【第626回】『天使と悪魔』(ロン・ハワード/2009)

 ヴァチカン市国、教皇の逝去により、人々が悲しみに暮れる中、教皇の分身である「漁夫の指輪」をハンマーで叩き割る侍従カメルレンゴ(ユアン・マクレガー)の目には涙が滲む。サン・ピエトロ大聖堂、担ぎ出された教皇の晴れやかなお顔を一目見ようと集まった数万人のカトリック教徒たち。マスコミのカメラはゆっくりと階段を降り、数十人の枢機卿たちに担ぎ出される教皇の亡骸の映像を全世界に配信していた。バチカン宮殿内のシスティーナ礼拝堂に物々しく集まる聖職者たち。新たな教皇を決めるコンクラーヴェ(教皇選挙)が始まろうとしていた。一方その頃、スイスにあるセルン研究所では、欧州原子核研究機構が先端技術を使い、「反物質」と呼ばれる核物質の生成に成功。長年、研究に勤しんだヴェトラ(アイェレット・ゾラー)は「反物質」の発明者の父親と労をねぎらおうとオペレート室に進むが、眼球認証システムの顎あての下にべっとりとついた血。オペレート室のドアを開けた娘は、えぐられた眼球を発見する。しばし動転するヴェトラは父親の姿を確認し、びっくりして腰を抜かす。一方その頃、マサチューセッツ州にあるハーバード大学内のプールでは、宗教象徴学者であるロバート・ラングドン教授(トム・ハンクス)が25mプールを泳いでいた。そこに現れた1人の男。その手に握られたイルミナティの記号を見て確信した教授は、一路ローマへと向かう。

推理小説作家ダン・ブラウンのベストセラー小説を映画化した『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズ第2作。通称ロバート・ラングドン・シリーズとも呼ばれるミステリーは、映画では『ダ・ヴィンチ・コード』の方が先だが、小説では『天使と悪魔』、『ダ・ヴィンチ・コード』、映画化されていない『ロスト・シンボル』を挟み、『インフェルノ』へと時系列順に続く。前作ではベズ・ファーシュ警部(ジャン・レノ)に第一容疑者としての嫌疑をかけられ、無実の罪を晴らすためにソフィー・ヌヴー(オドレイ・トトゥ)と逃避行を繰り広げたが、今作ではオリヴェッティ警部(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)にイルミナティ解決の切り札として呼ばれることになる。だが『ダ・ヴィンチ・コード』でキリストは人間だったと結論付けたことにより、バチカン側からは猛烈な非難の目に晒されている。教皇葬儀後、4日から6日の間に行われるシスティーナ礼拝堂のコンクラーヴェを前に、有力な候補である4人の枢機卿が誘拐される事件が発生。秘密組織イルミナティは、かつて宗教を第一義とするヴァチカンからの弾圧により、消滅を余儀なくされた。だがその残党はヴェトラの父親を殺害し、反物質をも盗み、イタリア全土を焼き払う恐ろしい警告を発していた。前作『ダ・ヴィンチ・コード』はフランスでオール・ロケを敢行し、ルーヴル美術館内で撮影した世界初の映画になったが、今作もヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂やシスティーナ礼拝堂を始め、ローマのパンテオンやサンタ・マリア・デル・ポポロ教会、サンタ・マリア・デラ・ヴィットリア教会、サンタンジェロ城、ナヴォーナ広場などを舞台に贅沢に撮影されている。

今シリーズの旨味は何と言ってもロバート・ラングドン教授の圧倒的な記憶力と台詞回しにある。前作では両親を事故で失ったプリンセス・ソフィーにまつわるミステリーと、聖杯伝説の恐るべき陰謀をフィボナッチ数列を用いながら順番に解き明かしたが、キリスト教徒ではない我々にとっては何が何やらさっぱりわからなかった。ラングドン教授とリー・ティービング(イアン・マッケラン)のやりとりの説明を聞いても今ひとつ理解出来なかったが、今作はカトリック教徒の歴史に纏わる物語ながら、イルミナティと呼ばれるサイコ・キラーの殺人予告という単純な仕掛けに纏め、クライマックスにあっと驚く大どんでん返しを用意したことで、ダン・ブラウンの原作よりも幾らかハリウッド的なウェルメイドなサスペンスに仕上がっている。ロン・ハワードの映画はしばしば結末に向けたカウント・ダウン形式を採る。隠れた名作『ザ・ペーパー』では朝刊の締め切りまでの期限が物語を駆動させていたし、『白鯨との闘い』や『アポロ13』では食料の枯渇が死の恐怖を運んで来た。今作でも4人の枢機卿たちの殺害予告として時間が設定され、ラングドン教授とヴェトラは彼らを救うためにアクションの渦の中へ分け入る。「反物質」と呼ばれるわけのわからない物質は要するに核爆弾なのだが、核を落とした国側のフィクションとしての操作が入る。前作のソフィー・ヌヴー(オドレイ・トトゥ)ほど魅力的に感じないアイェレット・ゾラーの相棒ぶり、ロバート・ラングドン教授の元ネタとなったインディ・ジョーンズは何より蛇が苦手であるが、何より前作で折り目正しく描かれたラングドン教授の閉所恐怖症設定がないことには若干の不満が残る。だが前作でパリ市内を縦横無尽に駆け回ったカメラが、ローマ市内を駆け抜ける展開は否応なしに盛り上がる。イタリア観光映画としても十分に楽しめる1本である。

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