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短編小説 「オールナイトフジコ」

※ 本作は実在する人物や出来事にフィクションの要素を加えた完全オリジナルの作品であり、創作物です。予めご了承ください。

プロローグ

 もう一度伝説の情熱を…
 かつて「楽しくなければテレビじゃない」のスローガンを掲げ、数多くのヒット作を生んだフジテレビ。
 「あの頃の熱量を再び呼び起こさせる番組はないか」
 と社長である港浩一は社長室で頭を働かせていた。港は2022年6月に新社長に就任。かつては「とんねるずのみなさんのおかげでした」のディレクターを務めていたことでも知られる人物だ。就任早々、「silent」が社会現象となるヒットを記録。フジテレビの復活を印象づけた。これを追い風にしたい港は2023年4月から新たな生放送番組の立ち上げを決めた。
 フジテレビでは2023年1月からお昼の生放送番組「ぽかぽか」がスタート。制作をバラエティ制作センターに移管して、バラエティメインの構成で他局のワイドショーと差別化を図った。最初は低迷していた視聴率もだんだんと上昇に転じ、開始直後にネットニュースで流れた「終了説」もいつの間にか立ち消えになっていた。「生放送」を大切にしている港の新たな決断に社内からは賛否の声が上がった。

第一章 会議室

 この日、お台場・フジテレビ本社の会議室に数名の役員と、とある男の姿があった。役員全員が席に着いて少々すると、その男は港と共に会議室に現れ、港と横の席に深く腰を下ろした。会議の冒頭に港がその男について紹介した。
 「この4月から新しく始まる生放送の総合プロデューサーを務めてもらう事になった秋元康くんです。」
 そう言うと、秋元は一礼した。
 秋元康。テレビに限らず、エンタメに携わる者で彼の存在を知らない者はいないはずだ。言わずと知れた作詞家兼アイドルプロデューサーだ。港と秋元は数多くの番組でタッグを組んだ盟友である。
 「彼と組めば何か面白いことをしてくれるのではないかとワクワクさせられる」
 と港は熱を込めて言った。その瞳はいつにも増して輝いていた。
 その後、会議では番組のジャンルがバラエティ番組で、制作は中嶋優一(当時)率いるバラエティ制作センターが担当すること、番組は毎週金曜日の深夜に2時間生放送されることが立松嗣章編成局長から、そして番組の発起人兼責任者に専務取締役の大多亮が就くこともそれぞれ発表され、決定した。
 この他に、番組のチーフプロデューサーに松本祐紀、チーフ演出(のちの総合演出)に「FNS歌謡祭」や「MUSIC FAIR」などの音楽番組を担当する“音組”所属の島田和正、企画統括を太田一平が担うことも合わせて決まった。こうして担当者が決まり、4月に向けて新番組チームが静かに船出を迎えたのである。

第二章 居酒屋

 「4月からの新番組、一緒に頑張っていきましょう!乾杯!」
 この日、都内の居酒屋で例の4月からの深夜生放送バラエティの制作チームが決起集会を行っていた。
 「金曜日の深夜に2時間の生放送って事しかまだ決まってないぞ。せめて今回はタイトルくらいは決めなきゃ。」
 「あと、番組のベースも決まってますよ。」
 「ああ、『オールナイトフジ』ね。ってか、この時代に『オールナイトフジ』知ってる人なんておじさんくらいしかいないですよね…」
 「いくら社長と秋元さんが『オールナイトフジ』でディレクターと構成作家の間柄だったとはいえ、時代錯誤だと思いますけどね…」
 「今さら女子大生ブームって言われてもねぇ…」
 「バブル時代に立ち返ってもう一度バブりましょうってことか…」
 制作チームには否定的な意見を持つ者はほとんどだった。そんな飲み会も終盤に差し掛かった頃、出席者の一人がこんな事を言った。
 「結局タイトルも決まらなかったですね…」
 「広報資料として発表出来る事は何一つ決まらなかったね」
 「じゃあ、もうとりあえずタイトルに『コ』だけ付けときましょうよ」
 「『オールナイトフジ“コ”』かぁ~。『フジコ』なんか悪くないな」
 「よっしゃ!じゃあ、タイトルはこれでいきましょう!」
 こうして、新番組のタイトルは「オールナイトフジコ」に決まった。
 その後、番組のキャスティングが行われ、番組の顔となるメインMCには元テレビ東京社員でテレビプロデューサーとして数多くの番組を手掛ける敏腕プロデューサーの佐久間宣行、脇を固めるサブMCに実力派芸人のオズワルド・伊藤俊介とさらば青春の光の森田哲矢が内定し、一部のスポーツ新聞やネットニュースでその概要と制作宣言が発表されると同時に番組へ出演する現役女子大生を決めるオーディションも行われ、15名が合格した。

第三章 リハーサル室

 働く者達が日頃の仕事から解放され、束の間の休息を得る週末への高揚感に満ちた華の金曜日。この日、ついに初回の生放送を迎えた。局内は新番組の話題で持ち切りだ。番組に携わっていない者も自ずと番組の話題を口にしている。
 番組の生放送が行われるフジテレビV2スタジオでは朝から美術セットの建込みやカメラリハなどが慌ただしく行われていた。その傍らで、リハーサル室では初回放送のリハーサルが進行していた。この時,初めて現役女子大生15人が顔を合わせた。ミスコン時代からの顔見知りの者もいれば、同じ大学の同級生もいる。個性豊かなメンバーが揃った。
 最年長は1998年生まれの安藤令奈。東京大学の大学院に通う才女だ。一方で最年少は2004年生まれの上杉真央。この春から大学に通い始めたばかりである。年齢の違うメンバーがなかなか打ち解けられない中、その場を回し始めたのは佐藤佳奈子だった。彼女は青山学院大学に通う5年生。お笑いをこよなく愛し、「フジテレビとバラエティ」という2つのワードに惹かれてオーディションに応募した。
 「皆さんの趣味は?」
 「好きな曲は?」
 といった他愛ない質問で場を和ませる。しばらく談笑していると演出を務める島田がリハーサル室に入ってきた。皆一斉にお辞儀をすると、各々持っている台本に目を落とした。島田は初回の台本を片手に番組の流れを説明していく。一通り説明が終わると、
 「今日から始まる新番組。皆さん一緒に頑張っていきましょう!」
 と島田が声をかけ、全員が円陣を組んで打ち合わせが終わった。
 その後、メンバーカラーの抽選を行ったあと、楽屋に戻り、メイクとスタイリングをし、各自スタジオへと向かっていった。スタジオに向かう彼女達の胸には美術部が作った名札が新番組への緊張と不安と共に踊っていた。

第四章 スタジオ

 生放送本番15分前のスタジオに出演者が続々と入ってきた。スタッフにお辞儀を丁寧にして自席に着く彼女達の様子を横目にMCを務める3人と番組のレギュラーとして彼女達の教育係を任された峯岸みなみと村重杏奈もスタジオへ入り、役者は揃った。スタジオ正面のモニターには本番前のスタジオの様子や直前のニュース番組の映像が流れている。
 番組のセットはカラフルなコンテナパレットを土台に桜の装飾や本棚が置かれ、真ん中に番組のロゴが大きく掲げられている。背景は青空をイメージした空色に染められている。
 「本番1分前で~す!」
 フロアのディレクターが声をかけた。
 「初回放送、皆さんよろしくお願いします!」
 チーフプロデューサーの松本が挨拶すると、皆がそれに一斉に呼応した。
 その直後、スタジオのひな壇の隅で手に人の字を書いて飲み込んでいる女子大生がいた。共立女子大学の3年生・髙村栞里である。人見知りで緊張しい彼女。番組を通して自分を変えたいという思いを持っている。
 それぞれの思いが交錯する中、本番開始を告げるブザーが鳴り響いた。スタジオの上にあり、カメラのスイッチングやテロップの送出を担うサブも含め、全体に緊張感が走る。
 「本番5秒前、4、3、2…」
 カウントが入り、本番が始まった。最初のカットはメインMCの佐久間のシングルカットだ。
 「いや、始まったよ。フジテレビの深夜の新番組。『オールナイトフジコ』本日からスタートです!皆さんどうぞよろしくお願いします!」
 佐久間が挨拶すると、横にいたMCの森田が
 「えっ?あなたメインMCなんですか!?」
 と割って入った。
 「あんた一体何者なんだよ!」
 と伊藤がそれに呼応して鋭くツッコミを入れた。
 「一界のテレビプロデューサーが深夜番組のメインMCって…」
 「お笑い界隈からは好かれてるけど、それ以外の界隈の人は好き嫌いはっきり分かれてますからね」
 伊藤と森田がそれぞれ続けると、佐久間が
 「実は俺、フジテレビの4次の役員面接で落ちてるんだよ。俺、あの人…えっと誰だっけ…あの人に落とされたんだよ」
 「誰ですか?」
 伊藤がすかさず聞いた。
 「あの…とんねるずの番組やってた…」
 「石田さん?」
 森田が尋ねると
 「そう!俺、石田さんに落とされたんだよ!」
 と暴露。2人に促され
 「見たか石田さん!メインMCだぞ!」
 とカメラ目線で吐き出した後、横から待ちかねたように峯岸と村重が入ってきた。ディレクターがそれを見て
 「巻いて!」
 と書かれたカンペを出した。それを瞬時に見てとった村重が
 「早くタイトルコール行こうよ!」
 と促す。それを受けて佐久間が
 「それでは参りましょう!」
 と声をかけると全員で
 「『オールナイトフジコ』スタート!」
 とコールして番組が始まった。番組テーマソングであるヘッドフォンの中の世界が歌う「Friday Overnight」の爽やかなメロディをバックにタイトルロゴが流れている間に、MC陣はスタジオ後方に設けられた「フジコネシート」と称されたバーカウンターからMC席に移動してきた。
 その後、番組の趣旨説明などが行われた後、フジコーズ15人の自己紹介へと移った。学生番号順に列になった彼女らが一人ずつ自己紹介をする。脇には峯岸と村重がおり、いざというときのフォローをする。テレビ出演経験のないフジコーズにとってはこれが初鳴きとなる。
 スタジオの中心を写す1カメのタリーランプが赤く点る。正面のモニターに自分の顔が映ったのを確認して一人ずつ喋る。大学では“学籍番号”と呼ぶせいか、大抵の人が“学生番号”ではなく“学籍番号”と呼んでいた。
 前半戦の7人が終わり、8人目に差し掛かった。8人目は小杉怜子。青山学院大学に在学中の彼女は1年生の時に日本で一番可愛い新入生を決めるミスコンでグランプリを獲得した将来有望の逸材だ。1列目と2列目が前後で入れ替わり、小杉にカメラが向いて喋り始めた。
 「青山学院大学2年…間違えました」
 学生番号の言い忘れに気付き、訂正。峯岸のフォローでリトライした。その後は滞りなく自己紹介が終わった。
 自己紹介が終わると各自席に着き、手元のホワイトボードに書かれた自身のアピールポイントを元にトークを展開。それにオーディションに立ち会った番組演出の島田が補足を入れるスタイルで進んだ。スタジオが一瞬のどよめきに包まれたのは一番最後だった。
 「AKB48に怒っているアイドル志望」
 そう書かれたホワイトボードを持っているのは学生番号15番の和智日菜子だ。関関同立と呼ばれる関西の名門大学の立命館大学に通う彼女。のちにフジコーズの歌うま女王として不動の地位を確立するとはこの時、夢にも思っていなかった。(番組MCの森田のことを本気で好きになるとも)そんな彼女の視線の先には、総合プロデューサー兼AKB48のプロデューサーでもある秋元の姿が。
 「私、AKBのオーディション受けて落ちたんんですよ」
 そんな衝撃の告白に秋元も思わず苦笑するしかなかった。話の途中で
 「私も前に坂道グループのオーディション受けて3次でダメでした」
 と割り込んできたメンバーがいた。学生番号7番の笠野咲藍だ。阪急宝塚線の武庫川車庫が近くにある武庫川女子大学に通う彼女は中高とバドミントンに打ち込み、県大会に出場するほどの腕前でインターハイを狙うもコロナ禍で悔しい思いをした。様々な事に挑戦するのが好きな彼女は、この機会にと以前から興味のあった芸能の世界へと足を踏み入れたいとこのオーディションに応募した。
 「秋元さんが落とした子達が集まってんのこれ」
 伊藤がその状況にすかさずツッコミを入れた。その後のトークは挙手制のフリーに。すると真っ先に手を挙げ
 「私、笠野と和智ちゃん、あと今井と同じ新幹線で東京に来たんですけど…」
 と話を切り出したのは学生番号13番の友恵温香だ。実は友恵・笠野・和智と友恵の横で少し恥ずかしそうに手を挙げていた和智の立命館と同じく関関同立には入る関西学院大学に通う学生番号3番・今井陽菜の4人は関西の大学に通っており、大学での講義後に同じ新幹線に友恵・和智は京都、笠野は新神戸、今井は始発の新大阪から乗り込み、品川で下車し、品川から大崎まで埼京線に乗り、大崎からりんかい線に乗り換えて東京テレポートで降りて歩いてフジテレビに向かっていた。
 そんな関西勢の中で最上級生ということもあり、リーダー的存在として車中で会話を振るなどしていた友恵(のちにフジコーズとしてのリーダーに抜擢されるとはこの時、知る由はなかった)は
 「笠野と和智ちゃんが『秋元さんの事見返すくらい頑張ろう』って2人で結託してました」
 と暴露。
 「はるちゃん、やめてよ~」
 笠野がすかさず割り込む。笠野と友恵は実は日本一のサークル美女を決めるミスコンに揃って出場しており、その時から2~3年来の仲だ。
 続くトークではもたもたしてるなら私からと言わんばかりに笠野と友恵が互いのネタを披露し合うラリーが続いた。
 ラリーの後CMが入り、スタジオは束の間の休息に。笠野と友恵のトーク中に緊張の面持ちでモニター越しに見ていた髙村がお手洗いに行ったのだが、CM明けの30秒前になっても戻ってこない。
 フロアにはMC席とフジコネシートに加え、ひな壇の様子を映したモニターと実際の放送が流れる時計付きのモニターがあり、出演者はこのモニターでVTRを鑑賞。その時の表情や仕草がカメラで抜かれ、ワイプとして流れる。このモニターにはタイマーとしての役割もあり、CM明け30秒前になると画面上に大きくカウントダウンのテロップが表示される。それを基にフロアのディレクターはタイムキーパーと共にカウントを出したり、時間の管理をしたりしている。
 ついに、CM明けまで5秒を切った。フロアのディレクターがカウントを始めてCMが明け、MC席の佐久間が映り、次の企画の説明をし、カメラがひな壇に切り替わる。依然、髙村の姿がない。見かねた佐久間が
 「あれ?ひな壇人数少なくね?」
 とこの異変に気付いた。
 すると、ほどなくして髙村がスタジオに戻ってきた。
 「髙村、どうしたの?」
 伊藤が理由を尋ねると
 「すみません…トイレ行ってました」
 と一言。緊張のせいか腹痛を起こしてトイレに行ったが、スタジオの場所が分からなくなってしまったようだ。
 その後は目立った事件もなく番組は進行し、エンディングを迎えた。番組のエンディングではテーマソングになっている「Friday Overnight」を歌うことになっていた。演奏を務めるのは絶対音感の持ち主でもあるという友恵。他のメンバーは緊張から少し声と表情に堅さが感じられた。曲を歌い終わるとADが
 「残り1分30秒」
 というカンペを出した。佐久間は
 「何か言い残したことある?」
 とフジコーズ、それにスタジオに遊びに来ていた若手芸人(若手芸人がネタを披露した後、スタジオ観覧するという企画があった)に話を振った。
 すると、上杉ともう一人手を挙げた者がいた。立教大学に通う沖玲萌である。“れもに”という名前はヨーロッパでよくある名前を参考に名付けられたそうだ。まずは上杉が
 「今日はひな壇の前列だったのになかなか発言出来なかったです」
 と反省を口に。すると伊藤が
 「初回で発言出来るやつの方がすごい」
 とフォローを入れた。スタッフロールが流れ始めた中、沖が
 「私、花粉症なんですけど…」
 と切り出すと
 「まずはこの鼻声を治したいです。皆さん、花粉症には気をつけてください」
 とコメント。MC陣に
 「お天気キャスターかお前は!」
 とツッコまれる中、スタジオの遠景が映り、番組が終了した。
 「は~いOKです!初回お疲れ様でした!」
 ディレクターが声をかけると、スタジオの照明が落ち、セットの撤収が始まった。そこでは撤収を手伝う上杉の姿が。テレビ業界に興味があるという上杉は自ら志願してセット撤収に参加したのだという。セットの撤収が終わり、楽屋へ戻ると、空が明るくなり始めていた。
 15人にとって初めての長い夜が終わった。

第五章 楽屋

 初回の放送が終わり、フジコーズへは多くのメディアから注目が集まり、結成からわずか半年で雑誌モデルや週刊誌のグラビア、インタビュー、アイドルイベントへの出演など華々しい活躍を見せた。番組側は彼女らの活躍を見て、2期生の募集を決めた。
 番組に憧れを抱く者や芸能の仕事に興味のある者など様々な者が応募した中、オーディションが行われ、6名が新たに2期生として加入した。中にはフジコーズのオーディションを受けるために所属事務所を退所した者もいた。
 そんな環境が目まぐるしく変わる彼女らにとって最大の転機といえばなんと言ってもCDデビューだろう。秋元が作詞を務めるということ、曲名は「ウェーイTOKYO」、センターとユニットのリーダーは友恵が担当することが発表された。
 しかし、デビューシングルとなるこの曲で歌えるのは21人中15人。残りの6人はカップリング曲に回ることになった。その事が伝えられた生放送の終了後、楽屋の空気はぴりついていた。既に選抜メンバーを決めるバトルの初戦も行われ、当落上にいる1期生もいた。
 2期生はお披露目の意味も兼ねてか最初からデビューシングルのメンバーに名を連ねているので、事実上、1期生の間での争いとなる。1期生でデビューシングルで歌えるのは9名。6名はカップリングを回ることになる。それぞれの悲喜こもごもが入り交じる中、友恵が
 「選抜バトル大変になると思うけど、お互いに切磋琢磨して頑張っていきましょう!」
 とメンバーを鼓舞するも、反応は芳しくない。挙げ句、楽屋の隅で涙していた和智に
 「あなたは1位だからそんな気楽なことが言えるんですよ。皆必死に次どうするか考えてるんです。そんな気休めにもならないこと言わないで!」
 と言われてしまった。その勢いのまま楽屋を飛び出した和智を追いかけ、友恵も逃げるように楽屋を後にした。
 友恵が和智の姿をようやく見たのは肌寒い深夜のお台場。東京湾が見える海岸での事だった。
 「和智、さっきはごめん」
 友恵がそう声をかけると
 「いいんです…私もぴりついてたところあったし、気にせんといてください。私こそごめんなさい」
 と和智に謝られた。そして、始発の時間までお互いに本音や生い立ちについて語り合った。
 “全員に過干渉になりすぎない反面、ひとりひとりとしっかりと向き合う”
 相反するように見える友恵のリーダー論が出来た夜だった。やがて選抜バトルが終わった。友恵はトップを一度も譲ることなく逃げ切った。
 その後、メンバーひとりひとりと食事をしたり、ダンスの振り付けの特訓をする傍ら、困った時は同郷の笠野や今井、それに友恵がグランプリを獲得した次の年に同じミスコンを制してフジコーズに2期生として入った井手美希や番組スタッフの島田といった身近な人に悩みを相談しながら、グループをまとめていった。いつからか、友恵はスタッフやメンバーに信頼されるリーダーへと成長していった。
 そして迎えたCDデビュー当日。友恵は前日の夜から前乗りで東京へ入っていた。朝から番組のロケをこなし、ロケバスの中で昼食と仮眠をとり、午後2時すぎにフジテレビへ。実はCDデビュー日に「FNS歌謡祭」でいきなり曲を披露することになっていた。
 本番前のリハーサルとメイク、衣装合わせを行い、リハーサル室でダンスの振り付けの最終確認をする。他の選抜メンバー達も皆緊張した面持ちで振りの練習をしていた。振り付け込みで曲を踊るのはミュージック・ビデオの撮影日以来となる。約1ヶ月のブランクがある中、それを埋めるべく必死に曲と向き合う。
 生放送開始1時間前、全員で会場となる新高輪プリンスホテルへ。番組はここの飛天の間で行われるのが恒例だ。
 午後6時30分。番組の生放送が始まった。フジコーズの出番はトリの1つ手前。しかもトリを務めるASKAは事前収録のVTRが流れるため、会場でのパフォーマンスのトリとなる重要な役だ。会場には社長の港も来ていた。メンバーにより一層の緊張が走る。番組は順調に進んでいき、午後10時半すぎ。その時が訪れた。
 出番直前のCM前、歌謡祭とフジコの両方で総合演出を務める島田が彼らを激励にやって来た。その後、友恵の掛け声で円陣を組み、スタッフからイヤモニを渡され、ステージへ。この時、髙村はCM明け15秒前まで手に人の字を書いていた。
 CMが明け、本番を迎えた。15人の横にはゲストとして駆けつけた普段着姿の伊藤と森田、それにスーツ姿の佐久間のMC陣と歌謡祭で司会を務める相葉雅紀と永島優美アナウンサーが。アナウンサー志望の今井にとっては同じ大学の先輩にあたる永島は憧れの人だ。彼女らの紹介VTRが流れた後に今井がこの話題をすると永島が
 「嬉しいです。2年後、是非お待ちしてます」
 と返す粋な対応。そのやりとりを見て井手が
 「実は私もアナウンサー志望で…」
 と切り出した。相葉が
 「井手さんは憧れの方とかいるんですか?」
 と尋ねると
 「加藤綾子さんです。大学の先輩でご活躍されてるのを見て憧れてます!」
 と答えた。それに森田が
 「ここはお世辞でも永島さんって言うときや!」
 とツッコミを入れ、井手が照れ笑いしたところでスタンバイへ。
 準備が整い、そんな永島が
 「それでは参りましょう。フジコーズで『ウェーイTOKYO』」
 と曲紹介すると曲が始まった。
 画面にはリーダーの友恵のシングルカットと曲名テロップ。その後、数秒ずつ全員が名前テロップつきで抜かれるというアイドルの音楽番組においては異例の演出が。曲中盤のシングルカットの決めポーズを髙村が見事に決めると、間奏ではダンスが得意な雨宮凜々子がソロパートでダンスを披露。MC陣が見守る中、約2分半のパフォーマンスをやり切ったメンバー達。終了直後に友恵が
 「ありがとうございました!」
 と一礼を述べてCMへ。CM中、相葉と佐久間にパフォーマンスを褒められたメンバー達。小杉は思いが溢れ涙。一旦撤収してイヤモニを外すとエンディングに再び登場。
 エンドロールが流れる中、相葉が沖にコメントを振ると
 「デビュー日にこんな大舞台でパフォーマンス出来てとても光栄です。これからも頑張っていきますので、皆さん是非よろしくお願いします!」
 と語り、相葉が締めのコメントを述べて番組が終了した。
 生放送終了後、島田が彼女らの楽屋を訪れ
 「デビューが決まってわずか4ヶ月弱で君たちはひと回りもふた回りも大きく成長したと思います。今日のパフォーマンスも素晴らしくて、僕も見ていて泣きそうになりました。これからも支えてくれる周りのスタッフへの感謝を忘れずに大きく羽ばたいていってください。応援してます!」
 と激励の言葉を述べた。この日は15人にとってもスタッフにとっても忘れられない大切な記念日となった。

エピローグ

 長い冬が終わり、春がやって来た。その間にも彼女らは雑誌やドラマ、イベント等に出演したり、個人でのラジオ出演やアンバサダー、応援大使などの仕事も着実にこなし、活躍の幅を広げていた。大学最終学年のメンバーはこの春をもって番組を卒業することになっていた。
 そして迎えた卒業の日。卒業メンバー最後の出演となる生放送。スタジオに入るとスタッフがアーチで卒業メンバーを迎えた。出演者やスタッフも口々に
 「おめでとう!」
 と声を揃え、門出を祝った。
 卒業後は芸能の道へ進む者もいれば就職する者もいて、その進路は様々だ。もしかすると、このメンバーで再び集まることはもうないかもしれないと思うと、卒業メンバーのみならず、番組に残る“在校生”の間にも寂しさが募る。スタジオにはなんともいえない空気が漂っていた。
 番組の生放送が始まった。今回は2時間まるまる卒業メンバーのために使われることになった。各々がやり残したことを清算するための企画が用意された。
 安藤は伊藤とモノボケ、佐藤は森田と一緒にコント、和智は森田とデュエット等々、各自がやりたい企画をしていく中、カメラ部からクレームが来るほどのカメラアピールが特技の2期生で
 「芸能界のトップを目指す」
 と豪語してフジコーズに入った山中ありさは、生放送中ずっとカメラ目線に挑戦。サブのスイッチャーがいつ山中にカメラを振るか分からない中、2時間タリーを見つめ続けることに。
 卒業メンバーのやり残したことのラストを飾ったのは友恵。卒業メンバー全員と自らのエレクトーン演奏で番組テーマソングの「Friday Overnight」を弾いた。
 フィナーレは総合演出の島田が彼女らへ贈る卒業証書の授与へ。彼女らを一番近くで見てきた彼ならではの愛のある文章にスタジオは涙に包まれた。最後は友恵が視聴者へ涙ながらに感謝の言葉を述べたあと、無茶振りで安藤がモノボケをして番組は終了した。“卒業”という言葉にからきし弱い沖はこの日、終始涙ぐんでいた。
 月が変わり、新年度の始まる4月となった。
 卒業生が巣立ち、友恵の後を継ぐ2代目のリーダーに2期生の藤本理子が選ばれ、新体制が始まった。
 これまで上級生として番組の顔となり支えてくれた卒業生がいなくなり、抹の不安はあるが、4月初回の放送を見て確信した。彼女らはこれから先、皆で力を合わせてやっていけると。
 スタジオに入る彼女らの瞳と表情からも、新体制での意欲と決意を感じ取れた。今後、彼女らは自分達の手で新たな道を切り拓き、今よりもひと回りもふた回りも大きく成長していくだろう。
 そんな彼女らの今後の更なる活躍と飛翔を期して。(完)

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