見出し画像

社員戦隊ホウセキ V /第20話;日曜日は訓練の日

前回


 ドロドロ怪物ことニクシムの尖兵は木、金と連続で出現したが、土曜日は影を潜めていた。

    と言う訳で、土曜日は幻想的な話を聞いて、ヒーロー戦隊の漫画を読みまくって一日を終えた十縷。その流れで、日曜日の朝を平和に迎えた。

(今日は八時から訓練だったね。場所は寿得神社の正門)

 意外に律儀な十縷は七時少し過ぎに起き、それから数分後に一階の食堂で朝食を摂り、身支度を整えた後、七時四十分頃に寮を出た。体を動かすので着衣は臙脂色のジャージで、変身させられるかもしれないので、腕時計に擬態したブレスも忘れずに装着していた。

    寮から寿得神社の正門は徒歩五分で、その短い道筋に十縷はふと思った。

(伊勢さんと一緒に行っても良かったよなぁ……。でも、誘ってくれなかったから、仕方ないか。食堂でも見かけなかったな。日曜も早いんだろうな……)

 和都の気真面目さには、感服するばかりだ。そんなことを考えながら歩いているうちに、彼は寿得神社の正門に達した。

   早朝なので一般の参拝客の姿は見受けられないが、鳥居の下には特殊部隊の仲間が一人、既に待っていた。紺色のジャージ姿の時雨である。

「来たか。七時四十七分。まあ、妥当か。それじゃあ、行くぞ」

 十縷の姿を確認した時雨はブレスが擬態した腕時計に目をやり、すぐ踵を返して境内の中へと進んでいった。この行動に十縷は焦る。

(えっ? まだ二人しか居ないじゃん!? どうしてもう行くの!?)

 十縷の疑問は真っ当だ。彼は速足で時雨の横につけると、この疑問を時雨に訊ねた。すると時雨は前方を向いたまま、淡々と問に答えた。

「他の三人はもう始めている。今日は伊禰がお前に付きっ切りになるから、伊勢と神明がその前に伊禰と稽古をしたいと言ったそうでな」

 情報は十分だった。十縷は和都と光里の真面目さに感心したが、下手なコメントをしたら時雨は叱ってきそうな雰囲気があったので、何も言わなかった。
   ついでに【伊勢】、【神明】と名字なのに対し、【伊禰】だけ名前である点も非常に気になったが、これこそ突っ込んだら殴られそうなので、この疑問は胸の中にしまってニヤニヤ笑うだけに留めた。

 そんな訳で二人は特に会話をせず、本殿を遠すぎて杜の中へと進む。

(随分、深い所まで行くな。って言うかこの神社の杜、改めて広いな……)

 道筋は離れに向かう方向とは違い、かなり奥の方まで進んでいく。頭上には木々の葉が生い茂り、陽光を遮って道を暗くしている。


    杜の深さと静かさに十縷が不安に似た感覚を覚え始めた頃、それを払拭するように人の声が聞こえてきた。おそらく、先に訓練を始めている伊禰たちのものか?
 その声に十縷は安堵して、表情が明るくなる。声が聞こえてから程なくして、彼らの姿も見えるようになった。

「あそこだ。見えるか? 姫のイマージュエルの力で俺たち以外には見えないし、弾丸なども打ち消されるようにしてある」

 暫くぶりに時雨は喋った。彼の指す先に、十縷ははっきりと人影を確認できた。その姿は歩みを進めるとより明確となり、伊禰たちだとはっきり認識できた。

    彼らが訓練をする場所は林冠が途切れており、大きな木が無く開放的で陽光が届くので視界も良好。歩いてきた道より環境が良いので十縷は安堵した。
    しかし、よくよく訓練の様子を見ているとその安心は消え去った。

(ちょっと待って……。めっちゃ激しくない?)

 十縷は率直にそんな感想を抱いた。伊禰は白い小袖に紺色の袴、和都は上が黒いタンクトップで下が黄のジャージ、そして光里は上下が深緑のジャージと服装がバラバラなのも気になるが、それ以上に内容が激しい。

    和都と光里が二人がかりでパンチやキックを繰り出して伊禰を攻め立てており、伊禰はヒラヒラとしなやかな動きでそれを避ける。三人が早めに始めていた訓練の様子は要約するとそんな感じで、十縷は震撼していた。

「やってるな……。伊禰は防法の【枝垂柳】を使ってるのか? 伊禰に奥義を使わせるとは、あいつらもできるようになったな」

 その様子を見ながら、時雨は呟く。十縷にはそれらの単語が解らない上に、そもそも驚きの余り聞くだけの精神的余裕を失っていた。その間に、激しい訓練は進行する。

「そろそろ、守りの方も診させて頂きますわよ。花英かえいけん奥義おうぎ打法だほう野田のだ長藤ながふじ

 二人との距離が開くと、伊禰は穏やかに宣言して攻撃に転じる。左右に回転方向を頻繁に切り替える複雑な足運びで前進しつつ、頭を狙った回し蹴りや足首を狙った足払い、そして腹を狙った膝蹴りなどを絶え間なく繰り出し、和都と光里の二人を同時に攻め立てた。その動きは素早いというものではなく、和都も光里も受けに徹するしかない様子だった。

(二人同時に攻撃できるの!? って言うか祐徳先生、普通に伊勢さんの顔に足届いてるよね? それに光里ちゃんにも反撃の隙、与えてないよね? 祐徳先生、強過ぎない?)

 圧倒的な強さを見せる伊禰に、十縷は震撼していた。その間に和都も光里も伊禰の連撃で体勢を崩され、付け入る隙を与えてしまう。当然、伊禰はそこを逃さない。

「はい、フィニッシュ。花英かえいけん奥義おうぎ打法だほう鳥兜とりかぶと……おにあざみ

 伊禰は時計回りに回転して和都と光里の間に入り、まず回転に乗せた左の肘撃ちを和都の背に叩き込んだ。更に回転の勢いで右手を前方に勢いよく伸ばし、掌底の一撃を光里の右肩を突いた。これで和都は前のめりに伏せさせられ、光里は後方に大きく吹っ飛ばされた。二つの打撃を同時に決めると、伊禰はピタリと動きを止めた。

「二人とも、ご立派ですわ。私も半ば強引になってしまって、思わず死ぬ所に当ててしまいそうでしたわ。そろそろ危ないので、来週からは一人ずつにして頂きたいです」

 倒れた二人を起こす伊禰は爽やかな笑顔を浮かべていたが、言っていることは怖かった。十縷はその耳でその言葉をはっきりと拾い、震え上がっていた。

( “ 死ぬ所 ” って何? この人、素手で人殺せるの? ヤバくない?)

 美人な女医に習えると聞いて愚かな想像をしていた昨日とは打って変わって、今はこの強過ぎる女医に恐怖を抱き始めた十縷。そんな彼に、時雨の一言が追い打ちを掛ける。

「見た通り、想造力やイマージュエルを抜きなら、確実に伊禰が一番強い。俺が木刀を持って素手のあいつと十番勝負して、三回勝てれば良い方だ」

 十縷の表情を確認した上で、何を意図してか時雨はそう告げた。勿論、十縷は更に震え上がる。そして、伊禰はこのやり取りを確認していた。

「おはようございます、お二方。ところで時雨君、ジュール君に変なことを吹き込まないでくださいませ。変な印象を持たれたら、どうしてくださるんですか?」

 おそらく伊禰は乱取り中から二人の到来に気付いていたのだろう。特に動じず、笑みを浮かべつつ普通に近寄ってきた。
 これに対して時雨は特に目立った反応をしないが、十縷は思わず一歩退いてしまう。
 そんな十縷の恐怖心に、光里の発言が更に拍車を掛ける。

「一対一なら、私はグリーンに変身して、お姐さんはそのままでお願いできますか? それくらいのハンデがあって、ようやく五分ですよね?」

 十縷たちの方に向かった伊禰に、光里がそう言った。和都も「俺もそれで」と続く。二人とも笑っており、本気ではなさそうだ。
     伊禰の方は「きゃー! ひかりん、こわーい」と黄色い声を返す。

    十縷以外の四人は大なり小なり笑っているので、これは定番のおふざけらしい。しかし、初めての十縷はとてもそんな気になれない。目が点になって、表情が固まっている。

    伊禰はその表情を確認し、「あらら」と呟いた。

「ご安心ください。いきなり組手など致しませんので。今日は受け身と基本的な防御を予定しておりまして、調子が良ければ突きの型を幾らかご紹介するくらいです」

 伊禰は十縷の両肩に手をやり、満面の笑みでそう言った。
 平常の十縷なら、確実に喜んでいただろう。しかし今は恐怖で頭が固まっていて、全く反応できない。小声で「頑張ります」と返しただけだ。
    十縷の反応は時雨ら三人も確認しており、余り表情の変わらない時雨はともかく、光里と和都は少し心配そうな眼差しを送っていた。


 そんな前振りを経て時刻は八時を迎え、本格的に訓練の開始となった。

 宣言通り、伊禰は基本的な受け身を三種類と、正拳突きや蹴りに対する簡単な防御法を教えただけだった。防御させる為に伊禰が十縷に対して拳を突き出す局面もあったが、ただ握った手を前方に伸ばす程度で、明らかに軽くやっていた。
    それでも先の印象は強烈で十縷は終始怯えており、伊禰はやり難そうだった。

 十縷が伊禰に習っている間、時雨たち三人はガンモードのホウセキアタッカーを出し、射撃の練習に勤しんでいた。
    銃からは光る弾丸が射出されていたが、時雨の説明通り見えない壁で無力化されており、訓練場の空地から抜けようとするところで弾丸は消失していた。


 暫くすると、伊禰による体術の基本訓練は終わり、十縷の講師は時雨に交代となった。時雨が教えるのは、剣や銃の基本的な使い方だ。
 まずは竹刀か木刀を使うのかと思いきや、時雨はいきなりソードモードのホウセキアタッカーを出したので、十縷は驚いた。

「心配するな。いきなり斬り合いなどしない。まず必要なのは想造力でイマージュエルの力を引き出し、それを刃の形に変える技術で、剣の振り方はその次だ。お前が念じながら呼べばアタッカーは出て来るし、剣や銃にも変形する。原理はジュエルメンのジュエルサーベガンと同じだ。いきなり変身できたお前なら、難なくできるだろう」

 十縷は専門用語だらけの説明に対して、そろそろ抵抗を感じなくなっていた。

(刃はイマージュエルの力を固めたものだから、スケイリーに折られた隊長の剣も修復されてる訳ね。で、想造力が反映されるから、人によって刃の形が違うんだ。確かに、ジュエルサーベガンと同じだ)

 十縷は今までの戦いの様子と、昨日読んだジュエルメンの漫画を照らし合わせ、ホウセキアタッカーの仕組みを理解した。

    そして、すぐにブレスに「ホウセキアタッカー」と呼び掛けて拳銃型のこの武器を召喚し、すぐさま「ソードモード」と呼び掛けた。
    その声に応じてアタッカーの砲身は垂直に起き、バヨネットは光りながら伸びる。刃はそれなり長く伸び、直線的で根元から五分の四ほどが片刃で、先の五分の一が両刃という形状を得た。実在する剣では、十九世紀の西洋の騎兵隊が使っていたブロードソードが最も近い形状か?

 思い通りに変形したことに十縷は喜び、時雨は腕組みをしたまま頷いていた。刃が形成できたら、次はすぐに弾丸の撃ち方に移った。

「じゃあ、次はガンモードで弾丸を撃てるかだ。弾丸はソードモードの刃と同じで、イマージュエルの力を固めたものだ。想像して撃ってみろ。撃っても、弾丸は姫の結界に当たったら消えるから、他所に被害は出ない。安心しろ」

 時雨の説明は先と同様に簡素で、十縷もこれで充分だった。武器に「ガンモード」と呼び掛けて拳銃の形に戻し、弾丸を想像しながら引き金を引いた。すると、銃口からは勢いよく赤く光る弾丸が射出され、空地を抜けようとすると消失した。言われた通りにできたので十縷は喜び、時雨も先と同様に頷いていた。

 ホウセキアタッカーの使い方のレクチャーは以上で終わり、次は剣の振り方に移った。
    いつの間に持ち込まれていたのか、時雨は地に置かれていた竹刀を二本取り、うち一本を十縷に渡した。伊禰と同様にいきなり打ち合うことはせず、まずは素振りの仕方を教えてひたすら反復させた。


    十縷が時雨に個別で指導されていた傍ら、和都と光里の二人は竹刀を使った乱取りに励み、伊禰は一人で虚空に突きや蹴りを繰り出していた。


次回へ続く!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?