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待つという行為の裏側

" God is making you wait because he wants you to learn that there's NO Timeline for anything in life. "

「いきなり英語かーーーい。」
と思った方々ごめんなさい。

実は私、学生時代にアメリカに留学をしておりました。

そんなことは今日の話には関係ないんだけど、
上記の文章を翻訳すると(ナチュラルにね)、

『神はあなたに「待つ」という時間を与えている。なぜなら、神は君に人生においていかなることもタイムライン(計画通り)というものは無いということを学んでほしいからだ』

「ググろ」
知りたいことを入力さえしてしまえば、指先一つで画面が変わる。
そして、知りたい情報を得ることができる時代。

「ピッ!」
切符売場に並ばなくとも、現金さえチャージしておけば改札が通れる時代。

そう、
私達は「待たなくていい時代」に生きている。

いや、
「待つことができない時代」というのが正しいのかもしれない。

恥ずかしながら、私は「待つ」ということが苦手だった。
幼少期、何回親を困らせたことだろう。

こんなことを書こうと思ったきっかけは、先日友人と遊んだ、立体四目並べにある。
めちゃくちゃ面白かったのよこれが。(買おうと思ってるくらいww)

私が手を打てば、今度は当然相手の手を待つことになる。
昔の自分だったらこの「待つ」という時間はかなり苦痛だったに違いない。

たかが友人との娯楽の時間。

でもここで私は、
「待つ時間」というものの価値というものに触れたと感じた。

相手がどこに打ってくるのか、相手が何を考えているのか、
それを想像し、自分の次の手を考えるのが実に楽しいと思えたのだ。

相手のために自分が我慢していると思ったら、それはかなり辛い時間になる。
しかし、その時間は決して「相手の時間」だけではなく、「自分の時間」でもあるはずだと、、、。

きっと勝負してた友人にも特別な時間が流れていただろうし、こう捉えられた私もとても有意義な時間を過ごせたと感じた。

結果は2回勝負して2敗。
物事は期待する方向に動くとは限らない。
結果は「負け」だったが、勝つことよりとても良いものを学べた時間だった。(負け惜しみではございませんよww)

世の中の大切な事のほとんどは、「待つ」ことなのではないだろうか。
作物を育てることも、病気の治療だって、恋愛だって、、、。
多くの重要な局面には、必ず「待つ」という要素が入っている。

「待つ」という行為の裏にはきっとその瞬間でしか得られない素晴らしいものが潜んでいるはず。

待たせている側に回っていたとしても、プレッシャーを感じるのではなく、
「待つ」という行為の捉え方を能動的にとらえることができたら、
もしかしたらもっともっと課題に真摯に向き合うことができ、
良いものが生まれるかもしれないと感じた。

誰か一緒に立体四目並べしてくれないかな。

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