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"最初の読者"からの置き手紙 その一

伊川さん、志村さん、こんにちは。
ことばの本屋Commorébi(こもれび)の店主・秋本です。

今回、お二人の往復書簡を提案し編集者的な立ち回りをしている私ですので、本来ならこのような形でお手紙を書くのはふさわしくないかもしれません。
ですが、お二人のお手紙を"最初の読者"として拝読しているうちに、私も何か書きたくなってきてしまい、分不相応を承知でこのように「置き手紙」を書いている次第です。

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伊川さん、素敵ないろは歌をありがとうございました。
「私にはどうしようもない、到底力の及ばない内容を、まるで自分がどうにかしなければいけないような思いに浸ってしまい、頭の中を言葉が駆け巡っていました」という状況について、自分自身も同じような思いをすることがあるからか、読みながらまるで自分が伊川さんになったかのような錯覚に陥りました。だからこそ、いろは歌のきっかけになった「ライ麦畑」を目にしたときの「ああ、大丈夫だ。」という伊川さんの言葉を目にしたとき、私の気持ちもなんだか楽になったのでした。ふと呼吸が楽になった感じです。

そして肝心のいろは歌ですが、「ん」を入れる前後の変化には目を見張るものがありますね。実ははじめ読んだときには(さらりと読んだこともあり)、そこにある大きな変化にきちんと気づけませんでした。ですが、二度、三度と読み直すうちにようやく気づき、気づくと同時に胸が高鳴りました。あまりに「奇跡的な出来事」でしたので。
「ん」という一見すると無力な、そのたった一文字が、歌の中に風まで生んでしまう――。言葉というのは本当に面白いものですね。改めてそう思いました。

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志村さん、ウィットに富んだ(「エスプリの効いた」と表現した方が適切でしょうか)お手紙をありがとうございました。
ミニマルペアのお話は、私が2018年の7月に語学塾こもれびで体験授業を受講した際に志村さんが紹介してくれたトピックでしたので、印象深いものがあります(言語学に興味がある私の意向を汲んで、「体験授業は言語学のお話などいかがでしょう」と提案してくれたこと、とても嬉しかったです)。
「ワインと風呂は、フランス語の宇宙ではミニマルペアになる」という表現、とても良かったです。私の場合、こういうときは「フランス語の世界」と言いたくなりますが、「宇宙」という言葉を選んだのはなんとも志村さんらしいなぁ、と思ったのです。世界よりも宇宙の方が、なんだかロマンチックですしね。

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ところで話は前後しますが、この「宇宙」という言葉を見たときに思い出したことがありました。それは、伊川さんが「ほんやのほ」を始めるにあたって書いた以下の記事にも「宇宙」が登場していた、ということです。

本って星だからね、本屋って宇宙だからしょうがない。そういうわけで、わたしは小さな小さな宇宙こと、本屋「ほんやのほ」をはじめます。ご存知のとおり宇宙はひとりでにできるものではないので、わたしもあなたもあの人もこの人も一緒に変化し続けていきたいです。

フランス語も宇宙、本屋も宇宙。その二つの「宇宙」は必ずしもすべてが同じではないかもしれませんが、どこか重なるところもあるはずです。もしかしたらアプローチは異なれども、お二人ともその重なった部分を見ているのかもしれないなぁと、お二人のお話を聞いたりお手紙を読んだりしていると思うのです。

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さて、そんなお二人のお手紙を読んでいて、思い出した曲がありました。
志村さんには「また中島みゆき氏ですか…!」と呆れられてしまうことと思いますが、どうか勘弁してください。

1994年にリリースされたアルバム『LOVE OR NOTHING』の中に、「風にならないか」という曲がありまして。
伊川さんは私と同じく中島氏の曲をお聴きになるようですから、既にご存じかもしれません。志村さんは先日「BPM75が好き」とおっしゃっていましたが、この曲のBPMを測定してみたら70くらいだったので、テンポ的にはそうお嫌いではないことと思います。そして何より、なかなかにドラムの音色がフィーチャーされたアレンジなので、その点もお嫌いではないかもしれません(ちなみに調べてみたら、叩いているのはかの青山純氏でした)。

以下に、歌詞のリンクを貼っておきますね。

この曲のAメロ、というのでしょうか、歌いだしの部分の歌詞がとても好きなのです。

むずかしい言葉は自分を守ったかい
振りまわす刃は自分を守ったかい
降りかかる火の粉と 降り注ぐ愛情を
けして間違わずに来たとは言えない
自由になりたくて孤独になりたくない
放っておいてほしい 見捨てないでほしい
望みはすばしこく何処へでも毒をまく
やがて自分の飲む水とも知らないで

これを聴くたびに、「あぁ、自分のことだなぁ」と思うのです。
つい「むずかしい言葉」を使って身を守ろうとしてしまったり、一人にしてほしいと「自由に」なることを望むときもある一方で誰かと一緒にいたいと「孤独に」なることを恐れたり。

で、この曲の"結論"は

もう風にならないか
ねぇ風にならないか

なのです。ままにならないこの身を恨むのではなく、風になるという選択。

今回のお二人のやりとりでは、「風」が一つのキーワードでした。

――お二人があけたそれぞれの「抜け穴」を吹き抜ける風は、私自身なのかもしれない。ふと、そんなことを思いました。

これからのお手紙も楽しみにしています。
急に寒くなりましたので、お二人ともどうぞお身体にはお気をつけて。

それでは。

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