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『箱男と、ベルリンへ行く。』(十)

『2月17日、長い一日』(1)
 
気付けば10回を重ねました。こうなったらいつまでも続けていたいと思ったりしています。嘘です。
 
前回、我々は、結局上着を着ぬまま、Humboldthain駅から地下鉄に乗る、というところまでたどりついたかと思います。
2月のベルリンの駅までの通りを歩きながら、
すでに寒い・・・・・・。
しかし、吐いた唾は容易に飲み込めず、「寒くない」と自己欺瞞を押し通します。もちろん、口にも出しません。
駅前で、関さんは、日本から持ってきたミニチュア箱男の撮影に余念がありません。

撮られた写真は関さんのSNSでご覧いただけるはずです。


もちろん、私はそれを手伝いながら、とはいえ、ベルリンの風情を楽しんでおりました。
 

なんか、ベルリンの駅、こうして見ると趣がありますね。


地下鉄に乗り込みます。朝の八時過ぎ、目指すは、ベルリン国際映画祭のメイン会場のあるポツダム広場、その程近くの大本営宿営地である××ホテル。
地下に潜れば、あっというまに寒さを忘れさせてくれます。
見れば車内には、キャンバスや画材を抱えた若い男の子や女の子がちらほら。みな、オラーニエンブルク通り駅で降りていきます。近くにアートスクールでもあるのでしょうか。さっそくスマホで調べると、確かに、現代美術センターが最寄りにあるそう。そこの学生でしょうか。みんな、めちゃオシャレでかっこいいし、かわいい。
ベルリンはアート都市、聞いてはいましたが、街に出てさっそくその事実を目の当たりにし、わけもなく期待が高まりました、本当にわけもないわけですが。
 

まだ余裕がありますね。


ポツダム広場で下車します。打ち合わせのある××ホテルまでは徒歩で数分。しかし、駅がでかい。うろうろしながらスマホの地図を確認しながら、(といっても道案内はもっぱら三峰さんに任せっきりでしたが)地上に降り立ちます。

ポツダム広場駅の地下の広場。


ポツダム広場はベルリンのまさに中心地、建物がでかい、道も広い。
そして寒い。
広場というだけあって広いプロムナードはふきっさらし、木枯らしピューピューです。
目抜き通りを右折、かつてポツダム鉄道が走っていたというティラ・デュリウー・パーク方面へ、リンク通りをすすんでいきます。
しかし、まあ、道が広い、ホテルは反対側のガブリエレ・テルギットプロムナードに面しているはずですが、向こう岸が遠い。
そして寒い。

黄色い線は「ベルリンの壁」の跡、などではなく、
ただの電気ケーブルです。


なんとか、向こう岸に渡り、ホテルに到着。本当にここでいいのか、よくわからず、中にイン。
中にはいってもまだ寒い。
一応、ロビーに突入してまたも右往左往していると、関係者が我々を見つけてくれ、打ち合わせできる席へと案内してくれました。
 

真ん中がティラ・デュリウー・パーク。右側の建物はいかにもポストモダンですねぇ。


そこでようやく、2月17日という決戦の日の全貌が明らかにされたわけです。
映画「箱男」ワールドプレミアは、22:30頃から。
さかのぼり、17:45ホテル再集合、移動して、18:00から19:45ディナー、20:00ホテルに戻り支度、21:00移動、21:45からレッドカーペット云々かんぬん。
そして、現在朝の9:00。ようはざっと8時間ほどは中空きとなる予定です。
「ワンチャン、帰れる」
私は、関係者から説明を聞くのもそこそこに、テラスに出て煙草を吸いながら、そう思ったんです。
なんのために帰るかって、それは上着をゲットするためです。
しかし、その時はまだためらっていました。別に勝ち負けなどないワケですが、せっかく勝負服に身を包み、一旦宿を出たのだから、そこで戻っては負けなのでは? 私でさえうすうすそう感じたのですから、勝ち気な関さんなど、確実に「ここで戻ればなにかがすたる」と感じていることでしょう。
 

にこやかに打ち合わせがすすみます。


その日の予定や、今後のことなどについて打ち合わせをし、といっても、実は、我々サイドの予定はともかく大本営も国際映画祭当局から報告される情報の少なさに戸惑いながら、つまり、けっこうあやふやで出たとこ勝負的な雰囲気なのです。
 
ともあれ、われらが大将関さんに、今のところ、一時帰宿という選択肢などないように見受けられます。打ち合わせ後、しばし時間ができた我々を、関さんと同じくプロデューサーの小西さんが、周辺を案内してくれることに。小西さんは、もう何度もベルリンは訪れたことがあり、映画祭会場については勝手知ったる様子。
 
ホテルを出て、目の前のティラ・デュリウー・パークを横切って再び、対岸へ。
その丁度対岸に位置するポツダム広場中心のアルテ・ポツダマーストリートがまさにレッドカーペットを歩く通り、そしてその突き当たり、フィルムハウプシュタットベルリン劇場(つまりベルリン首都映画劇場とでも訳せましょうか)がベルリン国際映画祭の中心会場になります。
気分はもう観光客、「へえ」「はあ」「おお」の連続です。
そして、内心は「寒い」の連続です。
 

噂のメイン会場。


続いて、ポツダム広場交差点に戻り、記念碑として残されたベルリンの壁を鑑賞。
その壁には、経緯が記されたキャプションと共に、夥しい数のチューイングガムが壁の風化したコンクリートの穴ぼこに押し込まれています。なんか、そういう慣習があるのかと思わされるくらい、ガムガムガム。きったね。
そして、「さっむ」

これな。きったね。


壁の残骸を見ながら、私としては、「まあ、こんなもんだよなぁ」といったところ、が、関さんは、なにか琴線にふれるところあるのか、やたらと感動し何枚も写真を撮り、またミニチュア箱男を飾って、また写真。
 

熱心に撮影しとります。


確かに、『壁』がベルリンの東西を分かっていた、という事実は、歴史的であり、かつ抽象的な何かを感じさせます。(それこそ安部公房的な)

同時にベルリンに立つ建造物を注意深く見ると、面白いことに気付きます。
厳密にはそこがベルリンの壁で分かたれた場所ではないのですが、例えば、ティラ・デュリウー・パークを挟んだ旧東側に近い彼岸には、整然とモダニズム建築が並ぶのに対し、旧西側の此岸にはこれでもかというポストモダン建築が乱立している。(同定はできませんでしたが、後でしらべると磯崎新によるものもあったそうです! きちんと見ておくべきだった……)街全体にモダンとポストモダンがちりばめられている感じ。これも壁で分たれていたからこその状況なのかと勘ぐったりします。
(東と西の相克がすなわち、モダンとポストモダンの乱立の遠因なのかと)
数回前書いたように、「なんかこわいようなところ」だと直感したベルリンですが、にわかに「もしかしてここはやべえところなのでは?」と思い直し始めました。
しかし、寒い。
 
小西さんと一時お別れし、我々はこの際だから、映画祭会場を回ろうと決めます。
(関さんは積極的に、三峰さんは中道的に、私は消極的に、なぜなら寒いから)
まず、赴いたのは、メイン会場近くのシネマックスベルリン、なんでもフィルムマーケットが行われているとのこと。もちろんこの旅はコギトワークスのビジネストリップという側面もあり、マーケットにアプローチを試みることは非常に重要なことです。
しかし、シネマックスベルリンは、一般客が入れるような雰囲気はありません。いかにも関係者だけよ、みたいな感じ。しかし、三峰さんは元来、そういう場所が大の好物、排外的な雰囲気をものともせず、ずんずん中へ。しかし、元より我々は徒手空拳、映画「箱男」のプレミアで訪れたわけで、マーケット参加に資する何かがあるわけではありません。
事情を説明すると、残念ながら、我々が期待するようなことはその会場ではなく、あるとすれば、ヨーロピアンフィルムマーケットという別会場だと。
そこは、マルティン・グロピウス・バウという文化センター。
なんと、バウハウス初代校長のマルティン・グロピウスの名を冠した展示施設です。
てくてく歩いて、ようやく到着。しかし、チケットがないと入れません。それどころか、厳重警備。
先回書いた「ストライク・ジャーマニー」が関係しているのでしょうか。
しかも、チケットは高額、見学だけのために払えるような額でもありません。
われわれは諦め、丁度対面のベルリン市議会の建物でもコープロダクションマーケットが行われていると知り、そちらへ。
こちらは案外すんなり入る事ができ、と言って、入ったところで別にやることもなく・・・・・・、物欲しげに右往左往し、ベンチに座って雰囲気を存分に味わっていると、やがて、空腹を覚え始めます。
(これはあくまで私目線の手記ですので、一応、関さんと三峰さんの名誉のために記すと、後日、彼らはヨーロピアンフィルムマーケットのチケットを入手し、数々のプロダクションとコンタクトをとり、かつコープロダクションマーケットにもアクセスして数々のプロダクションと会話を交わし、一定の成果を得たということは付記しておきます)
 

グロピウス・バウもベルリン市議会も撮るの忘れました。無念。
代わりに、道すがら、出会ったポスター。一瞬「箱男」かと思ったけど、違いますね。


再び、我々は路上へ。時はまだ正午前。作戦決行まではまだ6時間以上あるという状況。
装備は軽微、ようやく私は決心して、コギト分隊の面々に、一時撤退を具申。
関さんは、考慮の末、一時撤退を許可。しかしながら、ひとまずポツダム広場に戻り、せっかくだからドイツっぽい昼食を摂ってからにしようじゃないか、ということで、また私は寒空の下をポツダム広場へ戻ったのでした。
(つづく)

(いながききよたか)


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