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くーねるわらう

民宿カラフルのモットーは「食う寝る笑う」です。

おなかいっぱい食べて、ぐっすり眠って、次の日の朝、新しい旅路へ笑って出かけられるように。

そんな願いを込めて、オーナーとわたしは日々お客様をお迎えしています。

食べて、寝て、笑う。

当たり前のようなこの3つのことが、全くできなくなってしまった時期が、わたしには長い期間ありました。

家庭の事情や自分自身が招いた過ちから、身体と精神のバランスが取れなくなってしまった。

食べ物をろくに受け付けない、食べられたら食べられたで加減がわからなくて食べ過ぎて吐いてしまう。

きちんとした時間に睡眠がとれない。(これは今も続いていますが。。)

楽しいと思えることがひとつもない。

だんだん人とのコミュニケーションも減っていき、消えてなくなりたいとおもうことが多くなりました。

うつ病やら摂食障害やら境界性人格障害やら統合失調症やら。

そのころのわたしにはたくさんの病名がつけられました。

治さなければ、元気にならなければ、普通にならなければ、と焦れば焦るほど、病はひどくなりました。

どうせ治らないし。。あわよくば死。。という言葉が頭をぐるぐる回っていた時に、通院の帰りにふらりと入った渋谷の小さな映画館。

そこで上映していたのが、豊島美術館の内部作品を手掛ける、内藤礼さんのドキュメンタリー映画でした。

「なににもならなくていいよ、おいで」

スクリーン越しにそう語り掛けてくるような内藤礼さんの映画は、足の裏から頭のてっぺんまで、柔らかい毛布で包まれたみたいな感覚をわたしに残してくれました。

救われた、なんてありきたりな言葉では言い表せない。

もっと深くて儚いところから、わたしを呼んでいるような。

「ここへおいで」と。

それからは、早かった。

内藤礼さんの情報を片っ端からかき集めて、豊島にパーマネント作品があることを調べ上げた。

それが豊島を知ったキッカケ。

芸術祭でも何でもない年の4月の初めに、わたしは豊島を訪れて、豊島美術館を体感し、民宿カラフルに泊まりました。

それが、今につながる始まりだったようにおもいます。

それからわたしは共病する道を選びながら、紆余曲折を経て、この地に骨を埋める覚悟で豊島にいる。

ときどき病気が里帰りしてくるけど、おおむねわたしは元気だし、若い時に比べたら楽ちんです。

年を取る、というのはネガティブにとらえられがちですが、わたしにとっては大きな助けとなりました。

いい意味で小さいことが気にならなくなるんですね。

何かにならなければ、という気持ちもきれいさっぱりなくなりました。

わたしはわたしにしかなれないし、わたしがわたしとして息してるだけだし、そのことがとてもうつくしくすばらしいことだと理解ったから。

たまたまの神さまはいる。

あのタイミングで映画を通して希望とよく似たものを見せてくれた大きな存在に、わたしは今でも感謝をしています。

「あとは余生」と最近おもうんです。

41でそれは早かろうとおもわれるかもしれませんが、人間なんて長生きしても、たかが100年。

もう充分人生の谷間は味わったから、あとはもう、自分のやりたいことをやって、それが楽しくても苦しくても全部面白がって。

そこから零れ落ちたふわりとした羽根のようなものを、民宿の仕事につなげてゆこうと。

「食う寝る笑う」って、一言で言ってしまえば「安心」なんだとおもっています。

オーナーもわたしも、安心を提供する側にいる。

だからこそ、わたし達自身が安心して暮らしている必要があるんです。

安らぎと恩寵は、豊島に来る人たちすべてに降り注いでいます。

青い空と、光る海と、香る風と、そこで暮らす人々が笑う。

守るみたいに、包むみたいに、抱きしめるみたいに。

大丈夫だからね。


わこ




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