見出し画像

バーラティア棒術:インド武術との出会いから、その背景思想探求に至る道のり

バーラティア棒術、あるいは転法輪棒術は、インドで数千年にわたって実践され続けて来た武術的エクササイズ・パフォーマンスです。

この棒術は、自分の背丈よりも若干短い程度の一本の棒を真ん中で握って、自分の身体の周りをあらゆる方向にひたすら回していく事に特化した、不思議なエクササイズになっています。

今回の記事では、noteで既に投稿掲載が完了した『チャクラの国のエクササイズ』という、バーラティア棒術との偶然の出会いから始まる長大な物語をダイジェスト的に要約していきながら、この棒術の背後にあるインド4000年の『チャクラ思想』をできる限り簡潔に紹介していきます。

ただし簡潔にした分、詳細は省かれてしまうので、興味を持たれた方は是非、本編を通して読んでいただければ、と思います。

プロローグ

ここでは、2003年にテレビ番組「ウルルン滞在記(6月8日放送)」の中で紹介された、南インドはケララ州の伝統武術カラリパヤットで実践されている棒術の回転技を初めて見た瞬間、「これは転法輪の棒術だ!」と直感したエピソードが綴られています。

『転法輪』とはブッダが初めて説法した史実を『初転法輪:ダルマ・チャクラ・プラヴァルタナ』と呼んだ事に由来し、法の車輪は大乗・上座部を問わず、全ての仏教徒に共通する聖なるシンボルになっています。

回転する法の車輪に礼拝する:サンチー仏跡、マディヤプラデシュ州

◆第一章 インド武術を求めて

1. カルカッタの匂いと菩提達磨

ここでは、2005年11月初旬、およそ8年ぶりにインドを再訪した時の思いと、それまでの二年間で新たに仕込んだインド武術に関する情報について、主に伊藤武さんの著書「ベールを脱いだインド武術」との出会いからボーディ・ダルマ(菩提達磨)のエピソードを中心に話が展開します。
そこで焦点になるのは、達磨が南インドのパッラヴァ朝の王子で、ケララ州のカラリパヤットと同じ『ドラヴィダ武術』を継承し、それを禅と共に中国の嵩山少林寺に持ち込み弟子たちに伝授、それが中国武術の一大源流になった、という伝説です。

2. 初めてのインド武術:クシュティ

ここでは、ラジャスタン州のナットドワラという町で伝統レスリングであるクシュティの道場を訪ね、インド武術の基礎エクササイズが持つ『異質性』を、初めて目の当たりにします。クシュティについての基本情報と合わせてこのインド式エクササイズの特質が概観され、それは本書の後段で紹介されるヨーガ思想バーラティア棒術の実技とも深く関わってきます。

3. 世界最古の伝統武術:カラリパヤット

ここでは、2回にわたってケララ州の伝統武術カラリパヤットの基本情報からその具体的な稽古のありよう迄、カリカットのカラリ道場に入門弟子入りした実体験を交えて綴られます。そこでも前節で強調された『インド式エクササイズの異質性』がひとつの焦点となり、カラリパヤットとヨーガとの相関も言及されます。またここで初めて、最初のきっかけであった棒術の回転技を学び、魅了されます。

5. タミル棒術:シランバム

ここではカラリ道場で聞き込み次の目的地に選んだ、隣のタミルナードゥ州に伝わるシランバム棒術について紹介します。その歴史や実践の概要が、実際にマドゥライの道場を訪ね様々な技法を見聞きし、また自らも手ほどきを受ける過程と共に語られます。ここでも、筆者が魅了されたのはカラリにも増して華麗な回転技でした。

6. 柱上のヨーガ:驚異のマラカンブ

ここでは、マドゥライで偶然知り合ったアメリカ人研究者のエドワードに誘われてヴィルプーラムのマラカンブ道場を訪ねた様子が、マラカンブの歴史や実践の概要と共に紹介されます。その後2010年にはYoutubeにアップしたマラカンブの映像が100万ヒットを記録してバズり、世界中のメディアで放映されました。

7. アショカ大王とカリンガの戦士達

ここでは翌2006年末にオリッサ州のプリーを訪ね、様々な伝統武術を取材した様子が綴られます。そこで焦点になるのは、インドの国章にもなっているライオン・ヘッドの石柱を建てたアショカ大王によるカリンガ(オリッサの古名)戦の惨禍とその後の事績、そしてその治世の象徴ともなるダルマ・チャクラ 法の車輪 です。このアショカ・チャクラは独立インド共和国の国旗の中央にも掲げられて、インド国民統合の象徴にもなっています。
またこの地でも棒術の回転技は広く実践されており、棒とほぼ同じ技術を用いたロープの回転技も取材しています。

インドの国章、アショカ石柱のライオン・ヘッド
中央に法の車輪を掲げたインド国旗

8. 第二、第三のチャクラ

ある日プリーの町を歩いていた私は、町の象徴とも言えるジャガンナート寺院の塔頂に掲げられた車輪様のシンボルに気づき、それがヴィシュヌ神の破邪の究極兵器『スダルシャン・チャクラ』である事を知りました。チャクラ(車輪)はブッダやアショカ王のダルマ・チャクラ 法輪 だけではなく、ヴィシュヌ神の聖性の象徴でもありました。そしてその発見は、コナーラク遺跡の『スーリヤ・チャクラ(太陽神の車輪)』ヨーガ・チャクラ思想の存在へと芋づる式な連想をもたらし、チャクラ車輪というものは汎インド的に聖性を表すシンボルではないか、という事に思い至ります。またコナーラクの太陽寺院が古代戦車ラタを模したものであることなどから、このラタ戦車の重要性にも気づいていきます。

頂にスダルシャン・チャクラを載せたジャガンナート寺院の尖塔
コナーラクの太陽寺院は、その巨大な車輪の造形で有名だ

◆第二章 チャクラ思想の源流

1. ヴィシュヌ神の起源とスリヤ・チャクラ

私はプリーで出会ったヴィシュヌ神とその神器スダルシャン・チャクラの起源を求めて、インド・ヨーロッパ語族最古の聖典文献『リグ・ヴェーダ』へと遡り、そこから引用される様々な賛歌の中に、インド三大神格『トリムルティ』の一人であるヴィシュヌ神の原像とチャクラ思想の起源を探っていきました。
そこでは具体的な賛歌を引用しつつ、ヴィシュヌ神が本来太陽の光照作用を神格化したものであり、その周回運行の様子が『回りゆく車輪』に例えられて称賛されていた事実が明らかになります。同時にヴィシュヌは、広く世界の全てに遍く浸透し、天と地を支える神としても称賛されており、この『天地を支える』という特質は、後にチャクラ思想全体を貫く核心へとつながっていきます。
加えて、ヴィシュヌ神に対する『回りゆく車輪』の投影と重なるものとして、シュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドの中で原初における世界の創造『回転する車輪』に喩えられ、他の二大神格であるシヴァ・ブラフマンの顕現として称えられている事実も参照されます。
このヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマンというトリムルティの最高神「この世界の創造展開・運動を回転する車輪に重ね合わせる」という共通文脈によって称えられている事実は極めて重要です。
また一方では、太陽が天空を移動する様子がラタ戦車(馬に引かれた古代戦車)に乗った太陽神スーリヤとしても称賛されており、聖なる車輪の原像はこのラタ戦車の車輪にあったのではないか、と焦点が絞られていきます。

七頭の馬に引かれたラタ戦車にのるスーリヤ・ナラヤナ:英Wikipediaより

2. 進撃する軍神インドラとラタ戦車

ここでは、同じリグ・ヴェーダの中でその4分の1の賛歌が捧げられ、主神格とも目されるインドラに注目しました。彼は駿馬に牽かれた黄金のラタ戦車を駆り、先住民である肌の黒いダスユ(ダーサ?)を征服し、その富をアーリア人に分け与える軍神でした。

馬に引かれた戦車、およびそれらのカルトと関連する儀式は、インド・イラン人によって広められ、馬と馬に引かれた戦車はインド・アーリア人によってインドに導入されました。リグ・ヴェーダでは、インドラは強い意志があり、雷で武装し、戦車に乗っていると説明されています。
(自動翻訳)

Wikipediaより

続いて、リグ・ヴェーダに登場する神々の多くもまた同じラタ戦車に乗って駆け巡るイメージで称えられている事実を参照しつつ、「リグ・ヴェーダを生み出した『インド・アーリア人』の生活の中で、ラタ戦車(及びその車輪)というものがいかに重要な意味を持っていたか」という点に、焦点が絞られていきます。
インド・アーリア人とはBC1500〜1300年前後に西方からインダス川流域に侵入した外来民族であり、その前後にリグ・ヴェーダも成立している事から、このラタ戦車こそが、侵略の原動力ではなかったか、という仮説が立てられます。
インドにおける聖チャクラのシンボルは第一にスポーク式車輪であり、このスポーク式車輪を履いたラタ戦車を駆るインド・アーリア人の起源へと関心が移っていきました。

3. シンタシュタ・アルカイム遺跡の車輪都市

インド・アーリア人の起源を求めてたどり着いたのが、現在のロシア南部を中心に広がっていたアンドロノヴォ文化でした。シンタシュタという村で、史上最古と言われるスポーク式車輪を用いたチャリオット、古代ラタ戦車が発見されており、それはリグ・ヴェーダの時代を700年も遡る紀元前2000年頃の事だと言われています。

スポーク車輪付き戦車の普及は、初期のインド・イラン人の移住と密接に関連している。既知の最古の戦車はシンタシュタ文化の埋葬地で発見されており、この文化は旧世界全体に広がり、古代戦争で重要な役割を果たした技術の起源の有力な候補であると考えられています。

Wikipediaより

アンドロノヴォ文化を担った人々は、人類最初の木製スポーク式車輪の開発者だと認定されています。それ以前の車輪が板を張り合わせて円盤状に作った鈍重な物だったのに対して、スポーク式は軽く、高いバランスと剛性を誇る画期的なテクノロジーでした。それは我々人類の文明に革命を起こした、最も偉大な発明のひとつだと言われています。
そして正にこの古代スポーク式車輪こそが、現在に至るまで引き継がれているインドにおける『聖車輪=チャクラ』思想のルーツでした。
ここでは、特に印象深いアルカイム『チャクラ・シティ』についても併せて紹介しています。

アルカイム「車輪都市」の復元想定図 alchetron.comより

4. インダスの印章と「チャクラ文字」

ここまで紹介してきたのは、全て外部からインド亜大陸に侵入したアーリア・ヴェーダの民族に関するものでしたが、それに対して、インド先住民たちは『チャクラ思想』にどのような役割を果たしたのでしょうか。そのひとつの可能性として私が注目したのが、インダス文明において多数発見されている凍石製の印章でした。そこには多くの印象的な文字列や絵柄が彫り込まれており、その文字の中に6本スポークの車輪に見まがう様な円輪放射のチャクラ文字が存在しました。
また絵柄の中にはあたかも坐禅瞑想している様な人物像も複数存在しており、私はこのインダスに起源を持つ『坐の伝統』チャクラ文字こそが、インドの聖チャクラ思想のもう一つの源流ではないか、と仮説を立てました。

インダスの印章に刻まれたほぼ真円で美しいチャクラ文字(右上):Harappa.comより
瞑想するヨーギが刻まれたインダスの印章:デリー博物館

◆第三章 チャクラを掲げる者はインドを制す

1. クリシュナの台頭とインドラの失権

ここでは、ヴィシュヌ神と同一視され、スダルシャン・チャクラを掲げて台頭する先住民由来のクリシュナと、アーリア文化に由来しかつては最高神格に近い形で崇められていたインドラの没落を描きます。クリシュナの人気を決定づけた国民的叙事詩マハバーラタの一章『バガヴァッド・ギータ』の中で、戦士アルジュナの御者に扮しラタ戦車を駆使するクリシュナの姿も印象的です。
また、この古代インドにおける侵略者アーリア人と先住民との関係性を、近現代における西欧白人勢力『発見された有色人種』との関係性に重ね合わせ、歴史的な考察を行っています。

ラタ戦車の御者としてアルジュナを支えるクリシュナ:Srisathyasai.orgより

2. ブッダの転法輪とアショカ大王

ここでは、本稿のメインテーマである『転法輪』の大本となったゴータマ・シッダールタ・ブッダの修行と成道、そして布教に至る道筋を、より詳しく紹介し、ブッダの法輪こそが、インド史上初めてブレイクした『聖チャクラ』の嚆矢ではないか、と指摘し、仏教に帰依し同じ聖チャクラを掲げてダルマの治世を目指したアショカ大王の事績についても深掘りしています。このアショカ王の偉業は仏典を通じて古代日本にも伝わり、聖徳太子にも大きな影響を与え、国造りの思想的なバックボーンともなっています。

3. 大いなること車輪の如き蓮華輪

インドでは蓮の花が古来より聖なる花として尊ばれ国花にもなっていますが、この聖蓮華と聖車輪の『同一視』について、アショカ王に始まり紀元前後に栄えた仏教ストゥーパ文化における『蓮華輪』や大乗経典に見られる「大いなること車輪の如き蓮華」という記述などを参照しつつ論じていきます。

車輪と蓮華が融合した『蓮華輪』メダリオン:バルフート出土、インド博物館、コルカタ

この聖車輪と蓮華との同一視は、やがて須弥山世界観から蓮華蔵世界観への流れにつながっていきます。

4. 聖別する蓮華輪とヨーガ・チャクラ

ここでは前節で紹介された蓮華輪と神仏像が背負う『光背』、さらにこれも聖化のシンボルである『傘蓋(チャトラ)』や神仏が座す『蓮華座』との重なりを順に紹介し、続けて聖化するシンボルである蓮華輪がヨーギの体内に取り込まれてヨーガ・チャクラ思想を生み出した流れを概観していきます。
その果てに、瞑想の深みにおいて自らが霊的装置である祭場・寺院と化したヨーギが、クンダリニーと言う神気に全身を貫かれ全てのチャクラ蓮華輪が開いた瞬間、正に臨在する生きた『神を宿す寺院』となる、そんなヨーガ行道の奥義を紐解いていきます。

頭頂のサハスラーラ・チャクラがひと際目立つヨーガ・チャクラ図。チャクラはヨーギの体内に構築された階層結界の蓮華輪だ:17世紀ネパール

5. ブッダ VS クリシュナ

ここでは同じように聖チャクラを掲げて台頭したブッダとヴィシュヌ・クリシュナのライバル関係に焦点を当て、この二つの突出した宗教キャラクターを対比させることによって「何故仏教が最終的にインドでは滅びたのか?」という問いに思いを馳せます。その中で、南インドにあるヴィシュヌ派第一級の聖地ベンカテシュワラワラ寺院において「聖チャクラがヴィシュヌ神そのものであるご神体として祀られている」事実が紹介されます。
本節はこの本の主題からは若干離れますが、一仏教徒として、筆者には思い入れの深い部分です。

車輪のご神体を沐浴させる『チャクラ・スナーナム』:ヴェンカテシュワラ寺院の冊子より

◆第四章 展開するデヴィ・シャクティ

1. 吉祥文様と招来されるラクシュミ女神

ここでは、前章でメインテーマとなった『蓮華輪』が、タミルナードゥ州を中心とした南インドでどのように受容され発展し、コーラムランゴーリなどの吉祥文様として花開いていったかが紹介されます。そこでのメインテーマは、おそらくは先住民ドラヴィダ文化に由来する、女神の『デヴィ・シャクティ』蓮華輪との重ね合わせです。

ナタラージャ寺院床に描かれたカラフルな吉祥チャクラ紋様:チダムバラム、タミルナードゥ州
ラーマナータスワミ寺院の回廊天井のチャクラ文様:ラーメシュワラム、タミルナードゥ州

2. 影の最高神『デヴィ・シャクティ』

前節の流れを受けて、南インドを中心に全土を席巻した、ヒンドゥ教の隠れ最高神とも言える『デヴィ・シャクティ』と、それを象徴する『シュリ・チャクラ』について紹介します。この女神の生殖力に対する信仰は、実はヨーガ・チャクラ思想のバック・ボーンともなっており、そこでは女神のクンダリーニ・シャクティが解脱への推進力として働いています。
このシュリ・チャクラ図の起源としては、先に紹介したシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドの一説が有力視されており、そこでは車輪世界『コスミック・チャクラ』の主役が男性神シヴァ・ブラフマンから女神へと転じています

蓮華輪に囲まれ無数の三角が輻輳するシュリ・チャクラ・ヤントラ

3. 踊るシヴァ神、ナタラージャの秘密

ここでは、タミルで創造されヒンドゥの思想を高度に体現する完成されたバランスと美しさを持ったブロンズ彫刻の傑作として、全インド美術の画期となっている炎のリングに囲まれて踊る『シヴァ・ナタラージャ神像』、その背後に隠された『チャクラ思想』について深掘りしていき、並び立つヴィシュヌ神やブラフマン神、更にデヴィ女神との関係性についても論じていきます。
そこでは、インダスの六放チャクラ文字と合わせて、シュリ・チャクラと同様シュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドの詩節が重要な意味を持ち、「宇宙世界の創造・展開が『車輪の現れ、その回転』になぞらえて、一者なる至高神の『御業』に帰せられ称えられている」という車輪世界観が、高度に洗練され様式化された造形として顕現したのが、このナタラージャ像である事が示唆されます。

コスミック・ダンサー、ナタラージャ・シヴァ

4. タントラ・シャクティの台頭と仏教の衰退

ここでは、南インドで顕著な女神のシャクティに対する信仰の背後にある『タントラ思想』について紐解き、この『タントラ・シャクティ』が仏教の衰退とどのように関わっていたのか、という視点で考察を進めていきます。
これも本論からは若干離れますが、筆者にとっては思い入れの深い内容になっています。
そこで明らかになるのは、出家して性と生殖を捨て孤独の中で修行にまい進し、それを弟子たちにも継承させたブッダと、伴侶を持ち性愛を謳歌するクリシュナやシヴァとの鮮烈な対比構造でした。
後半では、このタントラの派生であるインド密教を受け継いだチベット仏教において、チャクラのシンボリズムがどのように展開したのかも参照しています。

華麗な装飾を身にまとい女たちに囲まれて踊るシヴァ神:エローラ石窟、マハラシュトラ州
美しい牧女たちと戯れ舞い踊るクリシュナ
タントラ・シャクティへの過度の傾倒を示すミトゥナ像:カジュラホー、マディヤプラデシュ州

◆インタールード

1. 土壇場の暗転~どん底からの再生

2. ガンディ翁と聖なるダンダ

ここでは、2007~2008年春にかけてのインド現地取材の最終盤において勃発した盗難事件の顛末と、その流れの延長線上にもたらされた、これまで気づかなかった全く新しい視点について、マハトマ・ガンディがその手に持つ一本の棒『ダンダ』に焦点を当てて考察していきます。
そこでは、彼が常に手にしていた棒が、決して単なるつえではなく、誇り高き再生族の証であり、清く正しいインド農民の象徴であり、自我を放擲して神を求める行者の証であり、同時に、ダルマ秩序&正義の守護者としてのヴィシュヌ神ラーマ&クリシュナが持つ、聖なるダンダだったことが示されます。

ガンディ翁が手に持つ一本の棒、ダンダ

◆第五章 チャクラ思想の核心

1. 車輪の中心にあって、それを転回せしめる車軸

前節の『ガンディー翁とダンダ』の流れと接続する形で、ここでは偶然出会った『新幹線0型車両の輪軸』をきっかけとしてシヴァ・リンガムが輪軸をベースとしているのではないか、と気づかされ、『車輪存在』への本質的な洞察から『世界の車軸なる神』というコンセプトを得ます。そこから発展して、あらゆるインド思想の根底には『車輪世界とそれを中心で支える車軸神』という『セントラル・ドグマ』が存在するのではないか、と思い至ります。

シヴァ・リンガ(中央)は車軸でありヨーニ(円盤)は車輪

2. 法輪の中心にあって、それを転回せしめるブッダ

前節の流れを引き継ぎ、ここでは『車軸としてのブッダ』という観点から様々な事実関係を検証していきます。「ブッダが法の車輪を転じた」と言うならば、ブッダは主体であり車輪は客体であり、両者は別個のものです。そして車輪を回転させる主体として相応しいものとして、その中心を貫き支える車軸の存在が浮上してきます。
それを踏まえた上で、古代インド仏教の主要アイコンであるストゥーパ(仏舎利塔)とその付随的なシンボルたち、そしてもう一つのアイコンであるアショカ石柱(スタンバ)について、『輪軸』というコンセプトから紐解き、考察していきます。
中でもストゥーパの内部中心に仏舎利(ブッダの遺骨灰)から「生える」形で立ち上がる『軸柱』は、その円輪基壇を車輪とした時の車軸であり同時にご本尊としてのブッダであった可能性が高く、それは日本の五重塔建築における『心柱』へとつながっていきます。

法輪の回転をその中央で支える車軸こそがブッダ:サンチー、マディヤプラデシュ州
ストゥーパ内部の軸柱はご本尊としてのブッダ

3. 万有の中心にあって、それを展開せしめるスカンバ

ここでは、前節のスタンバの延長線上に『万有世界の支柱スカンバ』の思想が紐解かれます。このスカンバはカーラ(時間)や呼吸と共にアタルヴァ・ヴェーダの中で原初の一者ブラフマンとして称えられており、ここに『車軸としてのシヴァ、ヴィシュヌ、ブッダ、ブラフマン』という平行思想あるいは「重ね合わせ」が見えてきます。
その背後には、「それが車軸であれ傘や槍の柄であれ、ダンダと呼ばれる棒は巨大化させればスタンバすなわち柱になる」という単純な事実がありました。

ヴィシュヌ神の神威を象徴するガルーダ・スタンバ

4. 世界の中心にあって、それを展開せしめる須弥山

本章これまでに詳述された『輪軸思想』の延長線上に生まれた『須弥山の世界観』について紐解いていきます。これはスメルあるいはメル山の名で汎インド教的に共有されている伝統的な世界観で、そこではあたかもシヴァ・リンガムの写しであるかの様に、車輪なる世界と中心車軸なる須弥山が活写されていました。
更に探求を進めていくとシヴァ・リンガムを始め、第四章「影の最高神デヴィ・シャクティ」で登場した女神のシュリ・チャクラ仏教ストゥーパが、このメール山と重ね合わされていた事実が明らかになっていきます。

シヴァ・リンガムと構造的にぴったりと重なるジャイナ教のメール山:アジメール

5. 蓮華の中心にあって、それを展開せしめる花托

第三章第3節「大いなること車輪の如き蓮華輪」における『車輪と蓮華の同一視』を前提に、前節の須弥山世界観と重なる形で展開したのが『蓮華蔵世界』の思想でした。そこでは世界の中心に聳える須弥山が蓮華の中心にある『花托』と重ね合わされ、花托と同じ盃型(逆ピラミッド型)の須弥山が造形されています。
また、この蓮華蔵の世界観は直接的に仏教ストゥーパとも重ね合わされており、須弥山思想蓮華蔵そしてストゥーパの、三つ巴の相関が明らかになっていきます。

蓮華輪とストゥーパの融合形:インド博物館、コルカタ

6. 身体の中心にあって、それを展開せしめるダンダ

ここまで述べられてきた第五章全体の論旨、その車輪&蓮華世界観をそのまま身体の内部に取り込んだ・・・・・・・・・・・・・・・ものが、クンダリニー・ヨーガにおける身体観であり、そこでは背骨とそこに重なるスシュムナー・ナディが『メール山なるダンダ』として把握されていました。
このダンダは同時に、人間サイズに矮小化され内部化された『万有の支柱スカンバ』であり、大なる世界マクロコスモス小なる身体ミクロコスモスが同一視され、『人の身体は世界宇宙のひな型である』という古代インドの特徴的な思想が浮き彫りになります。
その後、「この体内のメール・ダンダを活性化させる」という事が、ヨーガやインド武術などあらゆるインド的エクササイズの核心にあることが示唆されます。

背骨に強力に働きかけるヨーガ・アサナ:By Kennguru, Wikipediaより

◆第六章 聖チャクラの国

1. 蘇るダルマ・チャクラ

1947年に成し遂げられたイギリス植民地支配からのインドの独立によって、それまで虐げられ続けた半インド教的な聖チャクラ思想は、そのシンボリズムと共に見事に復活を遂げます。その象徴が、新生インド共和国の国旗中央に掲げられたアショカ・ダルマ・チャクラでした。
そこでは、独立運動の過程でガンディー翁が象徴的に回し民衆を鼓舞した糸車の『チャルカ』が、実は彼にとってはヴィシュヌ神のスダルシャン・チャクラではなかったか、という読み筋が提示されます。
その後、独立後に活発化された仏跡の復興と共に、台頭するアンベードカル新仏教徒の運動やゴエンカジーのヴィパッサナ・ムーブメント、更にヒンドゥ教諸派の興隆など、聖チャクラを掲げる汎インド教たちが生き生きと復活していく様子が描かれていきます。

ガンディー翁が象徴的に回した糸車『チャルカ』
新生インド共和国国旗の中央に掲げられたダルマ・チャクラ

2. 神聖チャクラ帝国 インディア

ここではまず最初に、インドにおいて聖チャクラすなわち車輪のシンボリズムが歴史的にたどってきた道筋を、まとめ的に時系列で概観します。その後、チャクラのシンボリズムが宗教的な文脈にとどまらず、インド人の日常生活のあらゆる領域に、文字通りAll Pervading(世界のあらゆるところに浸透する:ヴィシュヌの二つ名)している様子を、女性の伝統的な日常着であるサリーを始め様々なデザイン意匠を取り上げながら示していきます。インドは数千年にわたって聖俗共にチャクラを掲げ奉じつつけた『神聖チャクラ帝国』でした。

明らかに車輪を思わせる装飾を付けた紀元前の女性(女神?)像:マトゥラー博物館
円輪チャクラ・デザインだらけのサリー:ハリドワール

3. インド棒術の回転技『バーラティア』

ここではまず、この物語のそもそもの出発点であるインド棒術の回転技に立ち返り、それがほぼインド全土で継承・実践されている事実を動画と共に紹介して行きます。
そしてその起源をインド・アーリア人の祖が故郷とする東欧に求め、類似の回転技法が現在でもそこに保存されている事実を、これも動画と共に紹介していきます。

上のコサックの剣の操法は、インド棒術の回転技と同じテクニックを用いており、地理的な隔絶を考慮した時、この技術的共有はアーリア人というキーワードによって初めて、説明可能になります。

終章 コスミック・ダンス

1. 人類普遍のチャクラ

ここではインドで顕著に発達したチャクラ・デザインが、実は全人類規模で普遍的に愛好されている事実を紹介していきます。それは欧州キリスト教圏、アラブ・イスラム文化圏、アフリカや南北アメリカ、オーストラリアの先住民にとっても象徴的な意味合いを持ち、主に宗教的な文脈において重用されているものでした。
後半では、特にアメリカ先住民が伝承する『ヴィジョン・クエスト』と、オーストラリア先住民が伝承する『ドリーミング』に焦点を当て、このチャクラ・デザインが非日常的なトランスの深みにおいて霊的ヴィジョンとして直感される事実を取り上げ、それがインド伝統の瞑想実践チャクラ・ヴィジョンともその根底で通じ合っている可能性に思い至ります。
その上で、チャクラ・デザインは私たち人類全ての潜在意識に刻印・共有された、普遍的な『原心象イメージ』ではないか、との仮説が提示されます。

北米チュマシュ族の車輪様ヴィジョン:By Doc Searls, Wikimediaより

2. 天地万象のチャクラ

前節の流れを引き継ぐ形で、本節では天地万象の自然界にあふれる様々な円輪放射のチャクラ様デザインを紹介し、これらの表象が人間の脳と心の進化と共にその深層に刻印され続け、それが普遍的に共有されるチャクラ・シンボルへとつながっていったのではないか、と指摘されます。
続いて、鉱物や雪の結晶、サイマティクスや水滴が生み出す波紋など、中心から円輪放射状に展開する様々な物理現象、そして究極には宇宙の始まりビッグ・バンに至るまで、中心から全方位に均等に展開する根本原理に思いを馳せていきます。
その様に天地万象の根本原理と重なる車輪という事物は、私たちが生を営み享受する、この現代文明を駆動する根本原理でもありました。車輪の回転メカニズム無くして、この世界は全く成り立たないでしょう。
そして最後には、私たち生命の活動をその根底で支えるATP(アデノシン三リン酸)の生成代謝のメカニズムが、ナノレベルの微細な車輪様『回転メカニズム』である事実が紹介されます。

ほぼ完璧な円輪放射が美しい、菊の一種アスター:Pixabayより

3. コスミック・ダンス

ここでは、以上紹介してきた『車輪存在』を象徴する技として、インドで連綿と受け継がれてきた『棒術の回転技』に立ち返り、そこで車輪を描き出す一本の棒に思いを馳せます。
そもそも一本の棒とは、私たちにとって何を意味していたのか?それはおそらく、人類が初めて手にしそれを使いこなすことによってサルの限界を突破し、ホモ・サピエンスへの階梯を上りつめる原動力となった『道具』でした。
そして、そのように日々親密な『相棒』として関係し続けたダンダの存在そのものが、実は『車輪』創造の起点になったのではないか、という仮説が提示されます。

エピローグ

ここでは、本編を通じて紹介提示された様々な事実関係やそこから生まれた仮説を前提に、それらを支持し強化する新たな三つの事実について、紹介します。
古代南インドの文人ダンディンによって書かれた詩偈、マハトマ・ガンディーの肉声証言に続き、中でも面白いのは人間存在の『誕生』に深く関わる『胎盤』のヴィジュアルでした。それは聖シンボルである蓮華チャトラ、そしてもちろん車輪の構造と完全に重なる姿形をしていたのです。それはヴェーダ思想における『宇宙原初の胎』とも重なり、そこからどのようなパースペクティブが開かれていくのか。探求はまだまだ続いていきます。

胎児とへその緒で繋がる胎盤:看護rooより
ヴィシュヌ神の臍から生じる世界蓮華は胎盤の映しか:画像はQuoraより

以上で、「チャクラの国のエクササイズ」その概要紹介を終わります。何分長大なストーリーなので大変ですが、興味を持っていただけたら是非、本編を通して読んでみてください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?