら、組み付いたイエローを振り払い、蹴りを入れて吹っ飛ばした。そして、吹っ飛ばしたイエローに悠然と歩み寄り、輪宝貝を装着した杖で殴打しようとする。
 すると今度は、マゼンタが向かって来てそれを妨害する。彼女はイエローとスケイリーの間に割って入り、素早い拳と蹴りの連打で攻め立て、スケイリーに攻撃の余裕を与えない。

「ニクシム神から生まれた俺も同じだ。お前たちを潰したい……!」

 マゼンタの猛攻を受けながら、スケイリーは呟く。相変わらず打撃は通じておらず、余裕だ。相手の攻め疲れを突いてスケイリーは杖を振るが、それはマゼンタも読んでいてひらりと避ける。両者の距離が開いたところで、ブルーが動いた。

「マゼンタ、距離を詰めるな! グリーンとイエローも離れろ!」

 ブルーの叫びに、仲間三人は思わず動きを止める。
    叫ぶと同時に、彼は何処かの店から取ってきたワックスのボトルをスケイリーに向かって投げていた。そしてそのボトルを、拳銃にしたホウセキアタッカーで射撃する。青く光る弾は狙い違わず空中のボトルに命中し、破裂させる。
    すると中に詰まっていたワックスが飛び散り、スケイリーは頭からこれを被る。不快だったのか杖を落とし、ワックス塗れになった頭を掻き毟り始めた。

「ここは一時退く! 立て直すぞ!」

 ブルーは二つ目のワックスのボトルをカーリングのストーンのように滑らせ、更にこれも射撃して破裂させる。ワックスが床に飛び散り、スケイリーはこれに足を取られて転倒してしまった。
    当分、スケイリーは立てそうにない。この隙にマゼンタはグリーンとイエローを立たせ、ブルーの導く方へと駆けていった。


 一時的に撤退した四人は、一階の雑貨屋に駆け込んでいた。途中、ブルーは消火栓とその脇の非常ボタンを見つけ、ちゃんとそれを押していた。

「いずれ消防が来て、火を消してくれる。俺たちはそれまでの間、粘ればいい。おそらく奴は、燐光ゾウオと同じでいずれ弱体化する。それまでの辛抱だ」

 雑貨屋の棚に身を隠し、息を潜める四人。ブルーは冷静に今後の展開を考え、それを説明した。そして、まだ息の荒い隊員たちに苦言を呈した。

「感情に任せた行動は慎め。闇雲に突っ込んで、勝てる相手ではない。まして、説得に応じる相手でもない。お前ら、一歩間違えてたら死んでいたぞ」

 床にへたり込むイエローは俯き、小声で先の無鉄砲な行動を詫びる。そんな彼の背に、マゼンタはそっと手を添えた。

    グリーンは立ち上がり、ブルーを見上げた。未だ息遣いも荒い。メットに隠れて見えないそんな彼女の表情を想像しつつ、ブルーは言葉を重ねた。

「姫を思うなら、あの方のお気持ちをもっと考えろ。お前が居なくなったら、あの方はどうなるんだ? 誰かが代われることじゃないんだぞ」

 そう言われて、グリーンは何か気付かされたのだろうか? 息を呑み、少し肩を落とした。そして、小声で「すいません」と呟いた。


 ところで、いつまでも休憩時間は続かない。咆哮と共にバタバタと足音が聞こえてきた。スケイリーだ。それを確認すると、四人は再び気を引き締める。

「奴に攻撃は通じない。それなら、ホウセキディフェンダーで奴の攻撃を防ぎ続けて、弱くなるまで粘るぞ。一般人には攻撃させないぞ! いいな!」

 ブルーが提示した作戦は激しかった。圧倒的に強い敵の前では、もうこんな戦術しか選べない。誰も否定はせず、威勢よい掛け声を上げて彼らは雑貨屋の外に飛び出した。

「さっきはやってくれたな! ただじゃ済まさねえぞ!!」

 スケイリーは水浸しになっており、噴水でワックスを落としたのだろうと察しがついた。そんなことより、彼は怒っている。杖の先に骨貝を付け、怒号と共に突起を発射してきた。
    対する四人はホウセキブレスを翳し、ホウセキディフェンダーを形成。絨毯爆撃のように降り注ぐ突起を何とか防ぎ、時間切れまで耐えようとしていた。


 攻め立てるスケイリーと凌ぐ四人。その光景は、寿得神社の愛作とリヨモ、更にはキャンピングカーの十縷のもとに映像として届く。

「どうして、ニクシムの方が強いのですか? 不条理です……」

 雨のような音を出すリヨモは、映像から目を逸らす。その様子と映像を交互に見ながら、愛作は悔しそうに顔を歪めていた。

「もう止めろ。殺されるくらいなら、逃げて戻って来い……」

 これは指令ではない。思わず漏れた、愛作の本心だ。彼の指環は苦々しく呟いたその言葉をちゃんと拾い、五つのホウセキブレスに届けていた。戦う四人だけでなく、十縷にも。

(僕も皆さんに死んで欲しくない。こんな奴の方が強いのも、気に入らない)

 ブレスが聞かせてくる愛作やリヨモの声に、十縷は共感していた。ブレスが投影する戦いの光景、スケイリーの圧倒的な力の前に苦戦するブルーたちの姿は見ていて心が痛い。
     しかし、彼はブルーたちにも共感していた。

(でも逃げろって言われて、逃げる人は居ないよ。あの人たちは誰が助けるの?)

 そう思いながら十縷が見たのは、キャンピングカーのフロンドガラス。そして、その先に見えるショッピングモール。二階や三階のガラス壁には、助けを求めて騒ぐ人たちが貼り付いていた。
    更に彼の耳は、スケイリーの姿を見た時にリヨモが発した音、更には先刻光里がスケイリーに放った言葉が再び聞こえてきた。

「残された子がどんな気持ちで生き続けるのか、あんた知ってるの? お願いだから、もう止めてよ! あんな辛い思い、他の子にさせないで!」

  

 光里が叫んだのは、両親を失ったリヨモのことだろう。そして、リヨモが出す雨のような音は悲しみ、湯が沸くような音は怒りを意味するのだろう。いろいろと察することはできる。
   しかし、全てが手に取るように判る訳ではない。

(どんな気持ちで生き続けてるのか、どれだけ辛い思いをしてるのか。僕も知らない)

 そう。リヨモの苦しみを具体的には知らない。この点で十縷とスケイリーと同じだ。
   しかし、その苦しみを想像しようとする点で、十縷とスケイリーは決定的に異なる。

(凄く辛いんだろうね。だから、そんな思いを他の人にさせちゃいけない。社長や隊長だって、そう思ってますよね?)

 ここで十縷は、時雨や愛作の言葉を思い返した。

「俺たちがどんな苦戦しようと、助けようとなど思うな。犠牲者を増やすだけだ」

「お前が居なくなったら、あの方はどうなるんだ?」

「もう止めろ。殺されるくらいなら、逃げて戻って来い……」

  

 これらの言葉の根幹は同じだと、十縷は認識していた。その上で、彼は強く思った。

(その業務命令には従えません。貴方たちと同じ気持ちですから)

 そしてもう一度、ガラス壁に貼り付いて叫ぶ人々と、自分の左手に輝くホウセキブレスを交互に見る。すると、脳裏に赤のイマージュエルが浮かんできた。
 更に、中二の時に自分を救った女の子が放った言葉が思い出される。

「感謝と称する上辺だけの薄っぺらい言動などいらん。救われたことがそんなに嬉しいなら、次はお前が他の誰かに同じことをしろ」

   

 これらは十縷の中で一つに繋がり、決心という形に纏まった。

「そうだよね。次は僕が助ける番だよね!」

 意を決した十縷はキャンピングカーの外に駆け出した。見据えるのは、ショッピングモールのガラス壁に貼り付き、助けを求める人々だ。

(赤のイマージュエル。今こそ、最強の力を使う時だ! 僕に力をくれ!)

 十縷はここから遠い寿得神社にある赤のイマージュエルに、心の中で呼び掛けた。


次回へ続く!

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