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僕らの地球④「すてきな心のつくりかた」

砂利が敷かれた庭を挟み、筍が発する瑞々しい成長の香りを、そよ風が竹林から運んできている。

竹林に面した広い居室からは、サラサラと紙がこすれるような音とともに、子供のささやき声が聞こえている。

 

ここは、若先生の自宅兼仕事場であるが、今日は地元の子息令嬢が習い事をしに来る日であった。若先生は書を通じ、彼らにものの理(ことわり)や心の理を教えている。

 

さて、今、子供たちが集まっている居室には、とても大きな食卓があり、それを取り囲むように、小学生から中学生まで10人ほどの子供たちが書をしたり、答案用紙に向き合ったりしている。

若先生は彼らの傍を見て回りながら、そっと語りかけ指導している。

そうして、時計をのぞき込み、そろそろ時間であることを告げた。その声を聞き、課題を提出した子供たちは、それぞれ当番の掃除場所に散っていった。

移動していく彼らの様子を感じながら、若先生は、腕組をし、竹林を眺めた。その背中は、武道で鍛え上げられとても大きい。

若先生は、竹林から渡る風の中で、成長の息吹を深く吸いこみ、しばらく瞑想しているのだった。

そろそろ子どもたちの掃除の様子を見に行こうかと思ったころ、目立って華美な令嬢二人がやってきた。二人はこの春、高学年になったところである。

「先生、わたくしたち、今日は何をすればよろしいんですの?」

「君たち、何もしていないの?」

「ええ。先程から誰からも声をかけていただけないものですから。仕方なく二人でおしゃべりしていましたの。」

「それは悪いことをしましたね。今日から私の書斎の整理という役割があったはずですよ。」

下働きをしていた弟子の娘二人が、それを聞き、

「あっ!うっかりしておりました。お伝えしておりませんでした。申し訳ありません。」

「仕方ありませんね。これからお連れして下さい。」

「かしこまりました、先生」

令嬢たちに向かって

「申し訳ありませんでした。そのようなわけですので、本日からこちらのお部屋の整理をお願いします。ここは先生の書斎です。」

令嬢たちは大切な役割に選ばれたことに喜んだ。

「ええ、もちろん。やらせていただきますわ。」

早速、弟子たちに用意してもらった布巾やゴミ箱を持って書斎に入り、机の上の整理から始めようとした。

机の上には、貝殻が散らばり、内側にそれぞれ文字が書いてあった。

一人の令嬢がそれを手に取った。

貝殻の内には「おそれ」と書いてある。

「あー、なるほどね。対比する言葉を選ぶのね。これには、勇気が必要なんだったわね。」

そういって「勇気」と書いた貝殻があることを確認した。次は「恨み」。

「あーこれは、愛と寛容が必要なのですわ。」

令嬢たちは学問で習ったことを復唱しあえ、楽しくておしゃべりを繰り返した。

「憎しみ」。

「愛ですわ、愛。美しい愛。」

「嫉妬」。

「これも、寛容の精神が必要なのですけど、尊敬と努力とおっしゃっていたようですわ。」

「いずれの重い心も、いけませんわ。」

「そうですわ、持っていてはいけませんわね。」

「そのまま持っていると、その波動の未来が作られるのですから、変えていくことが大事なんですものね。」

令嬢たちは、前に習って成績優秀だった懐かしさも加わって、随分おしゃべりに夢中になっていた。そればかりか、「恐れ」「恨み」「憎しみ」「嫉妬」の貝殻をゴミ箱に入れてしまった。

その間に、他の子息令嬢たちは当番の掃除を終えて、終わりの会も済ませ、みんな帰ってしまった。

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