ノートにみちびかれて


ハルコ
今日で結婚して14年が経つな。
君と出会ってからはもう20年か。
好きな絵は描けているか?
夫婦なのに離れて暮らすなんて不思議だと思ったがなんだかんだ慣れるんだな。
いよいよか。
頑張ろうな。
終わったら連絡する。


しんちゃん
メールありがとう!
もう14年が経つのね。
私の我儘で離れて暮らすだなんて無理を聞いてくれて本当にありがとう。
楽しく絵を描いています。
もう来年なのね。
頑張らなくちゃ!
今日会えること楽しみにしています^ ^


3年前、急に決まった法案。
これがオレたち夫婦を別居へと導いた。
提案したのはハルコだが、恐らくその時のためだろう。
一夫多妻制なんて今の日本じゃありえない。
成立したって実際にやる輩はまぁ芸能人とか社長とか?実際に金を持ってるやつに限るんだろうな。
その頃にはもうオレはいい歳だ。
モテるはずもない。
なんて身近に考えていなかった。
が、妻を何人持つか、子供が何人いるかによって国から補助金が出るという。
子供の数が年々減って老人が増えるからというのが理由らしい。
確かに定年の年齢も上がったしこの地域も半分が高齢者だ。
そんなニュースを当時一緒に暮らしていたマンションでハルコと見ていた。
ハルコは何も言わずボーッとしていた。

ハルコとの出会いは高校だ。
入学してすぐ事故にあって入院する羽目になったオレに授業ノートを作ってくれた。
好意ではなくたまたま隣の席で成績優秀なハルコに担任がお願いしたらしい。
そんなこともつゆ知らず、オレに好意があると勘違いをしたままの高校生活が始まる。
退院は思ったより早くリハビリも順調に進み5月半ばには通常通り学校へ行くようになっていた。
昔からサッカー一筋だったからもちろんサッカー部に入ろうと思っていたが事故によって筋力も落ち、総勢100名いる中で頑張る自信がなく帰宅部にした。
それでも観るのは好きで試合の応援に行っていた。

だが見ているだけだとつまらない。
何かないかと探している時にふと思い出したことがある。
ハルコが作ってくれた授業ノートだ。
あのノートのおかげで遅れることもなくスムーズについていけた。
キレイな字で要点がしっかりまとめられ
ところどころに絵が添えられている。
授業には関係のない絵。
イラストではなく繊細なアート。
ハルコは美術部にいた。

早々の勘違いもありハルコのことが気になり始めていた。
オレは帰宅部だったがハルコの絵を見たくて(会いたくて?)美術室に通っていた。
まぁ、会話ができるわけでもなくチラッと覗く程度だが。

1度だけ“覗く”ではなく“凝視”してしまったことがある。
大きなパネルにあのノートに書かれていたような繊細な線と線が重なり合っているあの絵があったからだ。
花のようにも見えるし、宇宙なのか現実には実在しないものなのかわからないがその絵はノートのものより力強かった。

結局ハルコとは1年の時以来同じクラスになることはなく美術室に通うこともなくなっていく。

そんなオレの高校生活はバイトで終わる。
だから、高校の同窓会の案内が来た時は行く気もなかった。
例え会場が自分が働いているホテルだとしても。


「すいません。エレベーターはどこですか?」

振り返るとそこには懐かしい顔があった。
これがハルコとの再会。
同窓会にハルコが来るなんて思いもしなかった。
しかもハルコがオレのことを覚えていたなんて。
「成田くん?」
「う、うん。…今日、同窓会だよね?」
脈がうるさい。
「うん。成田くんもこれから?」
行かないとも言えず、頷く。
仕事もあと1時間で終わる予定だった。
ハルコを会場に案内し仕事へと戻る。
まだドキドキしていた。

会場は1番広い部屋で立食パーティーとなっている。
オレが行った時にはもう出来上がっている奴もいた。
会場に着くなりハルコを探す。
隅の方にある椅子に座っていた。
そのマイペースさは高校の時と変わらない。
高校で仲よかった奴らと少し話をしてからハルコの方へと向かおうと思った。
各々の近況報告やら昔の懐かしい話まで、意外と楽しんでいるオレがいた。

(サクラが自殺してしまったらしい。)
不意に耳に届いた名前。
サクラ…、聞いたことのある名前だが顔は思い出せない。
同級生の死というのは誰彼問わず辛いものだ。

ドリンクを取りに行きがてら、ハルコのところへと向かった。
学生の頃はそんなに話したことはないがこの時ばかりはなんだか行ける気がした。
まぁお酒の力が8割がたしめてるが。笑なんだかんだ、会話も弾みあの絵について聞いてみた。
「そんな絵のこと覚えてるの⁉︎もう、何描いたか忘れちゃったよー」
あれ?
そんなもんなのか。
笑いながら流されてしまった。

あの同窓会の日から頻繁に会うようになり、めでたくゴールイン。
それから何年かしてもともとデザイン会社に勤めていたハルコは一旦そこを辞め本格的に作品作りへと励むようになる。
あの法案がニュースになった日であった。

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立春も過ぎ春の匂いがしてきた頃、オレたち夫婦は結婚記念日を迎える。

ハルコ
お疲れ様。
今駅に着いた。
西口にいます。

記念日のディナーは夜景が一望できると有名なお店だ。
「しんちゃん!」
後ろからワッと驚かされた。
笑顔のハルコがそこにいた。
「お疲れ、行こうか」

毎日会えないからこその普通の夫婦では味わえないこのドキドキ感がオレは好きになっていた。

ウェイターに案内され窓際の席に腰を掛ける。
自慢の夜景は一瞬にしてオレたちを虜にした。
コース料理を堪能しながら、お互いの近況報告をする。
料理も美味しくいただき次のデザートを待っていた。
「もうすぐ、あの法案がスタートするね。」
ハルコが切り出す。
「そうだな。…オレはハルコ以外ありえないけどな。」
夜景がそう言わせたわけでもない。
本心からの言葉を伝える。
フッと笑顔を見せたハルコ。
「本当?」
笑いながら聞いてくる。
「もちろん」
「あのノートの最後の絵。」
「ん?」
「あの絵…
実は…
完成したの‼︎」
ニコニコしながらギャラリー案内をくれた。

“spring hour”

「今度の休みに見に来てね!」

フフ。
やっぱりあの絵は大事な絵だったんだな。

ハルコがくれたギャラリー案内。
それを見ながらオレはあのノートと共にやってきた。
特に意味はないがなんとなく、どんな変化があるのか比べてみたかった。

住宅街にある普通の家で個展が開かれている。
中に入ってみると誰もいない。
しばらく掛けられている絵を見ていた。
奥の方に見覚えのある絵が。
そこへ向かおうとした時、後ろから声がした。

「いらっしゃい」
凛とした美しい女性。
どこか懐かしい雰囲気を感じる。
「こんにちは」
「ゆっくりしていってくださいね」
紅茶をいただきながら、数は多くないが全く異なる1つ1つの絵を見ていた。

どのくらいの時間経ったのだろう。
気づいた時には外は暗くなり始めていた。
結局ハルコは現れず、オレは帰ることにした。

「サクちゃん。
新一さん帰ったわよ。
変わらず真面目で素敵な人ね。
本当にこれから3人で暮らして良いのかしら。
ショック受けないかしら。」

「ハルちゃん、大丈夫よ。
あの絵を見てもしんちゃん何も言ってなかったでしょう?
ハルちゃん見てちょっとドキッとしていたし。」

「気付かれたかと思ったわ。
だって私も懐かしく思ってしまったもの。
高校の時、初めて会ったあのドキドキ感を。」

「このノートをハルちゃんが好きな絵を描く時間を割いてまで一生懸命書いてたからビックリしたわ。
すぐにハルちゃんは引っ越してしまったから、当時隣だった私をハルちゃんと勘違いしたのよ。
笑っちゃう。
大学でハルちゃん見たとき本当にビックリしたんだから!」

「私もよ?
なんだかんだ神様っているのね。
ねぇ、ノート見せて?
でも、なんで字がこんなにも変わっているのに新一さんは気付かなかったのかしら?」

「ただ鈍感なのよ。
楽しみだわ〜。
3人で暮らすの」

「本当ね。
フフ。」

もう少しで春。
桜が咲く頃だ。

ノートを忘れたことに気づいたオレはあの個展へと戻っていた。
そうか、ハルコはいたんだ。
オレは、もうすぐハルコもサクラも手に入れることができるのか。


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