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#17 シャイな男たち

私はリゾート地のBig Bear Lakeから離れ、東に向かいました。東に575kmって普通に書いているけど、東京から盛岡間が543kmくらいなので、それより遠いということになります。でも、アメリカで運転しているとそれくらいの距離なんて、どうってことないのです。不思議です。


私は、東へ進んでいた。Big Bear Lakeから私の目指すアリゾナ州フェニックス(Phoenix)は、約360マイル、つまり約575kmほどある。別に急いでフェニックス入りする必要はない。今夜は、この区間の丁度真中に位置する、カリフォルニア州ブライス(Blythe)という小さな町へ泊まることにした。ブライスはカリフォルニア州とアリゾナ州の州境にある。州境だけに、限りなくアリゾナ州に近いこの町では、昼間はあまり外で人を見かけない。外をぶらつくには暑過ぎるのだ。ちなみに、フェニックスの夏は、暑すぎるためシーズンオフだ。

大通りには、数軒のモーテルが建立していた。安いモーテルもあるが、そういう所はそれなりの人が泊まっているので、安全とは言えない。とりあえず、町の治安がよくわからない時には、支店の多い、大きなモーテルを選ぶのが安全である。それなりの値段はするが、安易に安宿に泊まってトラブルに合うよりはマシである。

私は、インド人が経営するモーテルに宿を決めた。大きなチェーンモーテルのリストに載っている宿だ。

カウンターには、若く、黒髪の美しい娘が立っていた。その横には、これまた美人の母親が立っている。私が "Hi" と挨拶すると、娘ははにかんだ笑いを浮かべて奥の部屋へと隠れてしまった。母親は、私に喫煙ルームがいいか禁煙ルームがいいかと聞いてくる。出来れば、禁煙ルームがいいです。母親はカチャカチャとレジを叩くと、禁煙ルームの方のキーを私に差し出した。この時点で、母親の愛想は極めて悪い。

駐車場を横切って、部屋へ行く。駐車場の真中には、誰も入っていないプールがあり、プールの周囲には、数本のヤシの木が植えられていた。2階の部屋から、黒人の男が「ヘイ! 日本人かい!?」と声をかけてくる。そいつを適当にあしらって部屋に入る。部屋はキングサイズのベッドに、簡易シャワールームが付いていた。白いシンクの脇に、白いタオルが積み重ねてある。清潔な部屋である。この部屋で、一晩32ドル。決して安い方ではない。しかし、ロビーのコーヒーは飲み放題ときてるし、インターネットにアクセスするためにもう一つのモジュラージャックが用意されているし、簡単だが無料の朝食も付いている。コストパフォーマンスは良い方だ。

部屋で少し落ち着くと、私は早めの夕飯を食べに出かけることにした。今日はランチを抜いて走りつづけたおかげで、お腹がぺこぺこだ。日はまだ高く、9時近くまで夜は訪れないはずであった。部屋のドアを開けた。暑い。カンカンと乾ききった暑さだ。カーテンを閉めていなければ、室内の冷房も効果がないほど暑い。

私はロビーへ行き、さきほどの母親に近所に安いレストランはどこにあるのかと尋ねた。お腹にたまるもので、あまり高級ではないところがいい。例えば、中華レストランなんてあるかしら?

「このモーテルの前の大通りを西に向かってしばらく行くと、右手に中華レストランがありますよ。高くはありません」

と教えてくれた。相変わらずお母さんは愛想がない。ここは、お母さんの顔をたてて「インド料理」を尋ねるべきだっただろうか。

「その付近にビールを買えるようなお店はありますか?」

こう聞くと、母親の顔が一気に不信な表情へと変わった。

「ちょっと聞くけど、あなた、おいくつなの?」

へ?あ、あの…29歳であります…。

「え! 本当に!? 私はてっきり娘と同じ歳くらいだと思ってたのよ。娘はまだ16歳なんだけど、その歳で旅回りなんておかしいと思ってたの。あらあら、そんな歳だっただなんて。家出じゃなかったのね

にっこりと微笑む母親。
私の身なりがあまりにもみすぼらしくて家出少女と間違えられたのだろうか。いや、これほど豊満な私(かなりきついウソ)を見て、16歳と思うあなたがおかしい。私は顔にシワはないが、年齢相応の貫禄が滲み出ているはずだ。

家出少女の汚名を返上できた私が、ロビーのドアを開ける頃には、インド人のお母さんはすっかり愛想が良くなり、"Have a nice dinner!"(良いお食事を!)とまで言われてしまった。先ほどとは打って変わった態度である。

私が目指した中華レストランは、モーテルから西に5分ほど走ったところにあった。外から見たところ、店中のカーテンが閉まっていて、営業しているのかそうでないのかはわからなかった。よく見ると、『OPEN』の看板が出ている。本当に中華レストランなのかなぁ? 見た目は日本の床屋である。

不安な気持ちで、ドアを開ける。ドアの前はカウンターになっていた。右手には、4人の白人客と中国人の店員が雑談をしていた。私が店に入ると、5人がシンと静まった。私はそこから2、3離れた奥のテーブルに着いた。私が座るまで、4人の白人は私を目で追っていた。

「いらっしゃい」

50代そこそこの男性が中国訛りの英語で声をかけてきて、テーブルの上にお冷とメニューを置いていった。彼はそのままキッチンに入ってしまった。ドアの側に座っている4人の男性は、皆40代半ばくらいに見える。皆、野球帽をかぶり、着古したTシャツを着ていた。しばらくすると、彼らの会話の続きが始まった。町の噂話だ。私はその会話になんとなく耳を傾けながら、メニューを開いた。メニューのほとんどがアメリカ人向けのものだった。酢豚やエビチリの類だ。メニューの後ろのほうには、アメリカンメニューと称してステーキやサンドウィッチも載っていた。ガッカリである。私は中国人が食べる、本物の中華料理が好きなんだよー。ブラックビーンズで味付けしてある炒め物とか、カリカリに揚げた豚肉とか、そういうのはないわけぇ?

しばらくすると、店のオヤジが注文を取りにきた。私は、オヤジに好みの味を言って、それでご飯が食べたいと伝えた。オヤジは黙ってメニューの上から5番目辺りを指差した。じゃあ、それにするよ。とにかくお腹が空いてるんだ。

中華料理は旅人の味方だ。5ドル程度でかなりのボリュームの食事が楽しめる。いろいろな野菜も入っているし、中国茶なども飲めるところがあって私は重宝している。マクドナルドで食事をしたって5ドルはかかる。それだったら断然中華料理のほうがおトクだ。食べ切れなかった分はドギーバック(お持ち帰りの箱)に詰めてもらって、翌日食べることも出来る。実に経済的だ。

オヤジがアツアツの皿を持ってきた。私が注文したものは、肉野菜炒め醤油風味だ。野菜の汁がなみなみと注がれた皿の中に、もやしとキャベツがホタホタになって湯気を上げていた。大きめに切られた豚肉は柔らかく、濃い味付けで飯が進む。私は素早く、このおかずの量なら、ご飯3杯はいける、と計算した。

一杯目を平らげた。おかずはあと、半分以上は残っている。おかわりをしようと後ろを振り向いた。4人のテーブル客が反応する。オヤジは厨房で仕込みをしていて、こちらを向いてもくれない。私は声を張り上げた。しかし、私の声はオヤジに届かない。もう一度声を上げる。やっぱり、オヤジには聞こえないようだ。

「おい! キース!!」

テーブルの4人が同時に声を上げた。野太い4人の男の声には、さすがのオヤジも気が付いた。
男たちが「な? このとおりだよ」と肩をすくめた。サンキューと私が言うと、

どういたしまして

と、4人が同時に軽く右手を挙げた。
そして、さりげなく町の噂話に戻った。

私はオヤジに2杯目のご飯を注文した。すぐに、白いご飯が運ばれてくる。4人の男がそれを眼で追っていた。

私はご飯3杯計画を断念することにした。まだまだ食べられるのだが、あの4人の男の前で3杯目のご飯を注文するのはどうにも躊躇われた。私はご飯なしで、余ったおかずを平らげた。お水を飲んで一息をつくと、私は会計をしようと、オヤジのいる厨房を振り返った。4人の男が即座に反応して「キース! 会計だよ!」とオヤジを呼んでくれる。

アメリカでは、テーブル会計のところが多い。デニーズのようなファミリーレストランの中には、レジ会計のものもあるが。

オヤジはお金を受け取りながら「ここは暑いだろう」と聞いてきた。4人の男が会話をやめ、こちらを振り向かずに我々の会話に全神経を集中させているのがわかる。

「昨日までちょっと涼しいところにいたんですけど、ここは本当に暑いですねぇ」

と受け答えると、ふふんとオヤジが鼻で笑った。これからどこへ行くんだい? フェニックスかい? と聞いてくる。

「アメリカを一周するの。この町の次にはフェニックスへ行くつもりだけど、その後もずっと東へ向かうつもり。その後、北へ行って、西へ行って、南へいって、ぐるっと回るのよ」

"Holy cow! "(こりゃぶったまげた!)とオヤジは言った。

「この次、お前さんがここを通るときは、ここは涼しくなっているだろうよ。今度はもっと涼しいときにおいで」

朴訥(ぼくとつ)としたオヤジだったが、最後にはニカッと笑ってくれた。

私は席を立った。4人の男の会話が止まる。男たちのいるドアの方へ行くまで、彼らは一言も話さず、私を見るわけでもなく、さりげなさを装いながら、沈黙を守っていた。私が彼らの横を通過する時、彼らは "さりげなく" 4人同時にこちらを向いた。

私は、Byeと男たちに言った。

男たちも、Byeと手を挙げた。

私は車に乗りこむと、今来た道を戻らずに更に西へ走ってマクドナルドへ直進した。お持ち帰りでフィレオフィッシュとポテトとアイスティを注文だ。だって、ご飯2杯じゃ足りなかったんだもん。

モーテルに戻るとき、さっき食事をした中華レストランの駐車場を見ると、停まっていた4台の車はなくなっていた。

(つづく)


家出少女と間違われた私。あの後、ホテルのお母さんはとても優しくしてくれました。
田舎町はとかくニューフェイスに敏感です。小さな街なら、なおさらです。日本人など見たこともない人たちが普通にいます。いつものメンツ、いつものバー、定番のおかず、季節ごとにやってくるイベント…そんな中で幸せに生涯を終える人もいるのだなぁと今更ながら思います。アメリカくらい大きな国になると、そういう人は日本人よりも多いのでしょうね。

さて次回は、変な身なりのおやじに絡まれるの巻です。お楽しみに!

#ビールを買うのに #何度も年齢確認されたものです #今は確認してくれるのは #コンビニのレジくらいです

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