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社員戦隊ホウセキ V/第27話;救われた弱者

前回


 四月四日の日曜日の正午過ぎ、ニクシムが送り込んだ三体の巨獣に立ち向かった社員戦隊ホウセキVは、五色のイマージュエルを全て宝世機に変え、更には五つの宝世機を合体させて想造神・ホウセキングにして、三体の巨獣を撃破した。

 地球から遠く離れた小惑星にて、銅鏡が映し続けた映像を見て、マダムは困惑したように顔を歪めていた。

「地球のシャイン戦隊の想造神、伝説に違わぬ強さか? 五人がかりとは言え、わらわやザイガと同じ域まで達するとは……。あの者共、本当に侮れんな……」

 驚きが大き過ぎ、普段なら絶叫する筈だが乾いた笑い声を上げたマダム。

 隣のザイガは、意外にも体内からの音を一切立てていなかった。耳鳴りのような音も、鉄を叩くような音も。

「これは想定外です。方針を練り直す必要がありそうですね」

 ザイガはそうとだけ言い、静かに踵を返した。


 避難誘導を聞かず、遊園地でマダムたちに映像を送り続けていたゲジョーは、三体の巨獣が撃破される様子を見るや、その場で両膝を折った。
    ゲジョーの目は多量の涙で滲んでいた。スマホも、思わず落としてしまった。

(あんな物は違う! 私を救ってくださった【希望の巨人】とは別物だ!)

 ゲジョーは泣きながら、自分の手で自分の太腿を叩く。
    涙を流す彼女の目には、記憶中にある忌まわしい光景と、それから自分を解放してくれた【希望の巨人】の姿が映っていた。

   ジュエランドと同じ恒星系にある惑星・グラッシャで、ゲジョーは生まれ育った。しかし、グラッシャで過ごした日々は、殺伐とした地獄そのものだった。

   グラッシャの頂点には、途轍もなく巨大な生物たちが君臨していた。その巨大な生物は星の富を独占し、他の生物たちを虐げていた。

   ゲジョーたちグラッシャの人類は、巨大な生物たちの目を盗んで富を掠めとって生きていた。しかし巨大な生物たちから見れば、この行為は害虫そのもの。見つかれば殺されるか、運が良くても巨大な生物たちの監視下で軟禁生活を送らされるか、どちらかだった。


    しかし…。

     突然、ゲジョーたちはこの苦しみから解放された。

【弱者救済結社・ニクシム】を名乗る者たちが、グラッシャに君臨していた巨大な生物たちを討伐してくれたのだ。

    岩石の鎧を纏った巨人、そして透き通った黒いガラスのような巨人、更には額に金細工を付けた五者五様の姿をした怪人たち。
    グラッシャに縁の無い筈の彼らは、グラッシャの人類の為に命を懸けて戦い、地獄から救ってくれたのだ。
―――――――――――――――――――――――――
「ありがとうございます。貴方がたには何と礼を申し上げて良いものか……。何か私たちにできることがあれば、何なりとお申し付けください」

    生き残った民を代表し、白髪頭の男性がマダム・モンスターに礼を言った。それに対して、マダムはこう返した。

「ならば、其方たちと同じく虐げられている者たちを救って欲しい」

    かくして支配者の巨大な生物たちが滅んでから数日後、ジュエランドからカムゾン、ヅメガ、ギルバスなどの小動物がグラッシャに持ち込まれた。ジュエランドでは、害獣として迫害されていた小動物だった。

「この者たちは普通に生きていただけなのだが、貴重な植物を食らうとの理由で、ジュエランドでは無闇に殺されておった。其方たちと同じじゃ。妾はこのような者たちを放ってはおけん。どうかこの者たちを、この星で生かしては貰えぬか?」

   マダムの願いに反対するグラッシャ人は居なかった。
   かくして、これらの小動物はジュエランドからグラッシャに棲み処を移した。彼らがこの星に自生するサイケカビルンを常食として巨獣と化すのと、巨獣たちをグラッシャ人が飼育するようになるのはこの後の話だ。
―――――――――――――――――――――――――
   ゲジョーも初めは、生き残った他のグラッシャ人と共に、カムゾンたちを育てていくつもりだった。
    しかし…。巨大な生物たちの支配から解放された後も、ゲジョーは災難に見舞われた。何があったのか、言いたくないくらいの災難に…。

(もうこの星には居たくない。気分が悪過ぎる……)

   そう思ったゲジョーは、マダムとザイガがグラッシャを訪れた時に、思い切って二人に声を掛けた。

「私を貴方がたのお仲間に入れて貰えませんか? 苦しめられている者たちを救う、貴方がたの活動の手助けをしたいのです!」

    この当時、ゲジョーは煤けた襤褸切れのような服しか着ておらず、髪も乱雑で肌も薄汚れていた。
    小綺麗なドレスと宝石を纏ったマダムや、体が宝石でできているようなザイガとは、外観だけで随分と見劣りしていた。

「その気持ちはありがたい。しかし、それは危険に身を置くということじゃ。虐げられている者たちを救えば、虐げていた者たちからは怨みを買う。そんな辛い思いを、其方のような若い者に背負わせるのは……」

    初め、マダムはゲジョーの申し出を拒否しようとしていた。ただの少女を戦いに巻き込むことに、猛烈な抵抗があったのだ。
    しかし、ゲジョーは食い下がった。

「私は両親を失いました。もう失うものはありません。怨まれても、それで助かる者が居るなら、喜んで怨まれる所存です!」

    外観こそ貧相だが、ゲジョーの目には確かな熱意が宿っていた。
    さて、この少女をどう宥めるべきか? マダムは悩んだが、隣に居たザイガは違った。

「喜んで怨まれるか……。言ったな。その覚悟があるなら、ついて来るか?」

   受け入れても良いとの意思を、ザイガは仄めかした。マダムは抵抗の意思を示したが、ザイガは言い返した。

「この娘は行き場が無いのです。そのような者を引き取ることも、貴方が目指されている救済ではありませんか? それに歳や出自など関係なく、能力さえあれば戦えます」

    ザイガの意見に、マダムは反論できなかった。加えて、ゲジョーは依然として熱い視線を送っている。
    ここはマダムが折れるしかなかった。
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   かくして、ゲジョーはニクシムの塒たる小惑星に招かれた。仄暗い洞穴を通り、導かれたのはニクシム神が祀られている祭壇だ。
    青黒い光を霞のように放散するその巨岩に、ゲジョーは目を奪われた。

「これはダークネストーンという石で、我々はニクシム神と呼んでおる。この石は、虐げられた者たちの嘆きが集合し、形になったものだと考えられている。この石は、弱き者たちを虐げる者どもを憎んでおる。だから弱き者たちを救おうとする者に力を貸し、虐げていた者たちの苦しみを糧に成長する」

    ゲジョーはマダムの解説を真剣に聞いた。そして、ザイガが付け加えるように解説を引き継いだ。

「この石が発する光は強大な力で、素養のある者はこの石の力をその体に受け、同様に強大な力を得ることができる。ニクシムの戦士は、そうやって戦っている。つまり、お主にその素養があれば、お主も我らが仲間として戦えるということだ」

    ザイガはそう言うと、懐に忍ばせていたピアスをゲジョーに手渡した。アメジストのような紫の宝石を備えた、金のピアスを。

「それは、お主とニクシム神が交信する為の道具だ。それを使ってお主がニクシム神と交信し、その力を引き出すことができれば、お主もニクシムの一員として戦える」

    ザイガはそう語り、更にピアスは耳朶に刺して装着する物とも伝えた。そして耳に穴を開けるための15 cmほどの針をゲジョーに手渡した。
    長い針を目にして、少なからずゲジョーは慄いていた。

(無理にとは言わん。怖かったら、怖いと言えば良い)

    ゲジョーの顔を見て、マダムはこのまま彼女が諦めてくれることを期待した。しかし、ゲジョーは長い針から目を逸らさず、意を決したように頷いた。

「解りました。やってみます!」

    ゲジョーはそう言って、己の耳朶に針を突き刺した。右、左の順に。思い切った行動が良かったのか、血も殆ど出ず痛みも殆ど感じなかった。
   一度は慄いたが、抵抗なく耳朶を針で刺し貫いたその行為に、マダムは思わず感嘆した。

「肝は据わっているようだな。小娘よ、第一段階は合格だ」

   そう言ったザイガは、鉄の叩くような音と鈴のような音を立てた。

「其方を拒むのは野暮のようじゃな。其方を受け入れようぞ。ニクシムの一員として」

    マダムも静かに頷いた。これでゲジョーはニクシムへの参画を認められた。
―――――――――――――――――――――――――
   この直後、ゲジョーはマダムによって、別の部屋に連れて行かれた。

   この部屋で、まずマダムはブローチの光でゲジョーの耳を照らした。これはピアスホールを整える為の作業で、本来なら一ヶ月を要する過程がイマージュエルの力で数分間に短縮された。
   この時に、ゲジョーは黒いゴスロリ調のドレスをマダムから与えられ、ついでに髪型もツインテールで手先を新橋色に染めたものにセットされた。

「妾はスカルプタの出身でな。グラッシャから最も近くに見える星じゃ。スカルプタもまた、酷い星じゃった」

    ゲジョーに服を着せ、髪を梳かしながらマダムは語り始めた。

    彼女の話ではスカルプタは身分制度が厳しく、下位階層の者は上位階層の者に使い捨ての道具としてこき使われ、気に入らなければ殺されるという有様だったらしい。
   そして、マダムは上位階層だったようだ。ゲジョーはそれを意外に思った。

「どうして上位の方が、私たちのような者に救いの手を? そのままスカルプタに居れば、良い暮らしを続けられたのに」

    身分制度の話を聞いた時、ゲジョーはマダムが下位階層の出身で、自分と似た境遇の者を救おうとしてニクシムを結成したものと思い込んだ。
    しかし、それが根底から覆された。その真相をマダムはしみじみと語る。

「ある日、使用人として雇っていた下位階層の者を妾の夫と娘が殺してな……。娘が家宝のペンダントを壊したのだが、それを使用人のせいにして……。殺された使用人は、其方くらいの歳の少女じゃった。その時、妾は意を決した。腐り切ったこの星を叩き直すと」

   その後、マダムはニクシム神との交信に成功した。ニクシム神の力を使い、夫と娘を含むスカルプタ上位階層を皆殺しにして、下位階層の解放を成功させたと語った。

    話が終わった頃、ゲジョーの髪型は独特なツインテールに整えられていた。

「使用人の少女は救えなかった。だから、他の者は救いたい。妾はそう思っておる。この星で其方を救えて、本当に良かった」

   そう言いながら、マダムはゲジョーの首にペンダントを掛けた。緑の宝石をあしらった、金のペンダントを。
    宝石はエメラルドか?    マダムのブローチとお揃いだった。

「これは、妾の愚かな娘が壊したペンダントじゃ。憎しみの象徴として壊れたままにしていたが、ザイガが修復したいと申してな…。美術品として素晴らしいとかで」

   そんな大切なペンダントを与えられ、さすがにゲジョーは狼狽えた。

「それ程の物を私が受け取るなど…。不相応すぎます」

    ゲジョーは咄嗟にそう言ったが、マダムは首を横に振った。

「折角直ったなら、誰かが着けなければペンダントも映えぬ。これは其方が着けておくれ。あの少女にしてやれなかったことを、誰かにしてやりたい……」

    そう言って、マダムはゲジョーを強く抱きしめた。この時ゲジョーは独特な安心感を覚え、いつの間にか感涙していた。

(何とお優しい方……。このお方は、本当の愛をお持ちだ……)

    ゲジョーは感じていた。何とも形容し難い、マダムの独特な包容力を。
    どんな憎しみや悲しみも、マダムと共に居れば感じずにいられる。そんな気すらした。

    

(泣いている暇があったら悪を憎み、憎心力を高めろ!)

 泣いていたゲジョーは過去を思い出し、自らを奮い立たせながら再び立ち上がった。落としたスマホを手にして。
 そして、マダムの言葉を頭の中で反復する。

「ならば、其方たちと同じく虐げられている者たちを救って欲しい」

  

(次は私の番です。地球で虐げられている者たちの為に、微力でも戦います!)

 決意を新たにしたゲジョー。
    その情動に呼応するかのように、服装はゴスロリ調のものに変化した。あの日、マダムに与えられた装束に。顔にも、あの日マダムに施された化粧が再び浮かんだ。
    その目を濡らした涙は、もう乾いていた。


次回へ続く!


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