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政治不信の時代の再来に 土井たか子さん没後9年で思い出した言葉

社会民主党党首で、衆議院議長も務めた土井たか子さんが亡くなって9年が経つ。亡くなった時、私は新聞記者で、土井さんの選挙区だった兵庫県西宮市の支局に勤めていたため、12月初旬に市内のホテルで開かれた後援会や支援者による「お別れの会」を取材した。晩年は勢いにかげりが見え、落選も経験したが、それでも根強い「おたかさんファン」で会場は熱気に溢れていた。
(余談だが、後援会幹部に俳優の堤真一氏のお母さんと生瀬勝久氏のお母さんがいたこともこの時知った)

1986年、社会党委員長就任当時の映像

会場では、土井さんが女性で初めて日本社会党委員長に就任した1986年当時の映像が流れた。私はその演説の言葉を9年前に書き留めていた。政治とカネの問題が取り沙汰されるこの年の瀬に読み返して、「ああ、何も変わっていない。でもあきらめちゃいけない」という気持ちを呼び覚まされた。
もちろん、40年近く前の土井さんの演説の時ほど、男女の二分法では物事を語れなくなっている。男性にも筋を通す人はいるし、女性にも男性規範に飲み込まれた「ダメなヤツ」はいっぱいいる。それでも、1945年まで女性には選挙権がなかったということが、どれほど無力であったことか。土井さん自身も軍国少女として育った。神戸大空襲で家を失い、医師である父を手伝って、黒焦げになった人の背中に油を塗ったり、手足の切断に立ち会ったという。その体験がのちに、平和憲法を守ろうという信念につながったときいた。
女性が自分の意見を言えず、人生を選べなかった過去に根差し、「選挙権がある今の女性は奮起せよ」と促す土井さんの言葉は、だからこそなお、強い訴求力を持っているのだと思う。

以下、再録する。

共に生きていくこと、お互いが人間らしく生きること


「先の戦争の時、女性に選挙権はなかった。女性たちは男たちに従って戦争への道を進むしかなかった。いま、私たちは戦後の憲法の下で選挙権を得て、もっともっとしっかり物が言えるようになっていくのではないかと思います。
女性であるが故に絶対に粘り強い。
女性であるが故にウソは大嫌い。
女性であるが故に汚職なんていうものを許すわけにはいかないという、キレイな気持ちを持つ。
女性であるが故にいったん始めたことは『うるさい』と言われてもやめない。
正しいと思ったことは貫く。
権威であるとか地位であるとか名誉であるとか、そんなものは要らない。
共に生きていくこと、お互いが人間らしく生きること。
これがね、いつだって大事な問題であるということを、私は女性の実感と共感の上に作っていきたいなと思っているんです。
女性は色んな問題を抱えたまま、今日まで生きてきました。その問題を解決する道を、これからの生き方の中にしっかりと反映させていきましょう」

今日も政治とカネの問題で国会は大荒れ。うんざりするようなニュースが続くが、背筋を伸ばし、あきらめないで私たちの可能性を語り続けよう。
               (阿久沢悦子)

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