いいわけの代わりに
自分が何かをしたいとき、それとは違うことをしている人を否定する必要なんて、これっぽっちもないんだよ。
と、夢の中で、自分の顔したお姉さんにいわれた。
たとえば、起業したいときに、ずっとサラリーマンとして働く人を否定する必要なんてない。
あるいは、仕事に集中したいときに、恋愛や遊びに没頭している人を否定する必要なんてない。
さらには、健康である自分が好きだからって、病気や不健康に向かう人を否定する必要なんてない。
自分が選んだものにフォーカスしていい理由を、それ以外のものを否定することで、証明しようとしなくたって大丈夫。
自分がフォーカスしたいものと、違うものに集中してる人を否定したところで、自分のフォーカスしたいものが肯定されるわけではない。
それはなんだか、言い訳のように、ことの本質の周りをグルグルしている。
言い訳は、それが言い訳である時点で美しくない。
だから、誰かを批判したくなっているときには、そっと自分を抱きしめながら問うてみてる。
だれか自分と違うことをしてる人を否定して、消去法的に自分を肯定しようとしてない?
自分がやろうとしてることに自信がない言い訳として、なにか手当たり次第否定してない?
自分でそれを選ぶと決めた。それで充分じゃない。わたしの中では。
だから、自分がフォーカスするものがいかに素晴らしいか、そこに時間とエネルギーを割きたい。
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