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長野県松本市の路地裏でフロマージュドテット ノワールのガレット

このnoteでは料理人である著者が、実際に行った心からおすすめできる飲食店を紹介していきます。
著者が大好物であるフレンチ(ビストロ系)・和食(居酒屋系)が基本ジャンルで、価格帯は¥5,000〜¥10,000ほどの食べて美味しい、飲んで楽しいお店が中心になります。
町中華やカレー、カフェなんかも紹介していく予定。
評価やレビューではなく、愛と応援を表現したいと思っています。

”ぐっとくる”飲食店はどんなもの?という問いには答えを少なくとも2つ。
ひとつは良い裏切りのあるお店。
もうひとつは高次元においてつじつまが合っていること。

人は無意識に、その店全体の雰囲気を食事の前に味わっている。

例えば何気なく入った町中華の内装が超ウッディで照明は暗めに落とした電球色、ムーディーなジャズがかかっていてスタッフは物腰柔らかそうで、静かな時間が流れるような雰囲気のお店だったらどう感じるだろうか?
恐らく、違和感と不安をおぼえるはず。
多くの人がイメージする町中華はきっと白いつるっとした壁にぺたぺた貼られた手書きのメニュー、青白い蛍光灯が煌々と輝き、おやっさんが見たいテレビがBGMがわりで、スタッフ全員が忙しなく動き回っているという姿で、その光景を目にしてから安心して餃子や炒飯を頼めるのだと思う。
これはイメージの中の町中華と実際の店の答え合わせをしているということ。

雰囲気を味わって答え合わせをし、そこから「じゃあ料理はこういう感じかな?」と予測を立てる。
その予測を上回った料理が出てきたときに良い意味で裏切られた、と思うのだ。
例えば町中華の店になぜか激ウマのスパイスカレーがある、といったような。
その裏切りは料理のジャンルだったり、価格だったり、素材同士の組み合わせだったりするかもしれない。
不安をもたらすのは悪い裏切りだけど、ワクワクをもたらすのは良い裏切り。
その時の「うわ、やられた」という感覚が嬉しくて楽しくて、私は飲食店に行っているように思う。

また、飲食店に行くと”この地のこのデザインのこの店で、この人がこの器に盛りつけたこの料理をサービスしてくれる”ということが、パズルのピースがはまった時のように、もしくは伏線を回収するミステリのように全てのつじつまが合う、どうしても「これでしかありえない」という店に出会うことがある。

それを”高次元においてつじつまが合っている”と言いたい。

そういう店は矛盾がないから心地が良く、いるだけで嬉しくなれるのだ。そしてそのつじつまには”良い裏切り”すらも内包されている。

しかし難しいのはつじつまの要素を具体的に明文化できるわけではないところだ。
味覚と同じく個人の感覚なので、他人と共有できるものでもないのかもしれない。
店側の努力や、外的要因も関わるのでタイミングによるところも大きいだろう。

なので「高次元において」という前置きが必要だと思うし、そしてだからこそそういう店と出会ったときの喜びが計り知れないのだ。


前置きが非常に長くなりましたが、長野県松本市の路地裏にこの裏切りとつじつま共にビタビタに満たしてくるお店を見つけました。

(2023年5月28日来訪)

ご夫婦(恐らく)で切り盛りされているビストロ、トロワさん。
料理は旦那さん、サービスは主に奥様が担当されていますが、おふたりとも人当たりが良く笑顔が素敵で、サービスはきびきび説明は的確。
「この人に任せたいな」と感じるものがあったので、食事内容ははお店のおすすめのものにすることに。


ドリンクはナチュールが中心。
その日によって開いているボトルが違うので、どんなものを置いてあるのか尋ねます。
基本はフランスのものが中心で、他の国のワインも少しというラインナップのよう。
この日は泡2種、白4種を紹介され、赤は肉に合うものを決め打ちで持ってきてもらったため1種のみ確認。
皮ごと漬け込む濁り系のワインが何種かあったので、店として推してるのは少し変化球ぎみなナチュールなのかなと推測しました。

この日のワインの地方とブドウ品種ですが、泡はジュラのシャルドネとアルザスのミュスカ、白はアルザスのピノグリ、オーストリアのグリューナーヴェルトリーナー、ロワールのシュナンブラン、オーストラリアのゲヴュルツ。
基本的にはさっぱりめの味わいのものが多く、濁り系でも食事を邪魔しないものが多そう。


そして食事。
いただいたのは
・オードブル盛り合わせ
・新玉ねぎ、新ニンニク、新生姜、新じゃがのポタージュ
・フロマージュドテット ノワールのガレット グリビッシュソース
・仔羊ランプ肉のロースト
でした。

オードブルは11種盛り合わせていただいていて、野菜5種、肉5種、ケークサレという構成。

この盛り感はテンション上がるやつ…!


自家製パンも大きさと厚みがあり、外はしっかり焼いてあるけど中はしっとりとした好みのタイプ。

そしてさすが「肉系が得意」とおっしゃっていただけあり、前菜からして手の込んだタイプの肉料理がたくさん。

写真下の牛スネ・スジ・タンのテリーヌは、日本の家庭で食べるような牛肉と牛蒡の煮物のオマージュなのかも、と考えて楽しくなります。
鶏もも肉に具を詰めて巻いて蒸し、薄切りにして作るガランティーヌは外は鶏・中身が豚という他人丼的な合わせ方に驚いたものの、ごくシンプルな塩味で肉のうまみを立たせていて引き算の美味しさを感じた。
信州産の肉厚椎茸にはバジルのペーストを合わせていて、意外なマッチングを発見。
オレンジ風味のキャロットラペとカシス・ラム酒が入った白レバーペーストはフルーツの味わいによりこの皿を飽きさせないアクセントになっているし、
酸味・辛味・旨味・食感などがとりどりで、この一皿でもうすでにトロワさんのファンになっていました。


次にいただいたポタージュは新玉ねぎ、新ニンニク、新生姜、新じゃがを使ったこの時期ならではのもの。
2日前に登場したばかりとのことで、この4つの「新」が重なる時季にしか食べられない貴重なスープです。
新物を使っているから、ポタージュなのにフレッシュさを感じられる。
玉ねぎとじゃがいもの優しさの中にある生姜のピリッと感が心地いいです。


3皿目はロマージュドテット ノワールのガレット グリビッシュソース
これは料理好きからすると好奇心をくすぐられて仕方なかった”良い裏切り”のひと皿です。

まずフロマージュドテットというのは直訳すると「頭のチーズ」でして「えっ、グロ系?」と思われるかもしれませんが、豚の頭肉を煮込んでテリーヌ型に入れて豚自身のゼラチン質で固める、和食でいう魚の煮こごりの豚バージョン、と言えるような料理です。
テリーヌ型で固めた形がチーズのようなので、フロマージュという名前がついたという説があるようです。
通常は冷菜としていただきます。

それをトロワさんでは焼いて提供している、と。

しかもブーダンノワール風にアレンジをしているというもうひとつのワクワク裏切りが。
ブーダンノワールは直訳すると「黒い腸詰め」。この”黒”というのは豚の血を使った黒い色のこと。
これもまたグロ系ではなくて、フランスでは料理をする上で素材を全て使い切る、という考え方があります。
先出のフロマージュドテットは豚の頭を丸ごと煮込み、可食部である肉や溶け出たエキス・ゼラチンまでも全て含んだ料理ですし、
ブーダンノワールはソーセージなので肉だけではなく腸も使い脂も使い、そして血までも入れて豚の全ての部位を使い切ります。
血を入れても臭みなどは全く無く、旨味が感じられるのが特徴です。

フロマージュドテット×焼き×ノワールという掛け算。これはもうオーダーするしかなかったです。


外側はがっちりと焼き固められ、中の肉はよく煮込まれたほろほろ食感のコントラストが楽しいです。
食感だけ例えると、しっかり焼いた厚揚げの中にしぐれ煮が入っているような。

このメニューはさらにグリビッシュソースがいい仕事をしていて、要はマヨネーズ抜きのタルタルソースのようなものなのですが、ハーブの香りと白ワインヴィネガーの酸味をしっかり立たせます。
フロマージュドテットは食感にコントラストがあるとはいえ味はわりとまったり系なので、ソースに酸味をきかせることで飽きずに食べ続けられるんですね。



最後に頼んだメインの皿が仔羊ランプ肉のロースト。
めちゃくちゃ綺麗なロゼ色。レアに仕上げて肉汁が含まれたぷるぷるの肉質。
ごろごろっとした根菜も数種ローストされており、食べ応えかなりあります。
ソースは黒胡椒ソース。辛味と香りが肉に合うのよ…。

合わせてもらった赤ワインも個性的で良かったです。

フランス、ロワールのLaurent Herlin(ローラン・エルラン)のFrostman。
タンニンはそこまで感じないのですが赤いベリー系の苦味と酸味。
くっきりとした味わいのワインで、少しクセのあるラムの香りと合う…。


店内にはバーカウンター的な席もあり、お酒のみの利用もできるそうです。
今回色々な偶然が重なりたまたま行けましたが、このお店のために松本に通いたいと思えるレベル。
必ず再訪したいと思います。

※店舗情報、メニュー内容、価格は来店当時のものとなっております。

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