【日記】諸行無常

もう30歳になってはや一ヶ月が経ちそう。
今日は不安物質が大量発生して眠れないので、少しだけ字を書いて落ち着かせてみようとおもう。

コロナ以降、戦争があったり、TwitterがXになったり、Unityが新料金体制を発表して騒動になったりと、世の中や環境が突然変わってしまうことが増えた。正確には、世の中は常に変わっているが、僕が観測する機会が増えたのかも。この虚しさはなんだろうね。なぜじっくりと作られたものが、一瞬で壊れるのか。
春望を初めて詠んだ人の気持ちが今ならなんとなくわかるような気がしてくる。勝手な共感かもしれないけどね、「国破れて山河あり。」いったいどれほどの虚しさだったのだろう。
人も必ず死ぬ。最近よく思うけど、死は早い遅いの差でしかないのかも。死んだ人のために何かをかける人生もあるが、誰かの人生を肩代わりできるほど人生は長くない。結局生きた先に何があるんだろう。

少し話は変わるが、動物は人間と違い、あまり多くのモノを持てない。持ち運ぶ必要がないからだ。猫の手足とかみてると不便だな〜とも思う。でもそれで良いんだ。多くの動物は、食べることが生きることだ。あと繁殖もね。だからモノなんて持ち運ばなくていい。
一方、人間はたくさんのモノを持ち運ぶ。家を変えたり、モノを買ったり、モノを背負って旅に出たりとさまざま。
人は食べることだけでなく、食べる以外の何かをしながら生きてる。それがまるで人生に必要不可欠であるように振る舞っているが、本当のところはどうなんだろうね。最近はそんなことばかり考えてる。

とか書いてるうちに眠くなってきた。ケンタッキーの月見バーガーを食べてみたいな。
実際、明日を生きる理由なんて、きっとそれで十分なんだろう。

…それだけじゃ動物と一緒だから、ゲームを作るんだろうな、明日も。
頭の上には諸行無常の響きが鳴り響いているみたいだ。

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