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アニメビジネスのよくある誤解を解く~『アニメ産業 生態系論』~

日本のアニメ業界団体である、日本動画協会が毎年「アニメ産業レポート」を発行しています。「アニメ産業レポート」とは、アニメ制作会社からのアンケート結果も参考にしながら、アニメ産業の調査や統計、分析などが記されたレポートです。

この「アニメ産業レポート」の編集統括・増田弘道さんが、現在「アニメビジネス叢書」シリーズをKindleで展開中です。

「アニメビジネス叢書」シリーズは、以前増田さんが星海社新書で出された『製作委員会は悪なのか? アニメビジネス完全ガイド』のアップデート版的な立ち位置です。

しかも今回は紙の本ではなくて、Kindleのシリーズなので、ページ制限もありません。
増田さんの集大成的なシリーズになる予感もしています。
アニメ産業論 定義と歴史』に続いて出版された、『アニメ産業 生態系論』の中でも、膨大なデータをもとに非常に説得力のある論考が行われています。

※『アニメビジネス叢書②2021アニメ産業 生態系論』

さて、アニメ産業については、よくメディアでも勘違いされるポイントがあります。
「製作委員会悪人論」「アニメ業界ブラック論」「中国驚異論」です。
この3点について、増田さんの言葉を紹介しながら、自分の方でも論じてみたいと思います。

①製作委員会悪人論

最近、しばしばネット上で「製作委員会悪人論」を目にします。アニメの制作現場、特にアニメーターの低賃金問題は製作委員会に原因があるという議論です。製作委員会からスタジオに支払われる制作費が少ないため、アニメーターに支払われる賃金が少ないという主旨のものです。
アニメーターに対する報酬の責任は、製作委員会ではなくスタジオにあり、まずはその責任を問うべきでしょう。
スタジオ(制作会社)は製作委員会システムになってから、制作費が上がる代わりに著作権を手放すことになりました。その時点で制作会社への還元はなくなったのです。


少し詳しく解説してみます。

アニメやゲームも含めた映画の著作物の著作者は誰でしょうか?

「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする」
(著作権法:第16条)

著作権法によると、「著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」が著作者になります。

「著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」とは、プロデューサーや監督であったりしますが、著作権法では以下のように決められています。

映画の著作物の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。
(著作権法:第29条)

すなわち……
プロデューサーや監督などが製作に参加することを約束すると、アニメ含めた映画の著作権は、映画製作者(製作委員会等)に帰属すると決められています。

単に受託でアニメを作っているアニメ制作会社(プロデューサー)には、基本的に権利はありません。
アニメーターなども、同様です。

ここが前提になります。

ですので、そもそも問題は、
アニメ製作委員会⇔アニメ制作会社、アニメスタッフ

ではなく、以下になります。

アニメ制作会社⇔アニメスタッフ

求められるべきは、アニメ制作会社が製作委員会に対し、いかに良い条件(制作費等)を引き出して、アニメスタッフに還元できるかにかかっているのです。

製作委員会がダンピングして制作会社に作らせている……といったことも、一部ではあるかもしれません。
しかし、こうした無理を生じさせる仕事のやり方だと、早晩破綻することは間違いないので、たいていの製作委員会は、しかるべき制作費をアニメ制作会社に拠出しています。

製作委員会とアニメ制作はレイヤーが異なりますので、何でもかんでも製作委員会が悪いということはないのです。

②アニメ業界ブラック論

「製作委員会悪人論」にも付随してきますが、アニメ業界は低賃金かつ休みの自由もなく、ブラックである……といったイメージがあるかと思います。

しかし本書では、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)のデータも挙げながら、否定しています。

2019年の調査ではアニメ制作職の平均給与がわずか1,000円ではありますが民間を上回りました。アニメ制作者平均年齢が7.15歳若いということを考えると、実質的な収入差はより広がるものと考えられます。

アニメ業界がブラックというのは、最も賃金が低い「年収110万円」の動画職がメディア等で大々的に取り上げられたことも理由の一つにあるでしょう。
とはいえ全体としては、他の民間企業と比べても遜色ありません。
(10年前は、たしかにブラックではありましたけど……)

なお、動画職の賃金については、上がりにくい構造があります。

アニメーターは働いた時間ではなく、成果物で判断される厳しい職業です。先輩アニメーターから、動画職に対しキャリアアップが難しいと分かったら、早々に見切りをつけて転職したほうがいいので、厳しいハードルを設ける意味でも単価を上げる必要はないという声も聴かれます。動画職の低賃金について問題提起しているのは主にマスコミや官官庁、ネットでの言説など当事者以外が多いように見えます。

なおアニメーターについては、就業するのにハードルが低い職業です。

アニメーターの仕事がわかる本』で、アニメーターの西位輝実さんは以下のように語っています。

アニメーターは、ある程度の画力さえあればとりあえず誰でもなれるし、仕事がもらえる。たぶん世の中にある絵の仕事では一番ハードルが低いんじゃないかなぁ。

しかし現在は、、、

本来は必要な技術を身につけないまま原画に行っちゃうアニメーターが増えている。

といった問題が起こっています。

現在、日本で放送されているアニメ作品は300を余裕で超えています。これほどアニメが放送・配信されている国は他にないでしょう。
ただ、一方であちらこちらの現場でスタッフ不足が起こっており、良い画が描けないアニメーターも「ゾンビ」のように残ってしまっているのです。
彼らの給与を上げても問題解決にはならず、クオリティの悪循環になってしまうので、特に動画などの単価は上げづらいのが構造としてあります。

また、他の芸能なども同じですが、修行時代は「なかなか食えない」のが自然です。

ですので、逆に、成功したときの上限を考えた方が建設的だとは思います。
アニメーター含め、成功したアニメ制作者の上限が他の芸能と比べても低いことは確かです。ミュージシャンや作家などもデビューしただけでは、食っていけませんが、成功したときが圧倒的に違いますね。

アニメーターやアニメ監督で、年収が1億円という人は今まで出会ったことがありません。

もちろん著作権などの問題もありますが、成功したときのインセンティブなどは検討していった方が良いかと思います。
経済面でも成功者が現れれば、才能あふれる人材も集まってくるはずです。

③中国驚異論

ネットの記事は、日本スゴイ! 逆に日本ヒドイ!
といったものに寄せていくとPVが稼げますが、アニメの記事でも同様の傾向が見られます。
あえてリンクは張りませんが、中国制のアニメが日本の市場を奪う! 中国の巨額マネーが、日本のクリエイターをヘッドハンティングして空洞化!
……といったものを定期的に目にします。

けれど、どうもしっくり来ないのですよね。
中国を始めとしてアジア各企業と共同製作する場合、プリプロとポスプロは日本で行い、プロダクションは現地の制作会社で……といったパターンが多いです。

作品のおもしろさやクオリティを支える原作(日本以外のアジア諸国にはマンガ産業がありません)、脚本、演出、絵コンテ、レイアウト、原画、音響といった付加価値の高い作業は、基本的に日本国内で行われているので、そう簡単に、核心となる技術は移転するとは思えません。

……と本書の中でも書かれています。
僕の実感や今まで経験と照らし合わせてみても、納得です。

韓国はウェブトゥーンなどが盛んですし、中国も漫画のプラットフォームがあったりします。
けれど、長い目で見て育てていくという印象はあまりないです。
特にアニメの場合、企画開発は日本でお願い……といった手っ取り早く事業を進めるケースが多かったりします。

あと、根本的な「表現」の問題もありますよね。
日本は世界的に見ても、表現規制が少ないですし。

ちなみに以前、中国の起業家に向けて、僕が日本のアニメについて講演を行ったときに、『聖☆おにいさん』を紹介しました。
このとき、うぉぉぉぉおおおお!!! そんな作品があるのか!?!?!?
といった感じで、この日一番の盛り上がりでした。

「何でもあり」の日本製コンテンツの強さが垣間見えた瞬間でした。

アニメ評論家の数土直志さんも、日本のアニメ表現について語られています。

国内固有と思われがちな日本アニメの表現は、長い時間のなかである種のグローバル性を獲得している。何でもありの題材、表現も日本の強みだ。中国産アニメがこれを超えていくのは、多くの人が思う以上にハードルが高い。
【数土直志の「月刊アニメビジネス」】ライバルになるか?変わる中国産アニメ事情
https://anime.eiga.com/news/column/sudo_business/113946/


表現は創作の根源的な部分です。

著作権法での著作物の定義も、以下のように書かれています。

著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
(第2条第1項第1号)

自由に表現ができる日本の環境は、なかなか取って代われるものではないと言えます。

けれども、中国は大国です。プリプロ以降のプロダクションでは、日本を圧倒し始めています。
人材の「量」がクオリティにもつながる、CG分野などは日本を超えているとも言われています。

ただ、そもそもの話しにはなりますが、日本のアニメは、昔から海外と一緒に制作してきた歴史があります。
動画と仕上げ(彩色)の作業については、韓国やアジアの国の制作会社にお願いしてきました。
元々がグローバルなものだったのです。

もちろん、日本の家電メーカーのように、いつしか没落してしまう可能性もなくもないです。
しかし、きちんと戦略を組み立てていけば、問題はありません。

話しは少し変わりますが、衆議院の科学技術特別委員会で、微細加工研究所所長の湯之上隆さんのお話しが興味深いです。

「歴史的に、経産省、革新機構、政策銀が出てきた段階でアウト」
「日本半導体は挽回不可能であり、ここに税金を注込むのは無駄」
……といった辛辣な意見もありつつも、ファクトベースで、今後の半導体の戦略について語られています。

日本のアニメ産業もふわふわとした「雰囲気」ではなく、「ファクト」に基づいて論じていけば未来は必ずあるはずです。

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