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いつか誰かの憐憫を誘うとしたら ①

褒められたい、ただそれだけの事である。
人と違う生き方を選んでいるのは自分自身の劣悪性に対するだらしのない諦めなのだ。
恥ずかしながら、今まで生きてきて他人に誉められたことがない。
それゆえ短絡思考であるかもしれないが、ならば人と同じ行動をしてはいけないというなんともおかしな結論に至ってしまったのだ。
どうやら勘違いの多い人間であるようだ。
あたかもどこかに切り札を隠し持ってるかのような思わせ振りな物言いである。
こういうタイプは始末に負えない。

「私はつくづくダメな人間でして。」

とニヤニヤ愛嬌振りまく様は不愉快この上ない。
身振り手振り、あらゆる一挙一動に卑しい虚栄心の影が射している。
そもそも、コンプレックスの過剰な顕示は倨傲の証、自己恍惚の裏返しである。
やんぬるかな。しつこいくらいに皮膚にまとわりついてきやがる。
いつまで安逸の内にいるつり?
待てど暮らせど。
待てど暮らせど。
あなたパンにジャム塗る時より真剣に生きてみたら?
売りたい売りたい、憐憫売りたい。
路上の石ころ蹴る様より。
何より貴族の憂悶のなかから。
正直でしょう。
目も当てられぬほどの陰惨な空気。
もう許しは請いません。
そうして僕は静かに唸っている。
緑の芝生いったいどこにある?
 
君は誰?どこから来たの?
僕ならずっと前からここに居る。
ほら、向こう岸に町があるだろう?
背景に大きな山があって。
そして見えないけどきっとあの向こうに大きな坂があるはずなんだ。
僕はそこを下って旅に出なきゃならないんだ。
ところで君、今電車が走る音が聴こえただろう?
あの電車はどこを通っているのかしらね。
いつか見たく思うんだ。
朝一番からここへやってきてあのカーブに架かっている橋の方から太陽が覗いてくるんだ。
だからあそこにはきっと何かある。
樫の木を隔てて小さな荒れ地がある。
そしてそこから小高い丘になっていて町全体を眺望できるんだ。
そこから見える4階建ての四角い校舎と細長い茶色のマンションの対角線上に緑と青の屋根が並んでいて、その向かい側に古い木造のアパートに住んでいる十歳くらいの女の子がいる。
いつもお庭でペットの犬と遊んでいる。
お父さんはスポーツシューズのセールスマンでお母さんは保険会社に勤めているんだ。
実は彼女のお父さんは理由あってしばらく家を留守にしている。
お母さんは必死に働いて娘を私立の小学校に入学させたけど、その子には友達がいなくていつも一人ぼっちなんだ。
お母さんは帰りが遅いからいつも晩ごはんはお弁当を買って食べている。
だけど、最近その子はあまりご飯を食べなくなったんだ。
けれど、いつもペットに皆あげてるからお母さんはその事に気づかないんだ。
だから僕はその子に手紙を書いて、今度一緒に晩ごはんを食べる約束をしたのさ。
きっとあの子は今日も日の暮れるのを楽しみに待ちわびている。
そう、知らない町の大きな樫の木の下で。
僕は毎日ここから朝日を眺めている。
君、今日は何日だい?
電柱に掛かった旗がゆらゆら。明日もゆらゆら。
ねえ、あの川はどうやって越えたらいいの?
遠く霞む山の端。
闇に凍える河岸の釣り船。
灰皿からこぼれ落ちた吸い殻を懸命に拾い集める作業。
どうせ捨てるんだ。
どうせ無くなるんだ。
どうせ終わりが来る。
また例によって見えないものに振り回されているようだ。
僕にとって必要なものと必要でないもの。
 
「馬鹿だねぇ、まずは体裁は必要でしょ。少なくともあって損はない。
あんたサラリーマンを肩肘ついたまま見ていられる?
それなのに変に意地張って学校辞めたりして惨めなだけでしょう。
僕はね、あんたが余りに憐れで見ていられないんだ。
なんだか頑張って死ぬことばかりに気を取られているようで。
ところで君、いつも歯を食いしばって走っておるでしょう?
あのぐらいの気力有るのなら前向きに生きる方向に使ってみたら?」
 
「生きていく気概なくして辺りをうろうろしているの。
生きていく為に勝つ。
勝つ為に生きる。
そんな簡単な事すら覚束無くなり、あれほど自分自身のなかにある“悪い蟲”と真っ向勝負を挑もうと息巻いていたのにね。
精一杯生きるっていったいどういうことなのかしら。
どこまで信念というものを貫き、どこで妥協すればいいのか。
何が正義で何が悪で…。
もうよそう。
許さなきゃ、許していかなくちゃ、許せるように努力しよう。だから……。」

また口ごもってしまった。
自分の憐憫を請う態度に呆れ、溜め息を漏らす。

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