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「雇い止めをなくしてほしい」 非正規公務員Kさんの声

 「会計年度任用職員」を知っていますか。
自治体などの公的職種で働く非正規の公務員です。正規職員と違って雇用に限りがあり、任期は最長1年、更新は2回まで(3年間)とする自治体が少なくありません。保育士、学童保育指導員、女性相談員などさまざまな職種に就いていますが、非常に不安定な雇用のもとで働いています

 「多くの非正規公務員は、3年ごとの雇い止めにおびえながら働いています」。秋田県の会計年度任用職員Kさんの声です。Kさんは障害者雇用枠で採用されました。そして今年3月、自身の更新期限がやってきます。もう一度履歴書を書き、応募して面接を受け直さなければなりません。受かる保証はありません。

 昨年12月31日、Kさんは雇い止めによるリスクをなくしたいという思いから、一人でオンライン署名活動を始めました。タイトルは「秋田県による雇止めリスクをなくしたい!県は総務省の通達を無視せず、県内で働く全ての会計年度任用職員の任用更新の年限を廃止してください」。それまで人権にかかわる署名活動を目にしては「署名する側」だったというKさんは、初めて「署名を呼びかける側」になりました。

 Kさんの署名ページです。https://chng.it/gYK6KTY5w7

 署名数は3211筆。Kさんは集まった署名を2月9日、秋田県の総務部長に手渡しました。また秋田県議会議長宛ての陳情書も提出しました。

秋田県の会計年度任用職員、7割が女性


 会計年度任用職員という制度ができたのは2020年4月。地方公務員法が改正され、それまでの「臨時職員」「嘱託職員」と呼ばれる非常勤職員に代わって設けられました。(※1)

 2020年度の総務省調査(※2)によると、地方公務員の「臨時・非常勤職員」は約69万4000人。このうち約9割が「会計年度任用職員」です。女性の割合が高く76・6%となっています。

総務省「地方公務員の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員に関する調査結果(2020年4月1日現在)」より

 秋田県人事課によると、秋田県の会計年度任用職員(知事部局のみ)は800~900人。全職員(知事部局)に占める割合はおよそ2割です。会計年度任用職員の男女比は全国と同様の構造で男性3、女性7と女性が圧倒的に多くなっています(※3)。なお秋田県教育委員会の会計年度任用職員(非常勤講師など)は950人。全職員(教職、事務職)に占める割合はおよそ1割です(2024年1月時点)。

 会計年度任用職員は弱い立場に置かれているにもかかわらず、正規の公務員と同様、労働三権(ストライキ権、団結権、団体交渉権を制限されています。また、民間では非正規労働者の雇用が5年以上となった場合、労働者からの申し出があれば無期雇用に切り替えられる「無期転換ルール」(※4)がありますが、会計年度任用職員は公務員なのでこのルールが適用されません。このため、雇用が5年以上になっても正規職員に転換されることはありません。

いつクビを切られるのか

 短い期間で公的な職種の担当者が入れ替わることは、県民の生活にも影響するとKさんは語ります。

 「もともと3年までという条件で契約したのだから、いまさらその内容に不服を申し立てるのは筋違いだし、そういう職業を選んだのはあなたの自己責任ではないか? そういうふうに言われるかもしれません。私はそう言われてもいいです。でも会計年度任用職員の中には、スクールカウンセラーやDV被害の相談に応じる女性相談員など、命を守る職に就いている方もいます。保育士、ALT(外国語指導助手)、ハローワーク相談員も暮らしになくてはならない仕事です。そういう大切な職種に就いている人、誰かの支援をしている人たちが、いつクビにされるか分からない環境で責任の重い仕事をこなしている。これは住民にとっても大きな不利益になると思います。そういう状況に置かれている会計年度任用職員のためにも、この署名が第一歩になればと思います」

総務省「地方公務員の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員に関する調査結果(2020年4月1日現在)」より

 「非正規公務員の7割がハラスメントや差別を経験」——。昨年11月、生活ニュースコモンズの阿久沢悦子記者が書いた記事です。

 非正規公務員の当事者や連帯する学識者などでつくる「非正規公務員voices」(https://f.2-d.jp/voices/)によるアンケートの結果、非正規公務員として働く中で差別やハラスメントを経験した人は68・9%にのぼっています。中には雇用の継続をちらつかせてハラスメントをはたらく「クビハラ」と呼ばれる行為もありました。

命を握られたら、声を上げられない

 この署名活動を通じて非正規公務員の置かれた現実を調べるうち、Kさんは「大変なことだ」と感じました。
 「最初は自分の『来年以降も働けるようになりたい』という、漠然とした思いで始めた署名でした。でも非正規公務員の多くが女性で、中にはシングルマザーの人もいます。家計を支えている人が切られたら、明日から、どうなるんだろうと。たとえば正職員に何か意見をしたことが、雇い止めの理由になる可能性もありえます」

総務省「地方公務員の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員に関する調査結果(2020年4月1日現在)」より

 Kさんは障害者雇用枠での採用でした。
「更新を決める人事評価は、根拠が不明瞭だと思っています。そして更新の可否を決めるのは正職員の人たちです。更新されなかった場合、その理由は明かされずブラックボックスです。私は発達障害があるので、額面通りに話を受け取ってしまったり、機転の利いた対応がしにくかったり、コミュニケーションが苦手な部分があります。そのような障害のある非正規公務員は余計、更新されないリスクにおびえながら仕事をしていると思います。職場に合理的配慮を求めることも、立場が弱ければできません。こうして声を上げることも、なかなかできないと思います」

「3年更新」をなくしてほしい

 秋田県は「任用の更新は2回まで(計3年まで)」と定めています。しかし総務省が2022年12月に修正した「会計年度任用職員制度の運用」についてのマニュアルを読むと、それが必須ルールではないことが分かります(※5、※6)。

〈再度の任用が想定される場合であっても、必ず公募を実施する必要があるか〉
という問いに対して、国は
〈選考においては公募を行うことが法律上必須ではないが、できる限り広く募集を行うことが望ましい。例えば、国の期間業務職員については、平等取扱いの原則及び成績主義を踏まえ、公募によらず従前の勤務実績に基づく能力の実証により再度の任用を行うことができるのは、同一の者について連続2回を限度とするよう努めるものとしている〉
と回答しています。

 また再任用について
〈再度の任用が想定される場合の能力実証及び募集についても、各地方公共団体において、平等取扱いの原則及び成績主義を踏まえ、地域の実情等に応じつつ、適切に対応されたい〉
と回答しています。

総務省「会計年度任用職員制度の適正な運用等について(通知)」問6-2より

 Kさんは「2回を超える再度の任用も可能と国は言っています。実際に3年目公募をやめている自治体もあります。勤務態度に問題のない現職の非正規公務員が更新を希望して、なおかつ人手不足や欠員が出ていないのであれば、3年目で公募を実施する必要はないはず。業務に慣れたところで3年たったらまるで使い捨てのように解雇するのは、合理性がない」と訴えています。

「声を伝えてくれてありがとう」


 2月9日、秋田県総務部長に署名を手渡した後、Kさんのもとには秋田県庁で働く会計年度任用職員の女性から「私たちの思いを伝えてくれて、ありがとうございます」という声が届きました。Kさんの署名活動を知り、励まされたとのことでした。

 非正規は声を上げられない状況にあります。雇い止めの不安や、さまざまな思いを抱えながら正職員の中で仕事をしています。「こういう形で伝えなければ、非正規の現状は分からない。可視化されないんです」とKさんは語ります。

 秋田県の2月議会では会計年度任用職員に関する一般質問が行われる予定です。県の答弁に注目したいと思います。      (三浦美和子)

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〈参考資料〉
※1)総務省「地方公務員法及び地方自治法の一部を改正する法律の運用について(通知)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000493353.pdf

※2)総務省「地方公務員の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員に関する調査結果(2020年4月1日現在)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000724456.pdf

※3)秋田県「令和4年度 職員の給与の男女の差異の情報公表」
https://00m.in/CXBwp

※4)厚生労働省「無期転換ルールについて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21917.html

※5)総務省「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル(第2版)の修正等について」別紙2の問6-2、問6-6
https://www.soumu.go.jp/main_content/000853439.pdf

※6)自治労連埼玉県本部ホームページhttps://x.gd/BlqLJ

公務非正規女性全国ネットワーク(通称:はむねっと)ホームページ
https://00m.in/AmvKY


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