見出し画像

社員戦隊ホウセキ V/第33話;結成、仕事コンビ

前回


 四月十二日の月曜日、午前九時頃に東京の多可駄婆駅付近に出現した扇風ゾウオを、社員戦隊ホウセキVはあと一歩のところまで追い詰めたが、取り逃がしてしまった。

 出撃途中に現場の映像を見て不謹慎な発言をし、戦闘でも精彩を欠いた十縷を、和都が責めた。それに伊禰が反論し、場は混沌としたのだが…。



 寿得神社の離れで開かれた会合にて、十縷は今日の戦闘や今までの行動を振り返り、そして思った。「今までの自分は弛んでいた」と。そんな彼の脳裏に、つい数分前に言われた言葉が甦る。

「だから、俺はこいつを鍛えたいと思います。イマージュエルの戦士としても、宝飾デザイナーとしても。これから、俺と同じトレーニングをさせようと思いますが、良いですよね?」

  

(伊勢さんと同じくらい鍛えたら、女の子への欲望も弱まって、体力もつけられる!)

 十縷はそう思うと、決意を表明するかのようにいきなり立ち上がった。この行動に一同が驚く中、十縷は宣言した。

「僕、生まれ変わります! 伊勢先輩と同じ特訓をして、体も心も強くなります!」

 想定外の発言に、一同は困惑する。しかし、十縷は至って真剣だ。
 次は和都に向けて喋ろうとしていた愛作が「ちょっと待て」と言おうとするよう先に、十縷は語り続ける。

「確かに僕は弛んでますし、体力も無いです。しかもそれを仕方ないと、自分に言い訳までしてました。こんな調子じゃ、ロクな社会人になりません。それじゃ駄目だと、今日の話で気付きました。だから、自分に厳しくなります」

 十縷は滔々と語った。この演説に、五人は唖然となった。そう、五人は。
 一人だけは、唖然とならずに感心していた。

「よく言った、熱田! だったら善は急げ! 今日から俺がお前を鍛える!」

 和都である。彼は目を輝かせて立ち上がり、十縷に熱い眼差しを向けた。十縷もまた、熱い眼差しを返す。そして二人は、そのまま互いの手を強く握り締めた。どういう風の吹き回しか、二人は同調してしまったらしい。
 不可解極まりない展開に、他の者たちは困惑を隠せない。そして当の二人はその困惑を他所に、自分たちの世界で突っ走る。

「ついて来い! まずは通常業務だ! 社員戦隊だからって、通常業務を疎かにしていい理由にはならない! 行くぞ!」

 いつになく和都は熱かった。十縷も同じくらい熱くなり、「はい!」と力強く返す。この勢いで二人は走り出し、職場へと向かっていった。

 寿得神社の離れに残された五人は、呆気に取られて暫く言葉を失っていた。

「あの……。止めなくて、良かったんですか? あの二人、大丈夫ですか?」

 二人が去った後で最初に口を開いたのは、これまで黙っていた光里だった。彼女は二人が飛び出していった出入り口の方に、心配そうな眼差しを送っている。

「伊勢の厳しさに熱田がついて行けるか……? 伊勢は自分が弱いと思い込んでるからな。だから、自分にできる程度のことは誰にでもできると、思うんだよな……」

 愛作が顔を歪めながら、苦々しげにつぶやく。これは彼が和都に言おうとして、言えなかったことだ。
 この見解には、全員が頷いた。しかし、不安がっているだけでは進展しない。

「部長の寅六とらろくさんには言っておこう。熱田がキツくなったら、すぐ祐徳に伝えるように。祐徳は寅六さんから連絡があったら、自分の判断で伊勢と熱田に業務改善指導をしてくれ。俺と北野には、事後報告で伝えればいい」

 愛作は今後の展開を予想して、対応案を提示した。指示を受けた伊禰は、悩ましい表情でこれに頷いた。

「ジュールとワットの仕事コンビ……。上手く行けばいいですけど……」

  この場は独特な溜息で包まれた。
     因みに仕事コンビとは、J(ジュール)が仕事の単位でW(ワット)が仕事率の単位という意味だが、誰も興味が無いのか伊禰に意味を訊ねる者はいなかった。


 周囲の心配を他所に、十縷と和都はデザイン制作部の部屋に戻ってきた。戦いの疲れを感じさせない、意気揚々とした雰囲気で。
    異様とすら受け取れるその雰囲気に、作業中だったデザイナーたちも思わず首を傾げる。部長の社林こそばやし寅六とらろくもその一人だった。

 そんな風に首を傾げる社林の手許で電話機が内線の音を鳴り、彼はすぐに受話器を取る。内線電話は、寿得神社から愛作が子機で架けてきたものだった。

『寅六さん、俺だ。伊勢と熱田がちょっと妙なことになってね。伊勢が熱田をシゴくと燃え始めて、熱田も便乗して燃えてるんだ。熱田がぶっ倒れないか、心配でね。ヤバそうだったら、すぐ医務室の祐徳に言ってくれ。前から気を遣って貰ってるが、引き続き頼む』

 愛作は事態を簡潔に説明した。情景が想像できたのか、社林は呆れた顔で頷きつつ、十縷と和都の方を見た。二人とも、一心不乱に作業を再開していた。

「わかりましたよ、愛作さん。ヤバそうだったら医者の姐ちゃんに伝えますが、場合によっては俺も加勢します」

 そう伝えると、社林は電話を切った。それから十縷と和都に注意を向けつつ、自身も作業を再開した。ところで彼の口調、社長相手にしては随分と親し気だった。


 かくして周囲の心配を他所に燃える十縷と和都は、午前中はそのまま仕事に没頭。
    正午の昼休憩には男子寮の食堂で昼食を摂り、午後はすぐに仕事を再開。和都はオーダーメイドの指環のデザイン案を仕上げて、商品管理部に提出。十縷もブローチのデザイン案を修正して部長の社林に提出した。

   いつしか時計の針は五時半を回り、この会社の定時を迎えた。

「熱田。キリが良かったら、一度上がるぞ。今から筋トレだ」

 和都は手際よく机上を片付けながら、隣の十縷にそう告げた。十縷は促される形で机上を片づけ、そのまま二人でデザイン制作部の部屋を出る。タイムカードに帰宅の打刻をして。
    まだ帰る気配を見せない社林部長は、ちゃんとその様子を確認していた。

「まず寮に戻って、ジャージに着替える。それから、会社の体育館に行くぞ」

 本社ビルを出た時、和都は十縷にそう告げた。和都に言われて、十縷は入社案内に記載されていたことや入社式で受けた説明を思い出した。

(運動部の人用の体育館があったね。社員証を見せれば、普通の社員も使えたよな)

 一人で頷く十縷に、和都は「神明はあんまり来ないぞ」と情報を付け加えた。


 かくして二人は男子寮に戻ってジャージに着替える。それから男子寮の出入り口で待ち合わせ、その足で体育館に向かう。
    今日まで十縷は気にしていなかったが、体育館は道路を挟んで男子寮の向かいにあった。なお、体育館と同じ島には女子寮もあるが、十縷たちの方からは見えなかった。

 男子寮から体育館まで徒歩五分程度の道のりの途中、二人は別の社員と思しき人物から声を掛けられた。

「おお、伊勢。今日も仕事帰りに鍛錬か? お疲れさん!」

 その人物は男性で、年齢は二十代半ばくらい。暗い灰色のリクルートスーツに赤いネクタイを合わせており、頭髪も染めることなく丁寧に整えていて、ちゃんとした身なりをしていた。

「そっちは外回りの帰りか、掛鈴かけすず。お疲れ」

 スーツの彼に、和都は愛想よく答えた。

(新杜宝飾の営業の人か? 伊勢さんと同期入社とか?)

 十縷は和都の後ろで二人のやり取りを見て、掛鈴と呼ばれたスーツの男について考えていた。そんな十縷の姿が掛鈴の目に留まったようだ。

「後ろの子は新しい子? デザインに入ったって言う」

 その質問を受けて、まずは和都が答えた。

「ああ。デザインの新入社員だ。いきなり特殊部隊にも選ばれてな」

 和都に続き、十縷は掛鈴に自己紹介を始めた。

「今年から宝飾デザイン部で厄介になることになった、熱田十縷です。宜しくお願いします」

 十縷は軽く頭を下げつつ、掛鈴に最低限の自己情報を伝えた。十縷の所作を見て、掛鈴は頷いた。「感心」とでも言いたげに。

「なんか営業でも行けそうな子だな。不愛想なお前と違って」

 掛鈴はまず和都にそう笑ってから、十縷に話し掛けた。

「俺は営業部の掛鈴かけすずれい。伊勢とは同期入社。一応、短距離走部にも籍を置いてるけど、神明さんみたいに凄い訳じゃないから」

 掛鈴は先の十縷よりも少し多めに、自己情報を示した。初対面の相手に臆せず微笑みながら話す様子から、如何にも話し慣れている様子が窺えた。
    この調子のまま、掛鈴は世間話に持ち込んだ。

「だけど、いきなり特殊部隊に入ったとか、大変だね。伊勢とか神明さん見てて大変そうだなぁっていつも思ってるけど、一年目でこれなんてさ…」

 掛鈴は少し顔を歪めてそう言った。十縷には少しありがたい言葉だった。

(そうですよ! 昨日は死にそうだったんですよ!)

 気分的には目を潤ませながら、掛鈴の言葉に頷いた十縷。そんな十縷を励ますように、掛鈴は言った。

「でも、頑張ってよ。こいつも去年までは君と似たような感じでヒョロかったんだけど、気付いたらこんなムキムキになっててさ。元から背も高かったから、なんか凄く強そうになっちまって…」

 こいつというのは和都のことだと簡単に推察できた。掛鈴は何気なく掛鈴は言ったが、十縷には重大な情報だった。

(伊勢さんがヒョロかった? 待てよ、確かこの部隊ができたのって、去年の八月とかだよね。半年とかで、こんな体になったの!?)

 十縷は和都の逞しい体を眺め、掛鈴の言葉と照合して息を吐いた。
 和都は元々屈強な体を持っていた訳ではなく、努力によって短期間で今の肉体を構築した。この事実に十縷は刺激された。

(伊勢さん、マジすげぇ! こりゃ僕も頑張らないとな! 伊勢さんを目指すぞ!)

 十縷が和都に向ける眼差しには、憧れや尊敬の念が強く籠り始めた。
 その傍ら、掛鈴は「頑張れよ」と二人に言って、本社ビルの方へと立ち去っていく。

    和都も簡素な挨拶をして、それから十縷を体育館の中へと誘導する。

(行くぞ! 強くなるんだ!!)

 涼し気な和都の隣で、十縷はやたらと燃えていた。


 体育館に入った和都と十縷は、出入り口の受付で係の人に社員証を見せる。和都は慣れた様子だが、十縷は和都の動きをぎこちなく真似していた。

 それから二人は、体育館の一階に設けられたトレーニング室に向かった。部屋に入ると、当然ベンチプレスなど多数のトレーニング器具に出迎えられた。

(うわー……。住む世界、違うわ……)

 その光景を見た時、十縷は真っ先にそう思った。そんな十縷を横目に和都は部屋の片隅に置かれた鉄唖鈴を手に取り、ウォーミングアップと言わんばかりに上げ下ろしを始めた。

「早くお前も始めろ。剣道部の人も、割と使うんだ」

 光景に圧倒されてボーっとしてした十縷は、和都に言われて鉄唖鈴を取る。因みに、和都は自分用に6 kgの鉄唖鈴を持ち、十縷には「いきなりは厳しい」という理由で3 kgの物を渡した。
 そして鉄唖鈴を使って、和都は四種類の運動を始めた。脇を締めたまま肘を曲げたり伸ばしたりする運動、腕を下ろした体勢から左右に広げる運動、背の方に腕を振る運動、前方に腕を突き出して左右に開く運動の四種類だ。一種類につき二十回、和都はこれを行い、四種類が一巡するとまた二十回ずつ同様の運動を行い、最終的には四種類を五巡させて各百回ずつ行っていた。

 和都の動きを真似して、十縷は同じことを行う。しかし、かなり辛かった。

(腕、千切れるよ……。それに疲れる……。本当に疲れる……)

 やっている最中に、十縷は息が切れてきた。対して和都は、そんな様子を見せずに平然と続けている。昨日に引き続き、十縷は歴然とした力の差を痛感する。

(伊勢さん、凄っ……! でも、これを乗り越えなきゃ! 伊勢さんだって、乗り越えたんだ!)

 しかし、今の十縷は燃えている。自らを奮い立たせ、悲鳴を上げる筋肉を苛め続けた。

 その後、諸々の器具を使って、腹筋、背筋、大腿筋、胸筋などを鍛える運動を行った。これらも勿論、計百回になるよう各二十回を五巡させる。勿論、和都は辛そうな顔はしても動きは止めない。

 対して十縷は、途中で小休止を入れないと続けられなかった。


次回へ続く!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?