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【有益?無価値?】原価計算の闇を骨の髄までしゃぶりつくす


はじめに

みなさん、こんにちは公認会計士・税理士・社会保険労務士の植西です。今はコンダクトという会計事務所×社労士事務所×コンサルファームで、コーポレート支援と戦略立案を行っています。

最初に自己紹介ですが、自他共に認める「領域が広くてよくわからない人」として活動しています。バックグラウンド的には、大企業の管理部門、工場現場、事業立案、スタートアップのCFO・コーポレート責任者、経営コンサル、会計士、税理士、社労士、等々の仕事が幅広くてブレブレの人生を送っています。

強いて言うなら「コーポレート・経営管理」領域の専門家と自称していて、小さいながらに動画チャンネルもやっていて、そこではバックオフィスや経営企画をテーマに発信しています。最近サボりがちですが、Xもフォロー頂ければ嬉しいです。https://twitter.com/corp_conductor

故に色々なテーマで語ることがありますが、今回は「原価計算」の深みに入っていきたいと思います。なぜこのマニアックな領域を選んだのかというと、コーポレートの様々な論点がある中で最も掴みどころのない領域の一つであり、情報が外部に出てこないテーマだからです。

原価計算:理論と実践の大きなGAP

 原価計算って、工業簿記や会計士試験で勉強する人はいますが、実務でやったことある人がどれだけいるんでしょうか?ほとんどいないんじゃないでしょうか?
そして、会計を税務/財務/管理の3側面をバランスよくやっている立場からしても、ここまで実務と教科書が違う会計領域ってないぞ!という沼と闇を感じてます。

  • 例えば、工業簿記でやる仕掛品の進捗率計算している会社なんてほぼ皆無。自分が知る限り、超バルク製品の業界くらい(石油や素材)。日本で言えば間違いなく超大手の数十社くらい。

  • 製造領域とSCM領域と配賦領域のシステムに超絶依存型で、理論上かつ実務上はシステムで指図投入・出来高報告を現場が実行するので、ほぼ全てにおいて個別原価計算が実現可能 →総合原価計算って勉強する意味ある?まずシステムの考え方・構造から理解しない?

  • 予定配賦の操業度差・能率差異分析の分解している会社って存在する?真面目にやればやるほど、各費目ごとの配賦基準・コストドライバーが増えるので、予定配賦上の差異分析項目が増えて、ただ単に管理項目が増える。木を見て森を見ずの状態になる。

  • 固定費と変動費や、間接費と直接費の違い、を明確・合理的に設定している会社がどれだけあるか?会社によって全く判断が違う。

  • 論理的な原価計算設計をしようとするほど、活動原価計算、標準原価計算、実際原価計算(予定配賦)の方式が複雑に絡み合って設計される。教科書の通りで計算ができない。

などなど、言い出したらキリがないのです。そしてこれらがディープな世界過ぎて、どの会社も伝統的なプロパーベテラン経理の方々が社内ノウハウとして大事に温めており、この課題感や論点が外にも出ていかないのです。つまり、とても閉じられた世界なのです。

出口のない迷路へと突入

ここで、原価計算といえばの、超バイブルを共有します。
一橋大学・岡本清先生の「原価計算」です。洗練されシンプルを突き詰めたそのタイトルからして重厚ですが、物理的な重厚・分厚さも恐ろしく1,000ページクラスの鈍器と化しています。
※自分の新卒時代(15年以上前)から当時の経理ベテラン達のバイブルだったので、少なくとも40年以上愛読されている本です。

原価計算

恐らくですが、この本に全ての原価計算+管理会計の【理論】は載っています。自分は新卒で工場経理をしていた時代に、この本をバイブルのように読み込み、何度となく、実務と理論を繋ぎ合わせようと試みました。「なぜ教科書はこう書いているのに、実務は違うやり方をしているのだろう?」と、数十・数百の論点で疑問を投げかけました。この本とこれだけ向き合った人間は日本で数100名もいないと思っています。

ただ、結局その理論と実践の融合の夢は叶わずでした。。。この本は、日本の高度経済成長期~バブル期までを支えた日本の製造業の原価計算ノウハウを凝縮・言語化した内容です。理論的に間違ったことは一つも書いていないはずです。一方で、それでも実務は違うのです…実務は本当に違うのです(大事なことなので2回言いました)

ちなみに私が新卒時代に在籍していて化学メーカーは財閥系の伝統企業で、モノづくりの爆心地である原価計算領域においては高度な思想が組み込まれていました。それにも関わらず、です。
そして、会計士になって監査法人に勤めてからも、監査先に行く先々では自ら進んで原価計算の内部統制プロセス監査に手を上げたり、コンサルティング会社でメーカーの原価改善PJにアサインされたり、様々な会社の原価計算を見てきましたが、理論通りに行っている会社は一つもない。いや、それどころか、あまりに自由すぎる発想で原価計算をしていて、教科書に出て来る言葉はほぼ何も使っていない、という現状がありました。

なぜ会社毎にバラバラなのか?

この問いに対して、結論めいた原因仮説を伝えます。

①会計士や税理士でも分からないブラックボックス。監査が出来ない故に、外部圧力がない。

財務会計と税務会計の視点に立つと、大体は製造原価用の勘定科目を作り、期首/期末の在庫をチェックして、PLの原価実現分とBS残高分を把握するだけ、で問題なく会計上の証明は終わるでしょう。残念ながら、遠い地方の工場現場の闇プロセスに入り込むほど監査リソースに余裕はないのです。
なので細かなノウハウが外に出ることがないのです。少なくとも会計士・税理士で原価計算を語ることのできる人材に出会ったことはなく、プロパーのベテラン経理の方々の独壇場、という訳です。

②大手上場企業のみに許された特権である

 体系立った原価計算は余裕のある会社にしか許されません。例えば、自分は事業計画もよく作りますが、通常規模の会社では、将来目線の意思決定/事業計画としてまず重要なのは、最初にトップライン側のKPIを決めて、原価側は最低限として変動費と固定費を製品グループレベルで把握することで、それで大局的な意思決定は出来ます。つまり、時間もリソースも足りない中小メーカーにとって、一つ一つの品目別の粗利把握=原価計算の優先度は下がる、ということです。
 一方、大手メーカーの現場の工場原価管理では、本当に乾いた雑巾を絞るかの如く厳しい品目別コスト管理を会計と連動して行っています(下請先を含めてです)。そしてそれを推進するもの工場経理で、現場と切った張ったのやり取りをするために、品目別のコスト積み上げが必要です。こんなことできるのは正直大手だけだなと今となっては感じます。

③あまりに現場主導な会計領域であること

原価計算の企画設計をするのは、工場経理ではありません。製造課です。製造課が、どのような製造指図入力をするのか/原材料投入し歩留管理するのか/出来高報告をするのか/稼働&人工管理をするのか、という現場実務に尽きます。
実はここにも大きなギャップがあります。会計とは本来経営者や投資家、外部ステークホルダーを第一義にしている領域ですが、原価計算は一義的にも現場を管理するための理論なのです。故に、理論≒現場主導の実務、と近接していき、元々の理論とは遠ざかっていくということなのでしょう。

原価改善・原価計算を見直すために必要な視点

このため、中からも外からも原価計算を改善するプロジェクトは非常に困難です。現場実務の理解をしながら、正解のない世界で正解を出さなければいけない。そして、その正解もトップダウンのMVVや戦略から直接的に導かれるのではないことも多い、という難しさがあり、必然的に解決すべき論点設定が多くなります。
もしこれから原価改善を行う機会が読者の方にもいれば、最低限、以下の視点を持つと良いかと思います(私の中にも確固たる正解はないのですが)

  • 原価ドライバー/原価の発生様態を徹底的に突き詰めて、細かく原価ドライバーを設定してから、その後にコスパ視点も入れて重要性の低いドライバーはダイナミックに捨てていく

  • ビジネスモデルや固変構造に合わせて、変動費と固定費のメリハリを付ける。固定費側は配賦ロジックが複雑になりやすいが、多くの場合は変動費側の詳細化の方が重要であることの方が多い。

  • とにかく教科書の理論にとらわれない。予定や実績配賦、部門別配賦、総合原価計算、という教科書上の言葉は考えない方がよい。

  • 製造現場の意見を最重要視する。理由は、普段PJアプローチにおいて、トップダウン設計から始まりボトムアップ実現を考えていきますが、ボトムアップ検討時の設計修正が圧倒的に大きいため、です。

  • 正解が見えにくい故に、議論・設計する過程自体が、現場力・数値管理力を上げている、という意識で取り組む。

最後に

思った以上に長くなりましたが、まだまだ語るに足りない分量でした。よい機会だったので、また管理会計や原価計算についても発信を出来ればと思っています。
ちょっとでも良かったと思った方は、イイねをぽちっと、お願いします。

コラム:

当時新卒時代に工場勤務をしている会社では、工場経理のことを「査業」と呼んでいました。工場現場を「審査」する「業務」であり、つまり工場長の補佐として管理会計+意思決定を行う部署です。「経理」と呼ばないのがミソで、銀行で言えば融資審査部門に近いような出世コースの一つでした。
それほどまでに工場経理=原価計算の誇りは高く、日本の製造業のプライドが表現されているなと感じたものです。

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