きょうの夢

断崖絶壁の坂の上から誰が見ようとも一目でただ事でないとわかる煙が立ちこめている。
その麓にはそれぞれの親族がテントをはってお祭り騒ぎだ。皆がその立ち込める煙が気になって、野次馬根性むき出しであれよあれよとロッククライミングでもするかのように断崖絶壁を登ってゆく。テントにひとり取り残された私はというと、その煙には一切見向きもせず、ただひとり取り残され、留守番をさせられているという不満が胸のうちに渦巻き思春期の少年のように暴れだしそうだった。暫くすると親族のうちのひとりが我々のテントに帰ってきた。その一瞬の隙を狙わんとばかりに私はその思春期のような気持ちの爆弾を発火させたかのようにテントを飛び出した。そして、向かった先は断崖絶壁の上だ。いにしえからこの山壁に腰を下ろしているであろう大樹や蛇のように図太いつるを頼りに必死に登った。登りきったという達成感が身体中を駆け巡り喉の上まで上がりもうすぐで声なろうとした瞬間、私は目を疑った。わたしの瞳に映ったのはすでに炎も煙などもなくただ一面に広がる焦げ茶色の人がピラミッドのようにいくつも広い運動場に列なる光景だったのだ。わたしはそのピラミッドの一番手前に目をやると、火事で焦げた人の周りに先程より野次馬根性丸出しであの断崖絶壁をかけ登った人々が人生の最後の挨拶をしているのだとわかった。すべてのピラミッドが同じ構成をなしていたのだ。なるほど、私も世話になった人がいたら挨拶せねばな、と思った矢先そこのピラミッドの中心にいた茶色の人物こそが山口さんだった。わたしはその時持っていた物、いやわたしが持つ内臓や感情のすべてを地面に落っことしそうになるほどに驚き、よろめきその一瞬で時が止まった。すぐさま山口さんのもとへ駆け寄り今までのお礼の言葉をのべるとともに握手をしようと手に触れるとマグマのように熱かった。季節は冬。これほど寒いのにこんなにも燃え上がるような体温になってしまった山口さんの気持ちを考えると大層苦しく辛いのに最期まで笑顔で優しく応えてくれてありがとうという感謝の念がわたしの両目から流れ落ちた。そして最後に、気の効いた一言をと思ったわたしの口から出た言葉は出汁を入れ忘れた味噌汁のように薄く味わいのないものだった。『山口さんがいなくなっちゃったら誰が櫻井のこといじるんですか!』それでも山口さんはいつも通りのはにかんだようなクッといった笑顔でその場を優しくつつみこんだのだ。