見出し画像

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ/サンボマスター【彼の1曲】

彼の1曲
タイトルの曲にまつわる恋の思い出をテーマにした小説。ライター・於ありさが趣味の範囲で不定期に更新しているnoteです。

今日、私は大好きだった人とお別れした。

恋の終わりはいつだって、あっけない。

時給が良いとの理由で始めたコンビニの遅番バイト。その相方が彼だった。

髪はボサボサ、眼鏡のレンズは引いちゃうほど曇ってる。その上めちゃくちゃ猫背だし、髭が伸びきっていることもしばしば。非モテとは彼のためにある言葉なんじゃないかと思っていたくらいだ。

それでいて人に対してはアホみたいに厳しい。商品を渡す手の向きがどうだの、床の拭き方がなってないだの。小姑のような物言い。

いつもは受け流せるそれを、受け流せず「人のこと言う前に、接客業なんだからもっとちゃんとしたらいいのに」とぼろっと言ってしまったことがある。

それに対して彼はキョトンとした顔で「僕ってそんなふうに見えてるんすか?」と聞いてきた。

あ、だらしないんじゃなく、素直に無頓着だったのか。この気まずいやり取りこそが、私と彼が急接近したきっかけだった。

付き合うことになったのは、それから2週間後のこと。あれ以来バイト帰り一緒に帰ることが増えた私と彼が急なスコールに襲われて、その流れでカラオケに行った日だった。

その時はやっていた女性アーティストの曲をしっとりと歌い上げる私。子供の頃好きだったアニソンを入れる彼。

もしあのカラオケを誰かがモニタリングしていたら、こいつらなんで一緒に来てるんだよって笑われるだろう。

そんなただ居合わせた私たちのカラオケの空気感をぶち壊したのがサンボマスターの『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』だった。大声で歌う姿は、バイト中のボソッとしゃべる彼とはあまりにも別人で。

「今の声量、どっから出たんですか」と笑いながらツッコむと彼はまた通常時の小声で「変かな?」と笑った。

その姿が愛おしくて、そこから彼と言う人間を知ろうと矢継ぎ早に質問し、始発を待った。

仲間と趣味でやっているバンドで、ボーカルを担当していることも、その日はじめて知った。今までの過去なんてなかったかのように歌い出す彼がまぶしくて、そこからは猛アタック。

後から好きになってくれたらいいからと無茶苦茶な理由で交際に漕ぎ着けた。

気が回らない彼は友人やバイト先の人から見たら「もっといいやついるのに」と言われる対象になりがちだった。

わかってる、良い彼氏ではなかった。私の気持ちなんてお構いなし、言葉も足りない。でも、周りが理解してくれなくとも、彼の良さは私がわかっていたらそれで十分だったし、なんならそのことに対して少しの優越感さえ覚えていた。

普段は静かな彼が叫ぶように、普段閉じ込めている思いを爆発させるように歌うのを見て、彼からのメッセージを受け取る。ステージの上で大声でラブソングを歌う彼を見るたびに、好きと言わない彼なりの愛情表現なのだと思い込んでいたが、結局のところそれは思い込みでしかなかった。

精一杯の4文字で、故意に終止符を打ったのは、私への恋心を確信に変えることができなかった彼なりの優しさだった。

泣き出しそうな私のイヤホン、ランダム再生のボタンを押して初っ端流れてきたのは、あの日彼が歌った1曲。このタイミングで流れるなんて、彼以上に空気が読めない。

「いやいや、さすがにできすぎでしょ……」

せめて今だけなんて思いたくなかった。小さく笑った私の頬には涙が溢れていた。

▼編集後記

なぜ1曲目がサンボマスターなのか。

私を知る友人は、まったくイメージがないというでしょう。

ここから先は

172字

¥ 100

この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

いただいたご支援で働き方を楽しくできるようなヒントとなる書籍などを購入します。ご支援よろしくお願いいたします☆