見出し画像

ママになって1年が経過しました。私らしく生きるために新たな挑戦をします。

こんにちは、はじめましての方は初めまして、最近会えてない方はお久しぶりです、奥村由衣です。今日は2022年3月15日。ママになって1年記念日です。

今日、この1年という記念日に、新たな挑戦をしようと思ってnoteを書いています。ただ、意思決定だけでなくそこにたどり着くまでの過程も込みで残します。ゆいのすることに興味あるな、応援したいな、と思ってくださっている方は最後まで読んでくれると嬉しいです。

幼児教育を専攻しようと思った理由

まず、私が幼児教育に関心をもったのは小学生のころ、興味を持ったといっても「将来の夢は保育士」程度ですが。私の兄弟は弟だけ、いとこも全員年下。物心がついたころから、年下の子と関わる機会が圧倒的に多かったです。その中で感じた「子どもの可愛さ」そして、「お世話のやりがい」。

純粋無垢な笑顔で笑いかけてくれる弟や近所の年下の子たちが、とてもかわいくて仕方がなかったのを覚えています。また、ただ楽しくて遊んでいるだけなのに「ありがとう」と言われることに、不思議とうれしさも感じていました。

そんな私が、「子どもの笑顔と関われる仕事に就きたい」と思って目指した保育士。小学生の思考回路ではそこしか見えていませんでした。そして、小学校の卒業文集で書いた将来の夢。無駄にまじめな私は「一度誰かに宣言した目標は変えてはいけない」とどこかで思っていました。

ただ、どこかで感じていた「本当にこれでいいのか」という想い。教員になると決めていたはずなのに、「教育大学」を志望することはありませんでした。そして、この想いがあふれたのは私立大学に出願するときでした。ここでどの学部を志望するかで、将来が決まるのか、という重圧に押しつぶされそうになりました。不安で怖くて仕方なくて、なぜか涙が止まらなくなりました。

それでも私は最終的に幼児教育を専攻しました。それは「変えちゃいけない」「一度いったし」という頑固な部分だけでなく、「やっぱり子どもが好きで関わりたい」という自分の想いの部分に気付けたからでした。気づかせてくれた担任の先生にはいまでも感謝しています。

大学で幼児教育を専攻して気づいた家庭教育への課題感

そんなこんなで第一志望に合格して晴れて大学生になりました。幼稚園の先生になろう、と思って受けていた大学の授業。ただ、大学の授業を受ける中で疑問に感じる部分がありました。

どれだけ自分が幼稚園にいる4時間の子どもたちを笑顔にできても、
家に帰って家族といる時間に笑えてなかったら、その子は本当に幸せなの?

純粋な疑問でした。実際、自分も親の顔色をうかがいながら生きていました。両親に笑っていてほしくて、無邪気に振る舞い続けていました。その笑顔が本当に幸せだったかと言われたら、そうじゃなくて。家にいることが苦痛だった時もありました。

子どもたちの笑顔のために、ママの笑顔を大切にしたい

そのころから、保護者支援や子育て支援に関心をもつようになりました。子育て支援拠点に足を運んだり、活動されている方の話を聞いてみたり。神戸新聞社の「一日パパ・ママ体験」という企画で、お宅訪問をさせてもらったこともありました。ただその時感じていた一つの弊害。

今の私じゃ何もできない。

子育て経験があるわけでもなく、資格を持っているわけでもない、その状況でも説得できるだけの話術があるわけでもない。「詰んだ、、、」がその時の感覚でした。

デンマークツアーとの出会い

学部規定で留学が必修のくせして、自由に渡航先が選べない私の学科。「折角なら北欧の教育が見たかったなぁ」と帰り道の地下鉄の中で友達に話したのがきっかけで出会ったのが、私の運命を変えたデンマークツアーでした。

ただ、サークルの合宿と被って参加しませんでした。「報告会に行けばなんとなくわかる」という安直な考えで参加をやめました。ですが、それは安直すぎました。報告会で感じたのは「私が知りたかったことは知れない」ということ。着眼点も、価値観も、前提も、みんな違うからこそ、自分が知りたいことは自分じゃないと発見できない。

というわけで、1年遅れで参加したデンマークツアー。そのころ始めていた就活で「誰かの理想の家の設計にかかわれるハウスメーカーの営業職に就きたい」と思っていた私。「理想を言語化する」という点に共通点を感じ、ツアーの運営で参加しました。(ちなみに、今の旦那さんとはここで一緒に運営をして出会いました)

画像1

はじめは不安しかなかったです。自分に何ができるのか、自分と話す時間は無駄じゃないのか、たくさん悩みました。でも、参加者が何かを発見して表情が変わる瞬間に立ち会ったときに自分の中で変化した何か。私が好きなのは子どもに限定した笑顔じゃなくて、この瞬間とこの笑顔が好きなんだなと思いました。

画像2

ゆるみらを始めました

実は、デンマークツアーと出会ったのと時を同じくして、一生ついていきたいと思う人に出会いました。その人と初めて出会ったときはイベントの飲み会で、めちゃくちゃ酔っ払った状態で、キラキラ輝く世界を語っていました。この人の理想としている世界を、一緒に見たい、と直感で感じました。みなさんご存じの(?)ほーりーさんです。

画像3

初めて会ったその時から、「横で仕事がしたい」と思うようになりました。「ゆいちゃんこれ一緒にしよう」と言われることがずっと目標でした。そのためにそのほかの活動に力を注いでいたといっても過言ではないくらい。

ただ、育児をはじめて外部での活動に時間が取れなくなっていました。一緒に暮らす旦那がほーりーさんと絡んでいるのを見て、何となくこのままじゃ一緒に仕事できないまま終わるようなそんな気持ちになりました。実際ほーりーさんには「ゆいちゃんに一緒に仕事しようって言われるの待ってる」と言われました。笑

そんなこんなで、ほーりーさんと一緒に仕事するためにも一番近くで行動し続けようと思いました。圧倒的な存在感と魅力で、周りに進む背中を見せていくほーりーさん。私にはその存在感と魅力はないけど、ほーりーさんのうしろで、足が止まった人の背中を押したり、疲れた人と一緒に歩ける存在でありたいと思いました。

そして始まったゆるみら。信頼して任せてくれるほーりーさんとついてきてくれる運営メンバー、そして、「来てよかった」「ゆいさんと出会えてよかった」と言ってくれる参加者。素敵な人に囲まれて日々を過ごしていました。苦手だったはじめましても、ちょっと好きになれた半年でした。

画像4

ゆるみらも4月から一気に変化します。理念を見つけるまでしかこれまではサポートしきれなかったけど、これからはもっと先へ。月1回の、単発の合宿じゃ終わらない、継続的なかかわりで一緒に理念やビジョンを叶えていくところまで。

私がずっとやりたいと思っていた
思い通りに進めていない人がその人らしく進めるサポート

いつでも私の目の前で輝く世界を見せてくれるあこがれのほーりーさんと、私の隣で支えてくれるよきライバルのこうちゃんと一緒に。

画像5

なんだかもっともっと理想の自分であれるような気がしています、ワクワクです。

あらたな挑戦

そして、ここからが本題。長い前振りですいません。

育児をしながら活動を続けてきたこの1年間。親になってもやっぱり自分の理念に沿った行動をすること、そして、ビジョンである笑顔のお花畑をつくるために動くことはやめられませんでした。ただ、私ひとりじゃ絶対ここまで続けられなかったと思います。周りの支えと理解ありきでここまで進み続けられました。

お母さんが一人の人間としても一人のお母さんとしても自己実現してほしい

そのために必要な周りのサポート、そして、どんな状況でも負けない想い。ただ、どこまでいっても一人だと負けそうになるしやめたくなる。「想像して」といっても経験のない人に育児との両立なんて完璧にはわかってもらえない。

だから私の言葉ですべてを残したい
今ママをしている、これからママになるひとたちに自分らしく生きてほしい

というわけで、(最低)週1更新のマガジンをつくっていくことを決めました。サイトはいま作成途中なので近日公開します。。。(間に合わせたかったのに間に合わなかった、、、)

私の想いや葛藤、周りに救われたことや、ただの日常の喜び、些細なことから、大きなことまで、何でも私の言葉で残していこうと思います。育児とキャリアの両立は本当に難しいことだと思うけど。

最大の理想は、晩婚化が止まり、子どもにあふれた社会になること

すべてのお母さんが理想の自分であり、理想のお母さんであれるように
自分の思う理想を言語化してできるだけ近づけるように

私は私なりの方法で社会に一石を投じたいと思います。ママになってちょうど1年の私の新たな挑戦です。応援したいな、見届けたいな、と少しでも思ってくれたら、DMなりLINEなり連絡してきてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?