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社員戦隊ホウセキ V/第29話;新入社員は辛いよ

前回


 所変わって地球は日本。時は四月十二日。三体の巨獣が出現した日曜日から、一週間と一日が経っていた。

 十縷にとって入社以来二回目の月曜日だが、彼は早くも受難を迎えようとしていた。

(大丈夫、もうすぐ三階だ。走れ、走れ……! 間に合うぞ!!)

 十縷は心の中でそう叫びながら、新杜宝飾・本社ビルの階段を駆け上がる。彼が左腕に装着するホウセキブレスが擬態した腕時計は、八時三十八分を指していた。始業時刻の八時四十五分まで、あと僅か。走るのは当然だった。

(辛うじてセーフ!! 遅刻にはならなかった!!)

 十縷はデザイン制作部の部屋に飛び込むと、すぐタイムカードを時計に挿入した。カードに8:39と打刻され、十縷は胸を撫で下ろす。
 しかし室内には既に全員が揃っており、各自の作業に当たっていた。全員と言っても十人程度だが、少ないから余計に目立つかもしれない。十縷は周囲の目を気にしながら、忍び足気味で自分の席に向かった。和都の隣の席に。

「遅いぞ、何やってんだ? 五分前なんて、遅刻と同じだぞ」

 和都は着席した十縷に横目を向けつつ、囁き声で痛い一言を浴びせてきた。
 言葉と視線が十縷に突き刺さり、自然と頭が下がる。

(昨日の訓練、キツかったんだから、少しは甘く見てよ。僕、他の皆さんと違って、体育会系じゃないんだからさぁ……)

 口では「すいません」と呟いたが、心の中ではボヤいた十縷。
 そう、彼が遅刻ギリギリになったのは、昨日、日曜日に実施された特殊部隊の訓練が厳しかったからだ。

 厳しかったと言っても、他のメンバーにとっては定例訓練。しかし、十縷はこれで二度目。しかも一度目の先週は巨獣の出現で中断したため、十縷は昨日初めて、午前と午後のフルセットで訓練を行ったのである。

(午後の実戦形式、みんな手加減してくれなかったね……)

    午前中は先週と同じで、伊禰に格闘技術の基礎を、時雨に武器の使い方の基礎を教わっただけだったが、午後からはスーツを装着した実戦形式の訓練が行われた。
    マゼンタやブルーをゾウオに見立てて他の四人で攻め立てたる、一対一でイエローやグリーンと乱取りを行う、などの内容で訓練が行われたが、十縷が変身したレッドは精彩を欠き、ボコボコにやられただけだった。

    四対一形式の訓練では、ゾウオ役のブルーにホウセキアタッカーの剣で峰打ちされ、堪らず倒れ伏した。そして追撃でこんな言葉を貰った。

「自分のことばかり考えず、グリーンやイエローの動きも見ろ。お前のミスで、仲間を殺すことにもなりかねないんだぞ!」

    その後、一対一の訓練に移行したが、グリーンとの一騎打ちでは相手の素早さに全く対応できず、一方的に打ちのめされた。

「体の使い方も、武器の使い方もなってない! 隊長やお姐さんに教えて貰ったこと、何も生きてなんじゃん。想造力だけ強くても、駄目なんだよ」

    光里の言葉は意外に刺々しく、精神的にも打ちのめされた。

    更にその後、相手はイエローに代わり、「まずは受け身を体に叩き込め」と言われて投げられ続けた。

 

 そんなこんなで十縷は肉体的にも精神的にも、激しく疲弊していた。

(寝坊は駄目ですよ! 解ってます! でも仕方ないじゃん! 心も体も、バキバキなんですよ!……って言っても、貴方たちには理解できない話ですよね~)

 十縷は心の中で叫びつつ、隣の和都に目をやった。
 彼は疲れた様子など皆無で、目の前の作業に集中している。屈強な肉体を持つ和都は、訓練の疲労などとは無縁なのだろう。脆弱な十縷とは雲泥の差だ。

 和都だけではない。剣術や射撃に長ける時雨、武術の達人である伊禰、更には五輪選手の光里……。全員、体力面では確実に十縷を凌駕している。彼らは強過ぎるので、自分の脆弱さを理解できないだろう。十縷はそう思っていた。

(でも、ボヤいても仕方ない。お金を貰う以上、ちゃんと仕事はしないと!)

 十縷は頭を振り、気持ちを切り替えようした。部長のこそばやしが入社二日目に与えた新作のデザイン案、何度も駄目出しを受けて再検討中だ。十縷はその作業に取り掛かろうとしたが、今日の彼の運勢は悪いのだろうか?
 いきなり腕時計がホウセキブレスの形に戻り、愛作の声を伝えてきた。

『みんな、ゾウオが現れた。多可駄婆駅の辺りで暴れてて、既に被害が出ている。社員戦隊、今すぐ出動してくれ』

 八日振りの連絡にまだ慣れない十縷は驚き、愛作がさりげなく【社員戦隊】と言ったことにも気付かなかった。
 隣の和都は対照的で、動じることなく冷静に対応。速やかに作業を中断し、隣の十縷にも出発を促す。かくして二人は、まず社林部長の机の前に向かった。

「ニクシム出現の通報が入りましたので、これより特殊部隊の業務に当たります……」

 スケイリーが出た時と同様に、和都が部長の社林寅六に出撃の報告をする。部長は当然のようにOKサインを出すのだが、少し不安そうな顔をしていた。

「熱田君、大丈夫か? 大変だと思うが、気を付けてな」

 十縷は余程疲弊して見えたのだろうか? 社林部長にそんな声を掛けられた。
 十縷はハッとして、「大丈夫?」と聞かれた日本人の定型句として「大丈夫です」と返した。そして十縷は和都と共にデザイン制作部の部屋を発ち、寿得神社の駐車場へと向かった。


 寿得神社の駐車場に五人が集まったのは略同時で、白いキャンピングカーはすぐに駐車場を発った。車内の配置は毎回と同じ。発車後まもなく、ブレスに現地の映像が送られてくるのも毎回と同じだった。
    運転する和都以外の四人は、その映像を凝視する。

「ゾウオの武器、まるで芭蕉扇ですわね。台風並みの力でしょうか……」

 伊禰が述べた通り、今回のゾウオは西遊記に登場する芭蕉扇に似た武器を持ち、これを振るって風を巻き起こしていた。その風に通行人は転がされ、街路樹の葉は全て落とされる勢いで飛ばされ、自動車ですら煽られ……。町は季節外れの台風に襲われたようになっていた。

(こいつも人を憎んでいる。苦しめて、人の弱さを嘲笑ってる……)

 ゾウオの放つ雰囲気に震えつつ、十縷はその外観に食い入る。
 素体はウラームだが、表皮は褐色ではなく黄土色で、手先と腹が黒く染まっている。元素記号風の模様は、鮮やかな青で毒々しい。顔に備わった大きな隻眼も模様と同じ青色で、ウラームとはかなり異なる印象を与えていた。逞しく盛り上がった胸と両肩には、風車に似た灰色の装飾を一個ずつ見える。その逞しい腕で芭蕉の葉を模した巨大な緑の扇を振るい、風を起こしている。そして額には、胸や肩の装飾と同型の、風車に似た金細工が輝く。

 このゾウオは目の前の物を手当たり次第に吹っ飛ばしながら悠然と歩き、とある交差点に達した。その交差点には歩道橋が架かっており、何人かの人が渡っている。その人たちも当然ゾウオの起こした風に襲われる。
    その人たちの中には、十縷の知った顔もあった。

「あっ、ゴスロリの美少女だ! またJKの恰好してる」

 それはゲジョーだ。今回の彼女は、紺色のチョッキ型のセーターとミニスカートという、ありがちな高校の制服を着ていた。
 彼女は歩道橋の階段に立ち、ゾウオをスマホで撮っていた。彼女はゾウオの方を向いていたので、当然そちらにも風が襲い掛かり……。

「おぉーっ! スカート捲れた!!」

 彼女の短いスカートはゾウオの風で翻った。中は紺色の見せパンだったが、それでも十縷は喜び、思わず絶叫してしまった。
 正面に、二人の女性が居ることを忘れて……。

「何見てるの? 最悪なんだけど……」

 先に反応したのは光里。露骨に顔を歪め、十縷に軽蔑の眼差しを送った。それと同時に、膝丈のタイトスカートを穿いている自分の足元も気にし始めた。
 伊禰の方は、複雑な苦笑を浮かべている。伊禰は踵まで届きそうなロングプリーツスカートを穿いていて、「失敗しましたわね」と言いつつ隣の光里の肩を叩いた。

(ヤバい、これは大顰蹙だ……)

 雰囲気を壊してしまい、十縷は縮こまる。
 そんな彼に、助手席の時雨から「発言に気を付けろ」とお叱りの声が。しかもブレスを通して愛作にも聞こえていて、社長からも同様のお叱りの声が。
 十縷は「すいません」と呟くしかなかった。和都の耳にも、このやり取りは勿論届いており、大いに溜息を吐かせた。

(朝も遅けりゃ、エロ爺みたいな妄言……。ふざけてんのか、こいつは!?)

 ハンドルを握る力が自ずと強くなる。和都の中に十縷への怒りが、僅かに沸き始めていた。


 ゲジョーのスカートが捲れて喜んだのは、おそらく十縷だけだろう。その近辺には多くの人々が居たが、彼らもまた暴風に襲われていたので周囲を気にしている余裕などない。

 そしてスカートを捲られたゲジョーは、今も受難の最中だった。

(扇風ゾウオ…。ザイガ将軍も厄介なゾウオを創られたものだ)

 まだ歩道橋の階段に居るゲジョーは、扇を振りながら車道を悠然と歩くゾウオに恨みがましい視線を送った。
 彼女はまだ風に襲われており、長髪を乱雑に踊らされている。ミニスカートは今も危機に晒されているので、前を左手で押さえ、後ろを歩道橋の柵に押し付けることで何とか死守していた。
 そんな状況だが、右手にはスマホをしっかり握り、小惑星に送る映像を撮り続けている点は立派である。そして他の人間のように吹っ飛ばされない点から、さり気なく身体能力の高さも窺えた。

 そんなゲジョーの苦労も知らず、車道で風を起こし続けているゾウオ・扇風ゾウオは、ふと歩道橋の上を見上げて、ゲジョーに呼び掛けた。

「お前、ゲジョーとか言ったか? 俺の活躍をしっかり撮れよ。ゾウオの先輩方やザイガ将軍に、この俺の力を見せつけてやるんだからな……!」

 周囲は風の轟音と悲鳴で騒々しいが、扇風ゾウオの声は何故かしっかりゲジョーの耳に届いた。その声には並々ならぬ意欲が込められていたが…。

(ゾウオに恥じらいを理解させるよう、ザイガ将軍にお願いしよう)

 またスカートが捲れないように気を付けながら撮影を続けつつ、ゲジョーはそう思った。


次回へ続く!

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