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社員戦隊ホウセキ V/第14話;忌まわしき記憶

前回


 四月二日の金曜日、正午の少し前にスケイリーは地球に襲来した。出現したのは、多数の人で賑わうショッピングモールだ。
 二階より上に居た人々は、一階から聞こえてくる大きな音に引き寄せられるように、吹き抜け方へと集まる。そして、吹き抜けの下で暴れるスケイリーの姿を見て騒いだ。

「そろそろ、スケイリー将軍がいらした頃か」

 ゲジョーは三階のファーストフード店でハンバーガーセットを食べていたが、スケイリーの出現を察知すると席を立った。
    そしてハンバーガーを右手に吹き抜けの方へと向かい、騒ぎ立てる周囲の人々に混ざる。一階のホールで暴れるスケイリーの姿を確認すると、左手にスマホを持って通話を始めた。

「スケイリー将軍がみえました。様子をお伝えします」

 通話内容はマダム・モンスターへの伝達で、すぐに終わった。彼女は電話を切り、スマホを吹き抜けの下に翳して撮影し始めた。

    撮られるスケイリーは、特定の人間を襲っていた。先にゲジョーをナンパしようとしていた二人組を。

「お前は泣け! お前は怯えろ! 苦しみと恐怖をニクシム神への供物にしろ!!」

 金髪男はスケイリーの手で噴水に叩き落され、その中で蹴り転がされて泣き喚いていた。
    近くに居た茶髪男は左足から出血しており、床に座り込んだまま動けない様子だ。相方がやられる様に彼は怯え、声を震わせて目に涙を浮かべていた。

    この光景を見たゲジョーは僅かに眉を顰め、スマホでの撮影は続けながらも目は逸らしていた。

「怨むなら、他を虐げる側に回った自分を恨め」

 視線を逸らす際に、ゲジョーはそう呟いていた。
    その時、彼女の目には、未だ吹き抜けの下を眺める者たちの様が飛び込んでいた。全員、笑っているのか怖がっているのか、全員が不可解な表情をしていた。騒ぐ声も、悲鳴なのか歓声なのか判別しにくい。スマホで一階の様子を撮影している者も居た。

    それを見て、ゲジョーは眉間に皺を寄せつつ目を閉じ、唇を噛んだ。まるで、何かを堪えるかのように。


 寿得神社のイマージュエルはスケイリーの出現を感知し、愛作社長の指環を発光させた。こうなると愛作社長はまず特殊部隊の面々にこの事態を伝え、自分はリヨモと合流して特殊部隊のバックアップに回る。

 この間の社内業務は、副社長である妹の社林こそばやし千秋に一任する。
 今回も愛作社長はこの段取りで動き、十縷たちが寿得神社の駐車場へと走っていた頃、自分も同じ神社の離れを目指して走っていた。

 スーツ姿の愛作社長が寿得神社の杜をひた走っていた時、指環はリヨモの声を届けてきた。

『愛作さんのイマージュエルとリンクできました。今から映像を送ります』

 音の羅列のようなリヨモの言葉は、その後ろで複雑に絡み合う雨のような音と湯の沸くような音、そして耳鳴りのような音のせいで、かなり聞き取りにくくなっていた。
 息を切らせながら走る愛作は横目で手許の指環を確認し、空中に投影される映像を確認したが…。思わず足を止めた。

「絶対にザイガのデザインだ……!」

 投影された映像は、ショッピングモールの噴水で金髪男を傷めつけるスケイリーの姿。その行為に嫌悪感を覚えたのは勿論だが、それ以上に彼が注視したのはスケイリーの姿。

(前に出たゾウオも、額の金細工がザイガの作品っぽいと思ったが…。巻貝なんて、確実にザイガのデザインだ!)

 愛作がそう思った理由には、それなりの根拠があった。

   十縷に説明した通り、新杜家の者は現在もジュエランド王家と交流していた。愛作社長と妹の千秋は約三十年間、習わしに従って寿得神社にやって来るジュエランド王家の者と、定期的に会っていた。
    交流の内容は、互いの造形物を見せ合って批評し合う、組織の運営方法について語り合う、というものだった。

    二人と交流したジュエランド王家の者は、最初はマ・ジ・スラオンという名の王子だけだった。彼は千秋よりも少し年少だった。
    最初の交流から十年経つと、彼の名はマ・スラオンになり、肩書きも王子から王に変わった。

    更に数年後、マ・スラオンは自分の弟と同行するようになった。【マ・ツ・ザイガ】という名前の弟を。
    マ・ツ・ザイガは愛作たちと比べると随分と若く、愛作たちと初めて会った時も、少年と青年の中間のような年齢だった。

「ザイガはまだ若いが、武芸も学業も優秀だ。数年後には、ジュエランドの公安隊の長を任せたいと考えている」
    マ・スラオンは音の羅列のような喋り方で、自慢気に弟を紹介していた。

    兄の期待に応え、マ・ツ・ザイガは地球人…と言うか、新杜兄妹からいろいろなことを学び、自分のものにしようとしていた。
    宝飾品の制作はもちろん、組織運営の方法や、地球の剣道なども。

    そんな交流の中で、千秋がザイガにこんなものを見せた。

「最近、貝殻にハマってね。素敵でしょう」

    それは巻貝の貝殻のコレクションだった。彼女は巻貝のデザインが好きで、コレクションしていた。そして交流会の中で、これをザイガに見せた。

「地球には、このような生物がいるのですか? 実に美しい。こんな工芸品のような生き物が、自然に生まれるとは…」

    巻貝の貝殻を見つめるザイガからは、鈴のような音が鳴り響いていた。

   

(お前は本当に、俺たちの敵になったんだな…!)

 スケイリーの姿を見て、過去を一気に思い出した愛作社長。猛烈な感情がこみ上げて来て、思わず泣き叫びたくなった。

 しかし彼は顔を横に振り、再び走り出す。泣いている暇は無いと自分に言い聞かせ、自分の役割を果たそうと奮起した。


 ホウセキブレスに愛作社長からの連絡が入った数分後、十縷と和都は寿得神社の駐車場に着いた。一番乗りだったので、キャンピングカーの前で仲間を待つ。と言っても、二分も待たないうちに全員が集合した。
    全員が揃ったところでブレスを通じて愛作から連絡が入った。

『まだ姫と合流できいないが、映像が届いた。【JoJoタウン】にゾウオが一体現れた』

 この連絡を聞いてから、一同はキャンピングカーに乗り込んだ。

 なお、伊禰はパック入りの栄養ゼリーを五つ持ってきており、「腹が減っては、戦はできぬ」と称してこれを一同に配った。一同は、これを本日の昼食とせざるを得なかった。

 かくして昨日と同じく、一同はキャンピングカーに乗って目的地を目指す。車内の配置も昨日と同じだ。
   パック入りのゼリーを飲む一同のブレスには、リヨモから出現したゾウオの映像が送られてきた。

    ゾウオの顔はウラームと似ていたが、両肩や背中に供えた濃紺の巻貝のような防具、そして胸や腕を覆う黒い鱗のような帷子はウラームには見られない特徴だった。手にしている武器も鉈ではなく、大きな巻貝の貝殻を先端に付けたような杖だ。
    その姿を見て伊禰は「鱗船うろこふね玉貝たまがいみたいですわね」と言い、十縷は別のことを思った。

(こいつもウラームと同じで、人間を憎んでるみたいだ。でもこいつ、確実にウラームよりヤバい。これがウラームとゾウオの違いか……?)

 暴れ回るその姿に、十縷は恐怖を覚えた。ゾウオはウラームより遥かに強いと和都から聞いたばかりで、それは大いに納得できる。醸し出す憎しみのような感情は、ウラームの比ではない。
 十縷がそんな感想を抱いていると、ブレス越しにリヨモがこのゾウオに関する基礎情報を教えてくれた。

『このゾウオは壊猛ゾウオと言います。ジュエランドを襲撃した、五体のゾウオのうちの一体です。ワタクシの母上は、このゾウオに命を奪われました……』

 ブレスから聞こえるリヨモの声には、例によって感情の籠っていなかった。その声に混じって、降りしきる雨のような音と、甲高い耳鳴りのような音、そして湯が沸くような音が大きく聞こえてくる。これらの音はリヨモの体から響いているものだ。

(何だ? 泣いてるのか? それとも怖がってる? いや、怒ってるのか?)

 音はリヨモの情動によるものだと、十縷にも推察できた。そして、彼女と関わりの深い光里は、これらの音が何を意味するのかを正確に把握していた。

「リヨモちゃん、もういいから。映像は見ないで。私たちが、何とかするから」

 寿得神社の離れに居るリヨモを宥めるように、光里はブレス越しに言い聞かせた。そんな彼女の目が潤んでいて、顔が紅潮していたのを、十縷ははっきりと視認した。それは、光里の隣の伊禰も確認していた。
    だから、リヨモが『光里ちゃん、迷惑しました』と言って通信を一時的に切った後、伊禰はそっと光里の肩に手を掛けた。

「戦いの目的は仇討ちではございません。同じ悲劇を繰り返さない為です。心得ていらっしゃると承知しておりますが、改めてお忘れなきよう」

 と、伊禰は光里を諭すように言った。それでも光里の表情は変わらないが、俯いたまま「はい」と簡素に答えた。

     そしてその直後、車は無理な速度でカーブを曲がり、十縷たちは体勢を大きく崩した。光里と同じく、運転手の和都も穏やかではいられないのだろう。

「イエロー、落ち着け。急ぐのと焦るのは違うぞ」

 助手席の時雨が、和都の乱暴な運転を指摘する。和都は小声で「はい」と返した。

 車内の雰囲気は昨日と緊迫感が全く違う。十縷にもそれは解り、混乱していた昨日とは異なり、今日は恐怖心を抱いていた。


 駐車場を発ってから約十分後に、一同は目的地の駐車場に着いた。駐車場の正面に【JoJoタウン】たるショッピングモールの建物は構えており、キャンピングカーのフロントガラスからも確認できた。

 外から異変は見えないものの、この中でゾウオが猛威を振るっているのかと思うと、十縷の体は自然と震えた。

    そんな彼の様子には頓着せず、昨日と同様に五人は車体後部の居室に集い、作戦について話し合う。

「相手は飛び道具を使うようだが、建物の中には人がいるから銃撃戦は避けたい。ホウセキディフェンダーで攻撃を防ぎつつ、なんとか距離を詰めて接近戦に持ち込もう」

 映像を見て相手の戦力や周囲の情報を分析していた時雨が、まず大雑把な段取りを提案した。続いて伊禰が具体的な内容に踏み込む。

「骨貝のような棘攻撃、一度発射したら次の棘が装填されるまでに時間が掛かるようですわね。グリーンの速さなら、その間に距離を詰めて接近戦に持ち込めるでしょうか? 接近戦なら私も続こうと思いますが、私は止めの方が宜しいですか?」

 伊禰の提案を受け、時雨はもう少しだけ段取りを詳しくする。

「マゼンタは、グリーンと二人であいつを引き付けてくれ。止めは俺とイエローで刺す。イエローはガンフィニッシュを撃ってくれ。あいつの装甲に少しでも傷が付けばいい。その傷に、俺がソードフィニッシュで斬り込む。これで行こう」

 時雨は容赦なく専門用語を使うので十縷には厳しかったが、彼は作戦行動を共にする訳では無いので問題は無い。光里たちは理解しているようで、「了解」と威勢よく返していた。

    凡その作戦が決まると、時雨は蚊帳の外になりがちの十縷に話し掛けた。

「レッド。前回と同様、車から絶対に出るな。特に今回は絶対に……」

 時雨が告げた内容は、前回と同様だった。しかし、その口調は前回よりも重い。だから十縷も、前回以上に身が引き締まる思いがした。そして時雨は、更に言葉を続ける。

「俺たちがどんな苦戦しようと、助けようとなど思うな。残念だが、今のお前にその力は無い。犠牲者を増やすだけだ」

 この言葉を聞いた十縷は、思わず目を見開いた。苦戦する前提なのか? 時雨の後ろに居る伊禰、和都、光里の顔も、随分と強張ったものになっている。この雰囲気に十縷は完全に圧倒され、頷くしかできなかった。

 それから時雨たち四人は「ホウセキチェンジ」の掛け声と共に変身。色分けの戦闘服を纏うと、車外へ飛び出していく。十縷のブレスは、戦場となるショッピングモールに駆け込んでいく彼らの姿を投影する。それを眺める十縷の心拍数は増加した。
 そんな彼に、愛作がブレスの向こうから語った。

『レッド。ブルーの言いつけは絶対に守れ。君はイマージュエルに選ばれたが、まだ何の訓練も受けていない。戦えなくて当然だ。だから、君に責任は無い。危なくなったら、逃げ出しても良い。と言うか、君だけでも生き延びてくれ』

 愛作も時雨と同じで、今から展開される戦闘が如何に壮絶なものになるのか、間接的に語っていた。十縷は「はい」と言ったものの、内心では気が気でない。ただひたすら、戦いに向かった四人の身を案じた。


次回へ続く!

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