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Back to the world_011/果実+通信

 放課後、アニメ軍団の岸田のところへ美術部の女子たちがやって来た。この高校は男女別クラスで、教室は校舎の階段を境にして真っ二つに分かれている。休み時間に男女が中庭で話したりする事はあるが互いの教室へやって来ることは少なかったから、地味でおとなしそうな彼女たちは好奇の目にさらされた。

野球部員たちが部室に行った後だったのが救いだった(あの動物霊たちがいたら一体何をしただろう!)が、それでも男子クラスはざわめいた。さらに言えばおとなしいアニメ軍団が、地味とはいえ女子たちと交流している事が多少のショックと騒がしさを与えていた。
純はさほど興味がなかったのだが皆と騒ぎたい、バカな事を共有したいーー、そういう気持ちが芽生えてしまった。彼女たちがおずおずと扉を開けて教室を覗いた瞬間に、持っていたエロ本を目の前に開いて差し出した。
当時創刊されたばかりの、果物の名前を『通信』の前に冠した雑誌、純のお気に入りだった。

「きゃっ」
小柄な女子が驚いて悲鳴をあげた。
「いやん、ねえ、ブー美ィ!」
教室にいた男子たちは大げさに笑い声をあげる。
純はさらに両手を廊下に突き出して本を掲げた。雑誌の下から見えた感じでは、笑いながら逃げて行った女子が2人、状況が掴めていないのが1人。そして一番後ろに立っていた『ブー美』と呼ばれた三つ編みの大柄な女子と目が合った。

幼い風貌のアニメ軍団男子たちは、それぞれがまるでモテ男のようにかぶりを振ったり頭をかいたり、ニヤけたりしながら女子たちを追って教室を出て行った。「『参っちまうぜ』、ってトコかね」
祐二の一言で、教室はさらに沸いた。

純も笑ってはいたが、内心少し動揺もあった。三つ編みの大柄な女子ーー『ブー美』のこちらを非難するような表情の中に一瞬、傷ついたような雰囲気が感じ取られた。
さらに、妹がいると言っていた人の良い膳場がまったく笑っていなかったのも心を重くした。ーー調子に乗ってしまった。

それでも教室を出る頃には忘れていたのだが、昇降口で桑ジイ言うところの『泥のついた雀』ーー坂下に肩を叩かれた。
背が低く、童顔のくせにリーゼント、顎を引き、少し垂らした髪の間から上目遣いでこちらを見る。この勿体ぶった立ち振る舞いは純たちの間では笑いの対象になっていたものだ。
「藤尾、さっきのケッサクだったぞ。…おもしろいヤツだな」
見た目と、高い声に釣り合わない偉そうな物言いだった。
坂下のグループはポケットに入れた手で太いズボンを限界まで拡げながら、尖った革靴の踵に打った金属をチャリチャリと鳴らしながら純たちを追い越して行った。

「チャリチャリチャリチャリやかましいな」
純は坂下の巨大な後ろ頭の揺れを睨みながらつぶやいた。
『つまらないヤツ』と見下していた相手から自分の行動を蒸し返された事が無性に腹立たしかった、そしてそんなヤツの感性で『おもしろい』と認められた事が最も不本意だった。女子にエロ本を見せるーー本来ならあんな子供っぽいおふざけは坂下のような男がやるべきなのだとさえ思った。

ーーと、校門を出たところでアニメ軍団が件の女子たちと前を歩いているところに出くわした。そこにはなぜか高司が一緒にいて、事もあろうに声をかけて来た。話に夢中だったくせにめざとくこちらに気づき、わざわざ振り向いて止まった、なんだったら女の子たちと顔をつないどくかい?ぐらいの表情で。
「あ、純ちゃん。今日も帰り、渡船?」

「…あ、ああ。渡船」
純はブー美から顔を背け平静を装いながら軍団たちを追い抜いたが、高司はさらに佐内に話しかけた。
「うちでビデオ見るんだけど」
「そう、いいね。俺たち、行かないとだ」
現金な佐内の判断は非常に素早くて、その顔には『地味だ。俺、こんな子たちと仲良くなりたいわけじゃないんだよ?』と悪気のない文字で書かれていた。
同時に、横を通り過ぎた茶色い髪を限界までブローした3年生の女子ーー不良と付き合っている美人の代表格のようなーーを上から下まで眺め回していた。■


とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。