見出し画像

古代緑地 Ancient Green Bert 第3話 「南の森」

 南の深い森で しくしく泣いている子山伏がいました
 みなしごだった彼は山伏に育てられ その山伏が病で亡くなったのでした
 子山伏の名前はイノといいます 

子山伏泣いてる

 育ての山伏は生きているときインチキな祈祷をして日銭を稼いでいたのですが 村人はインチキとわかると冷酷でした だからずっと貧乏暮らし 

 でも 山伏の立てる法螺貝はインチキではなく素晴らしい音色でした 人々よりも山の生き物たちがそれを知っていてありがたがっていたのでした それは薬のようによく効いたのです 
 お金はなかったけど 病いを治してもらった熊や鹿や猿や雉などが常に家のそばに食べ物を置いて行きました 

 イノはそのおかげで育ったのです 

 残されたのはオンボロな掘っ建て小屋と 小さな畑それからあの法螺貝 もう一つ山伏はイノに翡翠の勾玉を残しました
 イノは法螺貝を育ての山伏のように吹きたいと思いましたが 全く鳴りません 来る日も来る日も吹いたのですが 音は出ません それで今も泣いているのです

 おや 泣いているうちに眠ってしまったようです 


小山伏 1

 イノは夢を見ました 夢の中でもイノはうつらうつらしていたのですが ふと見るとあの翡翠の勾玉が棚田の畦道を くるりん くるりんと 転がっていくのです 

 イノはそっとあとについていくことにしました 後を追って森の奥へ奥へと歩いて行ったのです 一体どのくらい歩いたでしょうか 森はすっかり深くなり 鬱蒼としています 

 やがて ちょっとした陽だまりのぽっかりしたところで 緑の勾玉はとまりました

 イノが茂みから覗いていると 勾玉は山つつじや空木や羊歯や苔に埋もれた穴の入り口へ進んだかと思うと すっと暗がりに消えて行きました 

 イノは急いで後を追い 枝垂れかかる花をかき分け 狭い入り口を潜りました 羽虫たちの羽音が一瞬ワーンとした気がしました そこはとても静かな場所でした不思議な蜜の香りがして イノはなんとも言えないうっとりした気持ちになりました 

 目が慣れてくると中は案外広く とても滑らかな壁で囲まれており 天井は高くまあるくたっぷりしています そうしてまわりから白い桃色の光が透過してくるのでした まるで揺り籠のように たゆたい 寄せては返す波の音が聞こえます 永遠とも感じられる繰り返しのリズムが 山伏の声やあのなつかしい貝の音色を揺り起こし 大きな大きな蓮の花にふっくらつつまれているようでした

子山伏

 

 いったいどのくらい時間が経ったでしょう すっかり洗われたようになって 勾玉を手に握ったまま目覚めました 鳥が梢で鳴いています 空は青くて 玉あじさいがちょっと揺れ 風がすこし吹いています 


 イノは立ちました 法螺貝を構えて息を吐くと 潮が満ちていくように法螺貝と一緒にからだが震えました 波はひたひたとなみなみとどこまでも大地の肌を這っていきます その音色に山に住むあらゆる命は喜び 共鳴して波立ちます まるで満開の桜が風に一斉に泡立つように


 イノはハッとしました 

 夢で見た明るい洞穴はこの法螺貝の中だったのです


子山伏吹く

 イノは法螺貝を下げて 山々を巡り始めました 遠くで近くで聞こえる 

 イノの法螺貝にみんなが耳をそばだて やってきてくれるのを今か今かと待っています


子山伏ラスト


^^^^^^^^^^^^^^^^^

古代緑地 第3話 「南の森」 山伏の子の物語です 3年ほど前に戸隠の鏡池で 惚れ惚れする音を立てる方に会いました 水面を走るその音色 山が鳴動し 樹々が聞き耳を立て 喜んでいた感じがしました なぜ 法螺貝なのか 僕が感知したことを 小さな物語にしてみました 彼もまた歩き始めます


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?