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【痛み】がある時、人生への意欲を下げる

このnoteは、Comfort Life Coachingから一部を引用して掲載しています。

あなたは今、

  • なにかやる気が出なかったり、意欲的になれない

  • 晴れやかな気分になれず、モヤっとした気持ち

  • 考えても、考えても、考えがまとまらない

  • やりたいことはあるのに、一歩踏み出せない

などを感じていますか?。

それと同時にどこかに、痛み、不調、不快感を感じていませんか?。

私たちは自分自身に、痛み、不調、不快感があるときには、新しいことや楽しいと感じることであっても、やってみよう、行動しよう、というやる気・意欲をもつことができません。

それは、身体的なものであっても心理的なものであってもです。

私たちの身体と心の状態は、思っている以上に影響しあっています。

そのことを知らずにいると

思うようにいかないことがあるとき、
悩みを抱えてしまったとき、
後ろ向きな気分に陥るとき、

「なんでダメなんだろう」「どうして」「なぜ」という、頭で(思考で)解決しようとしがちです。もちろん、考えることはとても大切です。

自分が、なにを考えているのか
自分が、何に対してどう感じているのか

気づくことはとても大切です。しかし、それだけでは解決しないこともまた事実で、負の悩みループに陥ってしまいます。その時は【身体の不調がないか】をチェックしてみてください。

五感の感覚が、感情や思考、行動に影響があるように、その五感の感覚を支える・五感そのものである身体の状態は、思っている以上にあなたに意識的にも無意識的にも影響を及ぼしています。

痛みを抱えた時の、痛みとの向き合い方のヒント

●身体の状態と感情は相互に影響しあっていることを知る

私たちは、皮膚の触覚を通して外界からの衝撃を受けて損傷することで、それを痛みとして感じたり、あるいは体の内部の不調が高じるとその不調がもたらすサインとして痛みを感じます。

動き回って転んで膝を擦りむいたり、
部屋の柱の角に足の指をぶつけてしまったり、

した時などを想像してみてください。

第一痛は:ぶつけた時に受けた鋭い痛みは、速い速度で脳に伝わり
第二痛は:その後じわじわとした痛みは、ゆっくりとした速度で脳に伝わる

というように、痛みは、

・一瞬んで終わるものもあれば、
・段階的に持続するものもあります。

私たちはこれまでの経験から、どななことで傷がつき、どのような時に痛みを感じるのか、どんな質の痛みがあるのかを知っています。その経験を記憶すると、次にその事態に陥りそうになった時にはそれを回避しようという行動が取れるようになります。

ですがどんなに予想しても、経験のない痛みが突然襲ってくることもあります。
不意の出来事が襲い、予想しない痛みにさいなまれることもあります。

痛みを表現するのに、鋭い、焼けるような、じわじわと広がるような、疼くような、刺すよな、鈍い、重い、などの表現をしながら、痛みに対して不快なものとして捉え、それと同時に何らかの感情を抱きます。

その時抱く感情は、「しんどい」「つらい」「耐え難い」「嫌だ」「重苦しい」などの言葉で表現され、過去にあった痛みの体験を思い出して痛みが持続したり、増強されたりもします。

そんなこと当然でしょ?、と思われた方もいるでしょう。

しかし、身体の感覚は心理的なことと相互に強く影響しあっているということを、深く実感している方は稀です。

小さい時に初めて注射をされた時の痛みと感情の記憶(怖い、不安、など)は、大人の今になっても同じ状況(例えば、病院のアルコールの匂いを嗅いだり医師の白衣をみると、子供の頃の怖かった注射の記憶が蘇り実際よりも痛みを感じたりします。

それは過去の記憶が予期となって心理的な影響から起こるだといわれています。つまり、過去の感情の記憶が、今現在の痛みの発現に作用しているわけです。

逆に、極度になにかに集中している時、トラブルの対処に追われている時には、痛みがあったとしてもそのことを感じない、痛みを鈍らせる、ということもあります。

痛みに限らず、私たちは五感の感覚でキャッチし神経繊維を通じて脳に伝達していますが、その全てを伝えているわけではありません。その時の感情や認識に関わらず、どの情報を受け取るのかを脳のフィルターを通じて選別して抑制したり通過させたりという情報のコントロールを無意識的に行っているのです。

痛みを処理する脳内のネットワークは、
感覚的、識別的なルート
感情的、情動的なルート

という2系統の経路を持ち、前帯状皮質、島皮質、前頭前皮質、扁桃体という同じ脳の領域で重なる部分を持っています。

参考:『触れることの科学』河出書房新書 デイヴィッド・J・リンデン著

それだけ、身体的な状態と心理的な状態は強く影響しあっているのです。

身体的な痛みがどこかにある時、痛みに対して強くネガティブな感情が働くのは当然のことですが、恐れや不安などのネガティブな感情もまた、痛みを感じる強さ弱さにも影響しているわけです。

特に、痛みがある時に、なにかをやろうとしても、
興味のある楽しそうなイベントがあっても

前向きに「やってみよう」「行ってみよう」という気になれないのは、当然のことなのだと言えます。

夜も昼もなく仕事を頑張りすぎてへとへとになり、鬱になることがるのは、認知されるようになってきましたが、まだまだ、身体的な状態と心理の状態の強い結びつきについて深く理解されていないまま特に私たち日本人は、がむしゃらに馬車馬の如く頑張ることが美徳のように捉えられています。

それは、身体も心の状態も疲弊させている状態で、どちらも相互に影響し合っているのは、人の機能として当たり前のことなのです。

●身体的な我慢を重ねると、人生全てに我慢するようになる

上記で述べた、身体状態と心の状態の影響は、一時的なものだけにとどまりません。

身体のどこかに痛みがあると、
身体のどこかに不快感があると、

それが常態化されると、

【痛み】があることが当たり前だと思うようになります。常に頭の中で痛みの予期(想定)している状態となっていきます。

【痛み】が常態化されると、我慢することが習慣化され、それ以外の日常においてもあらゆることを我慢をするようになります。

例えば

やってみたいこと、
行ってみたいこと、
食べてみたいこと、

など「してみたい」を我慢するようになってしまいます。

あるいは、痛みがあるときは、そのことが頭から離れずどうにしかしたいと思うものです。その状態は、常に痛みがあることに意識が向き、どうにかして痛みから解放されることに躍起になり、常に緊張した状態が続いて気が休まる時がありません。

自分を楽しませたり、
自分をリラックスさせたり
自分をいたわる
自分のやるべきことに集中する

という自分をいたわる時間さえ持つ気になれないものです。それは、痛みがあることを解放したいということに始終とらわれていくからです。「痛みがあるうちはそんなことする気になれない」というそれは裏を返せば、「痛みが解放するまでは・・・」と我慢しているようなものです。我慢を強いられているようなものです。

私たちは、本来欲があることで
日常生活を今よりもよくしよう
人生の理想や目標を達成しよう

というという気持ちが湧いてくるものですが、その欲さえも抑えられてしまうほど、身体の痛みの感覚は強力なエネルギーでそれを放っておくことは人生の妨げにもなるわけです。

ですが、私も含めて、ちょっとした【痛み】も大きな痛みも「無いこと」として無視しがちではないでしょうか?。

以前NHKの『ヒューマニエンス』という番組の「疲労」に関するテーマの中で、人間は、仕事の充実感、達成感、人に褒められる、などがあると疲労感をマスキングする。欲があると身体的には疲労感があってもそれを無いように脳が認識してしまう。

と語っていました。

つまり身体の感覚を、脳の仕組みで感じさせなくしてしまうわけです。

疲労は痛みとはちがうでしょ?と思われるかもしれませんが、過度の疲労は、【身体を痛める】という点においては、怪我をしたり、病気をした時の痛みと変わりはありません。

健康状態を損なっているという点において、全く同じで、その状態は、本来望ましいものではありません。

この後の続きは、https://comfort-senses.com/painful/ でどうぞ

●心理的な痛みも放置してはいけない

●痛みを軽減させるには?


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