見出し画像

阪上くんと保田くん

自由登校

 高校生には自由登校の期間が丸1ヶ月ほどある。
 ボクが専門学校への進学を決めて、数日後に学校は自由登校となった。

 その期間は通常まじめに学校に行っていた人間は休みであり、卒業式まで学校には来なくて良いことになっている。
 ボクも保田くんも……成績は置いておいても、出席日数だけはちゃんと足りていたので、その期間は学校に行かなくて済んだ。

 保田くんは川崎の稲田堤にある会社に就職が決まっていたし、ボクは池袋の専門学校に進学が決まっていた。

 ボクが進路を決めるにあたってはいろいろ考えた。
 当時は熟慮したつもりであったが、今考えると若さゆえに考えの浅い結論しか出せなかったような気がする。ただそうは言うものの、何がなんだか分からないながらも真剣に自分の進路について……そして人生について考えて、その後就職しても考え続けた経験は今に生きていると自分では思っている。

 どこが?
 と問われると返答に困るが……。

 当時のボクが考えの浅い結論しか出せないのは当たり前である。
 というのも18歳の人間に深い考えがあっての結論など、普通は出せるわけがない。だから失敗しようが成功しようが思い切り人生の壁にぶつかっていって良かったのだ。

 専門学校に入学を決めたあとは鬱々した気持ちはなくなっていた。
 本来はここでしっかり進路というものを考えておけばよかったのだが、問題を1年後に先送りにしたのだ。
 結局、この進路という問題に関しては1年後、また対峙しなければならないことは分かっていたが、1年猶予ができたのでなるべく考えないようにしていたのである。

 保田くんはどう思っていたのだろうか……。

 彼の当時の思いは分からないが……
 案外、ボクよりはしっかりしていたのではないかと思う。

 ボクは心の奥底に閉じ込めている将来に対する不安という暗い気持ちに目を向けないようにするために、卒業記念に小説を一本書いた。

 進路も決まって好きなことができる時間、ボクはひたすら小説を書くことに没頭した。

 ひたすら?
 いや……記憶が定かではない。

 もしかしたら釣りに1回ぐらいは行ったかもしれないが、釣りというのは時間があってもお金がなければそうそう行けるものではないから、やはりその大半の時間、小説を書くことに費やしたのだろうと思う。

 どんな内容のものを書いたかは忘れた。

 自分としては大作にするつもりだったが、忘れてしまっているところをみるとたいしたことのない作品に仕上がったのだろう。
 
 保田くんとは卒業式まで連絡を取り合わなかった。

 そこに特別な意味はなかった。
 自由登校の期間中、ボクは人生で初めてのアルバイトをして、忙しかったということもあったし、保田くんは就職しなければいけなかったから、準備に追われているはずだとボクなりに気を使ったのかもしれない。
 高校を卒業してしまえば滅多に会えなくなってしまう友人に、今、ここで会ってしまうと甘えが出てしまう、と感じたのは強く覚えている。
 さみしかったけど腹に力を入れて毎日を過ごした。

 小説は卒業式前に完成した。

 いつものようにボクは完成した小説を見て、保田くんやタダシロくん、茨木くんに見せるのが楽しみだった。
 あのときの数十日間はあっという間だった。

 卒業式の日はうそみたいに早くやってきた。

あとがき

卒業前の自由登校の時間はボクにとってはそんなに楽しくもない時間でした。
なんせ……楽しかった高校生活はもう終わりに近づいており、これからは楽しくもない毎日が待っているように思えたからでした。
就職するわけではないのだけど……専門学校で1年勉強したところで社会に出て仕事をする自信はまったくありませんでした。
まあ、自信を持って社会に出る人などいないのだろうと思いますが……
何をしたらいいのか分からないまま社会に出るのが実に怖かったです。
この怖いと言う感情なんですが……
何が怖いのかというと……

怒られるのが嫌だったんです。

なんか分からないことで怒られるのが嫌でした。
結局……そんな感じだったから専門学校に行った後もうまく行かなかったんでしょうね。
その話はまた今度。

お付き合いいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?