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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その43 補論(前編)ー拓はなぜ芸術学部を選択したのか?+αー

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、「小説版」の構成要素から「海きこ3」がどのような物語になるはずだったのか見てきました。

 今回、「補論」としてこれまでの考察で取り上げてこなかったいくつかの事項について、前編・後編の2回にわけて考察していきたいと思います。
 「補論」前編です。


拓はなぜ芸術学部に?ー担当編集者の存在とドラマのような里伽子の家庭問題が理由?ー


 大学受験ー高校受験や就職活動とともに10代後半からの人生の転換点であることは、読者の皆さんもご存じのことと思います。

 人生に大きな影響をもたらす(だろう)「大学選び」(学部選びでもある)において、「小説版」の拓はどうして「芸術学部」(「海きこ2」第二章 45ページ)を選択したのでしょうか。

 拓の学部選択・決定には、2つの理由から考える必要があると考えます。

 1つは「作者である氷室 冴子先生がなぜ拓を芸術学部の大学生に設定したのかという理由」。そしてもう1つが「物語の中で主人公である拓がなぜ芸術学部を選択したのかという理由」です。

 1つ目の「作者の側の理由」について、小説『海がきこえる』の担当編集者さんである「三ツ木 早苗(みつぎ さなえ)」さんの母校が「日本大学芸術学部(通称:日芸)」であったからという理由(説)です。
 「アニメージュ」連載及び「小説」の担当編集者であった三ツ木さんは、「アニメージュ40周年記念」のウェブラジオ番組において、声優の「小杉 十郎太」さん(「アニメ版」拓役の声優「飛田 展男」さんとゼータガンダムで共演されている)と同じ大学の同級生で旧知の間柄であることを番組内で打ち明けています。
 また、「テレビドラマ版」の関連本の『海がきこえるCOLLECTION』145ページに、拓の大学のモデルは「江古田」(えこだ)にある「日本大学 芸術学部」という記述があります。

 これを踏まえて考えると、担当編集者の母校を拓の進学先として作者が設定した理由が「確からしい」ことがわかります。

 そして、なぜ担当編集者の母校の「芸術学部」だったのかと言えば、筆者は、担当編集者を介しての情報へのアクセス(調査や取材)の容易さとともに、作者自身の純粋な興味がそこにあったのではないかと考えます。
(この部分は、漫画原作者である筆者だったらきっとそうする(だろう)という想像の部分が大きいですが。ちなみに、作者である「氷室 冴子」先生は「国文科」をご卒業されています。

参考:『氷室冴子青春文学賞』内の「氷室冴子」についてのページ



参考:『海がきこえるを歩く』内の「海がきこえる情報」ページ


参考:アニメージュ創刊 40 周年記念番組「MEMORIES~メモリーズ~」

 ちなみに、第6回と第7回には、「アニメ版」のプロデューサーだった「高橋 望(たかはし のぞむ)」さんが出演されています。

【第12回】Animage 40th Anniversary Memories(ゲスト:三ツ木早苗)


担当編集者の語る『海がきこえる』の裏話を聞くことができます。三ツ木さん登場は、番組13分すぎたあたりから。
ちなみに、番組Mの「島本 須美」さんは、「アニメ版」で方言指導と美香さん&里伽子をつるし上げるクラスの女子役を担当されています。

【第13回】Animage 40th Anniversary Memories(ゲスト:三ツ木早苗)

 三ツ木さん登場は、番組20分を過ぎたあたりから。


 つぎに、2つ目の「拓の理由」についてはどうでしょうか。

 まず「小説版」「アニメ版」で拓が「芸術学部」を選択した理由について言及するシーンは一切ありません。しかし、「小説版」を読み込んでいくと「里伽子との関係性」の視点から、「芸術学部」選択の理由がおぼろげながら見えてくるのです。

 それは、里伽子の父親の「不倫」に端を発した「両親の離婚」という「ドラマのような里伽子の家庭問題」を「東京」で直接目の当たりにしたからという理由です。

 まず、拓の「芸術学部」に対する関心の嚆矢(こうし:物事のはじめという意味)として、地元の放送局に勤めている「西部劇」映画好きな拓の年上の従姉「エリ」の存在を挙げることができます。(「海きこ」第二章 35ページ~36ページ)

「だって、カッコいいやん。半人前のオトコが、一人前になる話やもん」
「なんや、それ。ドンパチの話だろ」
「そりゃそうだけど。西部劇は、ボーイがどうやってマンになれるかの話ながよ。(略)」
 (略)どうやったらマンになれるかーというのは、なんとなく頭に染みこんでしまった。なにしろカッコよくて、いい響きだ。
「海きこ」第二章 36ページより引用

 このあと拓は「マン」という言葉を、親友である松野と重ね合わせています。何気ない従姉の話と拓の「マン」への憧れ(裏返すと松野への憧憬)が(無意識のうちに)映画や「マン」を生み出す映画のシナリオに対する漠然とした関心を生み出したことが考えられるのです。
 ただ、この時点(拓の述懐にあった里伽子と出会う前の高校2年)においてまだ「興味」の段階であり、拓にとって「芸術学部」進学を選択するのに具体的な何かが必要であると筆者は考えます。

 具体的な何かーそのきっかけとなる出来事が、高校3年のGWの里伽子との「東京行き」と、「両親の離婚」という「ドラマのような里伽子の家庭問題」を「東京」で目の当たりにしたことにあると思えるのです。

 ぼくはふいに、なんということもなく、
「ぼくは東京のほうに行こうかと思いゆう」
といった。
「海きこ」第二章 60ページより引用

 里伽子とはじめて出会う直前の教室での松野との会話で、拓は自分の進路を「東京」であることを松野に打ち明けています。
 それは、ハワイへの修学旅行のためにアルバイトしてお金を稼いだことで、東京の大学が現実味をおびてきたという理由からなのですが(「海きこ」第二章 60ページ)、のちに里伽子の「東京行き」につきそって「東京」の街を歩いたことで、拓は「東京」の大学への進路決定を確信するに至っているのです。

 ぼくはふと、大学はやっぱり東京だなと思い、一年後には、この街にきているのだと想像して、なんとなく気持ちが高ぶったりした。
「海きこ」第四章 158ページより引用

 拓の「東京行き」「東京」への進学を現実にした一方で、「里伽子の家庭の問題」の一端に触れる「きっかけ」にもなりました。

 いろんな想像がかけめぐったけれど、どれもこれも、テレビドラマみたいな設定しか思い浮ばなかった。
 両親とも地方公務員で、のんきに暮らしてきたローカル少年には、”親の離婚”というだけでドラマみたいなもんだから、なにもかもボーッとするようなことばかりだった。
「海きこ」第四章 141ページより引用

 拓は、里伽子の父親の不倫に端を発したドラマのような里伽子の「両親の離婚」「現実」を目の当たりにしました。
 漠然とした「ドラマ」と修羅場ともいえる「現実」とに相対(あいたい)するに至り、拓の心の中にはじめて「ドラマ」に対する関心が生まれたのではないかと思えるのです。

 ぼくは、とんでもない事態だ、これはドラマより、まだひどい……と思いながら、里伽子の肩にそろそろと手をおいた。
「海きこ」第四章 147ページより引用

 そして、両親の離婚による救いようのない「現実」に傷ついた里伽子が、拓のホテルの部屋に駆け込んできます。
  拓の胸の中で泣きじゃくる里伽子に接するに及び、「現実」で無力な自分が「ドラマ」だったらという思いが拓の中にめばえてきたのではないでしょうか。

 この「現実」と相対する中で生まれた「ドラマ」への関心・興味が、拓の「東京」の「芸術学部」への進路選択に強い影響を与えたのではないかと筆者は考えます。

 以前の考察で筆者は、未来の「今」を生きる拓が「里伽子との関係性」から始まった人生のレールを進んでおり、「今」日までの拓の人生に里伽子の存在が大きな影響を与えていることが「すべては里伽子に戻ってゆく」という書き出し文から浮かび上がってくることを考察しました。

 拓が「東京」「芸術学部」を選択した理由も、里伽子の存在の大きな影響下(この場合、拓が里伽子の家庭問題を目の当たりにしたこと)にあるのではないかと、筆者には思えてならないのです。


「アニメ版」キャスト表から見えてくるものーあるアニメのキャストとの不思議な共通点ー


 「アニメ版」EDにおいて登場人物のキャスト表を見ていると、ある「アニメ」の主要登場人物のキャストを演じた「声優さん」(通称:中の人)と不思議とかぶっていることに気づきます。

 そのアニメとは、先日放送30周年を迎えた『新世紀GPXサイバーフォーミュラ 』(フューチャーグランプリ サイバーフォーミュラ、以下「CF」と略す)です。

参考:『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』 Wikipediaページ

参考:『新世紀GPXサイバーフォーミュラ OFFICIAL WEB』ページ


 「海きこ」の役名・「CF」の役名・演じた声優さんの順番で一覧を作ってみると、「海きこ」の主要登場人物の大部分と「CF」の登場人物たちがかぶっていることがわかるのです。

「海きこ」(物語上の役割)/「CF」(物語上の役割)=声優名

松野豊(親友)/ブリード加賀(親友かつライバル)=関俊彦さん
清水明子(同級生)/葵今日子(ライバルチームオーナー)=天野由梨さん山尾忠志(同級生)/新城直輝(ライバル)=緑川光さん
拓の母親(主人公母)/風見純子(主人公母)=さとうあいさん
岡田(ヒロイン元恋人)/風見ハヤト(主人公)=金丸淳一さん
芹(同級生)ほか/彩・スタンフォード(スポーツ写真家)=久川綾さん
校長・方言監修/グレイ・スタンベック(加賀のメカニック)=渡部猛さん

 ここに、拓(飛田展男さん)と里伽子(坂本洋子さん)、それに小浜(荒木香恵さん)を加えれば、「アニメ版」の主要登場人物を(ほぼ)網羅できてしまいます。

 では、なぜアニメ制作会社やスタッフも違う「海きこ」「CF」で声優さんがかぶってしまったのでしょうか。

 結論から言えば、関連本や関連サイトなどで2つのアニメ作品に共通する制作スタッフが存在するかどうか調べてみましたが、具体的な理由はわからずじまいでした。

 1つだけ考えられるとすれば、『海がきこえる』「アニメ版」の元になった「アニメージュ版」『アニメージュ』で連載されていた時期(1990年~92年)に、「CF」「テレビシリーズ」がちょうど放送(1991年)されていたということを挙げることができます。
 のちの「OVAシリーズ」(1992年~2000年)を含めれば、絶えず『アニメージュ』本誌で「CF」が特集されており、当時人気だった「CF」の「テレビアニメ」と「雑誌での特集記事」が、『海がきこえる』の「アニメ版」の声優さんの選定に(潜在的な)影響を与えていたのでないかと推定できるのです。
(あくまで筆者の想像ですが)

 ちなみに、『海がきこえる』関連の資料が掲載されている『スタジオジブリ作品関連資料集IV』所収の「制作レポート」を読むと、「アニメ版」の声優はオーディションで選ばれており、特に里伽子役の決定にスタッフが苦労していたことを伺い知ることができます。
『スタジオジブリ作品関連資料集IV』


今回、拓が「芸術学部」を選んだ理由と、『アニメ版』のキャスト(声優)とアニメ『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(「CF」)のキャスト(声優)との不思議な共通点について考察しました。

次回、「補論」後編について見ていきたいと思います。


ー今回のまとめー

拓が芸術学部を選択した理由と、『アニメ版』キャストの共通点について

 拓が芸術学部を選択した理由について、具体的描写は存在しないが「作者の側の理由」と「拓の理由」という2つの視点から考えることができる。
 「作者の側の理由」として拓が芸術学部の学生に設定されたのは、担当編集者が「芸術学部」を卒業していたから。情報へのアクセスの容易さとともに、作者個人の純粋な興味があったことが設定の理由として考えられる。
 「拓の理由」として、拓が芸術学部に進学したのは、里伽子との「東京行き」で「里伽子の家庭問題」を目の当たりしたことがきっかけ。
 里伽子の父親の不倫から始まったドラマのような里伽子の「両親の離婚」という「現実」と相対するで生まれた拓の「ドラマ」への関心・興味が、「東京」の「芸術学部」への進学に大きな影響を与えたと考えられる。
 また、拓が「東京」の「芸術学部」を選択した理由も「すべては里伽子に戻ってゆく」という「小説版」の書き出し文にあるように、里伽子の影響下によってもたらされた選択であることが推定できる。
 「アニメ版」の声優とアニメ『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(「CF」)の声優は、不思議なほどかぶっている。具体的な理由は定かでないが、「アニメージュ版」連載時に人気のあり、「アニメージュ」でも取り上げられていた「CF」の存在は、何らかの形で「アニメ版」の声優決定に(潜在的な)影響を与えたことが推定できる。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。


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