見出し画像

稽古の場所から(1)「boat」

今年の夏は海に行きましたか?
私は行けませんでした。

その代わりと言うわけではないのですが、calmoプロデュース「boat」の稽古場にお邪魔してきました。

8人の役者が極小のセットの上でせめぎ合う超高密度な演劇作品です。
今回上演するのは、2003年・2013年に劇団ブラジルによって上演された傑作「性病はなによりの証拠」のタイトルを変更しての改訂版再演になります。

陸ひとつ見えない大海に浮かぶ
たったひとつの小さなボート【boat】の上
遭難した8人の男女の疑心渦巻く“洋上の密室劇”

“洋上の密室劇”と聞くと、ジョン・スタインベック×アルフレッド・ヒッチコックの「救命艇」を思い出します。
(この話は本作品とは直接的には無関係で余談です)
第二次大戦中にUボートに襲撃された船から1隻の救命艇で逃れて生き延びた男女の心理が流れていく時間の中で追い込まれ次第に表出してくる様子を見事に描き上げた傑作です。
人間はそのような極限的状態に置かれると普段は心の奥底に隠しているものも隠し切れなくなっていくものです。
全てにおいて優れた作品ではありますが、このシチュエーションを見つけたことが先ず大発見と言えるでしょう。

さて本作品では舞台にはボートが1つだけ。
演劇は本当に自由な表現が可能な芸術だと思いますが、時にそれに何らかのルールを加えることで、新たな楽しみを発見したり発明することが出来るものです。
3・11の後に劇場での公演がままならなくなった頃、たくさんのリーディング公演が行われました。
本来であれば舞台上を駆け回り全身で様々な表現のできる役者が、台詞を覚えている覚えていないに関わらず、その手に台本を持ち続けるというルールの下で演技することで、通常の上演では観ることのできなかった表現を導き出す瞬間にたくさん出会いました。
なので私見ではありますが、リーディング公演と銘打った公演では興に乗じて途中で台本を放さない方が良いと考えています。
(この作品はリーディング公演ではないのでこの話も本作とは関係ありません)

本作では8人の役者の居場所が1隻のボートに固定されてしまいます。
そのため基本的にはいわゆる出ハケがなく(?)役者はそこに居続けることを強いられます。
また狭いボートに鮨詰めになって乗っているので、ここでは役者はその手を使える代わりに、下半身を使った演技がほぼできず移動も容易にはできない環境に置かれます。

そう聞くと「ふつうの演劇よりつまらないんじゃないの?」という疑問がわくかもしれません。
しかし手練れの役者を揃えてしっかりと吟味した演出をすれば、先程のリーディング公演のように、他の演劇作品では観られないような演技を生み出す可能性があります。
役者がこの設定下でどのように動いて語るのか、それはこの作品の大きな見所と言えるでしょう。

演劇はいつもそうですが、特にこの作品の演技・演出は微に入り細に入っているので、劇場で観客が入ってそれに気づき反応することで更に増幅して完成へと向かっていくのだろうと想います。

本来この8人の問題は今ここで遭難しているということなのですが、やがて問題はあらぬ方向へと向かって拡張して行きます。
それは観客にはどうでもいいような問題かもしれませんが、同時にその時観客はこのボートの外にある更に巨大な社会の問題とその在り処を感じ考えるかもしれません。

この作品を観れば、この夏海へ行かなかった方は、今年は行かなくて良かったと得心するかもしれません。
海へ行った方は、無事この作品を秋の劇場で観劇できたことに胸を撫でおろすのかもしれません。
それでもいずれにせよ、私たちは私たちの問題に直面しているのです。

【公演概要】
会場:劇場MOMO
日程:2019.10.09(水)-10.14(月)祝
脚本・演出:ブラジリィー・アン・山田
プロデューサー:小池唯一
出演:今奈良 孝行 西 慶子 福澤 重文 笹峯 愛 
   篠﨑 友 浅野 千鶴 塩口 量平 小川 夏鈴
チケット:前売・当日共 4,300円 <全席自由・税込>
https://www.quartet-online.net/ticket/boat

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?