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湖畔で哲学するの巻

当時の自分の抱えていた疑問の解を、今の私は知っています。そして、当時から結婚するつもりがなかったことや、子供が欲しいという欲求がないまま、それでも自分が獲得してきた知恵を誰かに受け継ぎたいという気持ちがあったことを今更ながら確認し、ああブレてないなと思いました。

私は幸い、私の知恵をたくさんの生徒さんに受け継いでいます。そういう意味で、私の欲求は満たされています。というか、生徒さんは私の子供のような存在です。おじさんであっても、マダムであっても、みーんなみんな私の子供達です。

文中に無人島について書いてますが、後に私は本当に無人島に暮らすことを計画するためにいろいろ調べました。でも、無人島で暮らす人達はみんな早死してしまって、そこでの暮らしは蚊に刺されるほどのことも命取りになるような大変な生活だと知り、断念しました。

さて、今回の日記で私は将来について思いを馳せています。当時の私と似たような年齢の人はみんな同じことを考えるのではないかと思います。


昨日は宿にこもりきりだった。だから、今日は散歩に出よう。美しいWanakaの湖畔をずっと歩いてみよう。

いいお天気だった。宿を出てしばらくすると、大きな湖に行きあたる。腹ごしらえを済ませた私は、何枚か上着を着込んで外へ出た。うーん、冷たい空気。スキーが出来るくらいなんだもんなぁ。寒いはずだよ。

湖には、鴨達が空から勢いよく水しぶきをあげて水の上をスライドしている。湖の水は澄んでいて、鴨が泳いでいる影が湖の底でゆらゆらしているのが見える。キラキラ光る水面を眺め、湖の向こうの山を眺める。山の頂上から少し低いところで、白い雲が横にたなびいていた。さて、歩こうか。

てくてく湖畔を歩き始める。辺りは誰もいない。静かだ。鳥の声さえ聞こえない。私が足を踏みしめるたびに、枯れ木がパキッと割れる音がする。目の前に、私の息が白くあがる。私、どこまで行くのかな。特に目的地はない。ずっとずっと歩きつづけると、どこへ行くんだろう。この湖を一周してみると、どれくらい時間がかかるのかな。そんなことを考えながら歩いていると、背後から背の高い男性が通り過ぎて行った。

「あ、あの。この湖を一周したとしたら、どれくらいかかるんですか?」

男性が振り返った。そして、くすっと笑うと、

「さぁ? 3日間くらいかなぁ?この湖は、ずっとずっと向こうまで続いているんだよ」

ありゃりゃ。恥ずかしい。そんなに大きな湖だったのか。まぁいいや。気持ちがいいから、歩きつづけよう。私は歩きつづけた。大きな木の影で日が当たらない土に、霜がはっている。本当に寒いんだなぁ。

かなり歩いたところで、湖沿いにベンチを見つけた。日が当たっていて、気持ちがよさそうだ。私は腰を下ろした。目の前の湖に、空と山が逆さまになって映っている。きれいだなぁ。静かだなぁ。私は大きく伸びをして、その景色を見つめた。周囲に人はおらず、背後の道路の向こうには民家が立ち並んでいるけれど、やはり静かだ。私は湖に映る山の姿を見ながら、なんで私は旅をしているのかな、と考えた。そして、自分の夢を考えた。夢、将来、伴侶。めぐる思いは尽きない。

あなたの夢ってなんですか?と聞かれたら、私は即座に答えることが出来る。何かを書きつづけること。旅に出る前は、何が書きたいのか、言葉に出来なかった。でも、旅を続けるうちに、私の本当に書きたいことや求めていることがクリアになっていった。自分の夢をたずねられて、答えられないというのは哀しい。夢がなければいけないというわけではない。ただ、私は、夢を叶えるということを忘れて、日々のルーティンにすっかり身をおいて、些細な不安に脅かされることもなく、歳を取りつづけていく人生を送りたくはなかったのだ。

私も若い頃は、やろうと思っていたのよ

こんな言葉を若い世代に言うような大人にはなりたくなかった。同じように、夢を叶えられなかったとしても「やってみた。でも失敗した」と言ったほうがカッコイイ。そうだ。私は書くために旅をしているんだ。それがどんなことよりも一番大事なことなんだ。いつか、満ち足りた気持ちで自分の人生を振り返りたいもの。でも、満足な人生とわがままな人生ってどう違うんだろう。わがままな人生でも、同じように満ち足りた気持ちになるんじゃないかな。私はわがままだったりしていないかな。わがままっていうのは、欲しいがままに生きているってことかな。だとしたら、そこに成長はないということか。同じ満ち足りた人生でも、成長出来た人と出来なかった人で、わがままだったかそうでなかったかがわかってしまうのかもしれないな。

私が人生でいろいろと学んできたことを、いつか自分の子供に伝えたいなぁ。ああ、そうだ。私はいつか、母親にもなりたいんだなぁ。ちょっと待て。母親になるってことは、父親が必要だってことだぞ。私の子供の父親になる人は、やっぱり私の将来のパートナーとなってもらいたいものだなぁ。でも、私のライフパートナーは、私にとって完璧じゃないと困るなぁ。特に結婚したいとかって気持ちはないから、完璧な人が見つからなかったら、結婚なんかしなくていいや(お父さんごめんなさい)。一生独身で、一生旅人っていうのもいいな。うん。そしていつか、無人島に自給自足で暮らすんだ。いや、無人島じゃなくてもいいな。人里離れた森の中で、家畜と野菜を育てながら暮らすんだ。でも、無人島には行ってみたいんだ。誰かと結婚することがあったら、ハネムーンは無人島と昔から決めている。無人島で、テントを張ってパートナーと一緒に過ごすんだ。協力しなくちゃ生き抜けないし、初めての二人の共同作業が、無人島での生活だなんて、素敵だもん。

私の思考は、ついに夢のまた夢にまで及び、収拾がつかなくなって、止まった。

空に浮かぶ雲の形が、先ほどとずいぶん変わっていた。
ずいぶん、長い時間ここにいたんだなぁ。そろそろ帰ろう。

その夜、私はビールとワインを買って帰って、のぞみさんと深夜遅くまで飲んで酔っ払った。

(つづく)


この頃の私は「物書き」を目指していました。ニュージーランド滞在中にその夢はあっさりと叶い、帰国後も不本意な内容ではあったものの「書く仕事」には就けていました。その後「歌手になる」というもう一つの夢にシフトチェンジをしてから、あれよあれよと言う間にジャズ歌手として生活できるようになってしまいました。

今の私は当時思っていた「なりたくない大人」にはなっていません。当時考えていた以上に理想の大人になっているかなと思います。そして、この先も私は時代の変遷とともに、変化と成長を続けたいと思っています。

ところで、最後の行に出てくる”のぞみちゃん”とは今でも付き合いがあります。名古屋Blue Note出演の時にも、大阪(だったかな?)のライブの時も応援に駆けつけてくれました。この頃の彼女はスキー選手を目指すと同時に似顔絵屋さんになりたいという夢を持っていました。現在の彼女はバリバリの登山家です。似顔絵は?と尋ねると「そんなこと言ってたねー!」と大笑いしていました。彼女からすれば、物書きを目指していた私が歌を歌っているのは不思議なことなんだと思います。私からすると、のぞみちゃんが登山家となったのはすごく納得です。似顔絵屋になるのは、老後の夢としてとっておいているのかもしれません。

#あなたの夢はなんですか #家畜と野菜を育てながら暮らす #そのはずが夜の街でスポットライトを浴びることに #でも野菜は育ててる #家畜はまだ #ヤギとかどうだろう

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