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#16 いろんな人

前回までのお話はこれ 。

今から25年くらい前にメグ・ライアンが出演する映画『You've got a mail』がロードショーされました。この映画で、かつて世界がいかにアナログでインターネットに接続していたかという光景が垣間見られます。
ほんとにね、ちょっと田舎に行くと、インターネットなんかやっている人間はオタクか変態と思われていたこともあるのです。ネットなしでは生活も出来ない今となっては、信じられないお話です。

当時の私は、常にネットに接続して旅日記をアップロードしていたので、ネットなしでの旅なんて考えられませんでした。何せ、親に定期的に連絡しない代わりに、ネットで私の旅日記でも読んでてくれってことになってたので、私にとっては大事な近況報告ツールでもあったわけです。この日は、しばらく連絡をサボっていたのでメールを出さねばならないことになっていました。


Big Bear Lakeでの宿は居心地が良かった。しかし、インターネットに接続できないという問題があった。電話のジャックが重たいベッドに隠れているのである。電話側のジャックは回線がそのまま電話の中に組み込まれているような形になっていて、ジャックどころの話ではない。しばらく考えたあと、私はこの電話の中身を覗いて見ることにした。大体、回線がそのまま電話の中に入りこんでいるのが気に入らない。その中はどうなってるんだ?しかし、電話機の中身を見るにはドライバーが必要だった。

夕食の前に、私は街までドライブがてら、どこかでドライバーを購入することにした。そうと決まったら、さっそく行動だ。もうすぐ日が暮れる。それまでに宿に戻ってこなくちゃ。私は、ロビーの女の子にこの辺りについて尋ねてみた。金髪をポニーテールでまとめたキャシー中島似の彼女は、この辺りのレストランや雑貨屋について親身になって答えてくれた。あまりに親身なので、親身ついでにインターネットについて聞いてみた。他の人はどうやってアクセスしているのかしら?

「えええー…この宿ではそういったお客様っていなくって…。ちょっと待って、支配人に聞いてみますから」

しかし、支配人は冷たかった。

知らないね

と、まるで変態でも見るような目つきで私を見る。おいおいおいおい、まさかインターネットやコンピューターを扱っているというだけで変人って決めつけてるんじゃないんだろうなぁー!! ニュージーランドの田舎ではよくある扱いだった。しかし、ネット大国おアメリカまでもが…。彼にとっては、外も出歩かずにPCの前でカチャカチャやっていることが理解できないのである。そしてここはリゾート地。リゾート地までPCを持ってきているなんて、頭おかしいんじゃないかー? ってな具合なのである。まぁ、こちらの事情はまったく知らないから仕方がないか。私は今夜、絶対に父へメールを出さなくてはいけなかった。だって、前日に「メールを出す」って約束しちゃったんだもん。出さなかったら心配するよ。

しかし、街ではサイバーカフェの需要も少なく、かつては2軒あったサイバーカフェも、今では両方ともつぶれてしまったという。

キャシー中島似の彼女は若かった。彼女にとって、インターネットは身近な存在だ。私が困った風だったのを気遣ったのか、支配人の失礼な態度を詫びたかったのか、彼女はその後、懸命になって接続方法について調べてくれた。

「もしもし? あ、私よ。ねぇ、あなたインターネットについて詳しかったわよねぇ? インターネットに接続したいっていうお客様がいるんだけれど、どこかで接続出来る場所はないかしら?」

なんと、個人的な友達まで使って調べてくれている。キャシー(仮名)、本当にどうもありがとう。しかし、やはりこの辺りには接続出来るような場所はないということだった。彼女はすまなさそうにこちらを見たが、いきなり"ひらめいた!"という表情をした。

「従業員室にもインターネットに接続出来るPCがあるんです。そこからアクセスしてはいかがですか?」

ええ、いいの? そんなところに部外者が入っちゃって。

「いいのいいの。どうぞ中にお入りください」

そうウィンクすると、彼女はカウンター内に通してくれた。

従業員室には、デスクトップ型のPCが1台あり、本体には電話回線が差し込まれていた。私は彼女に、宿には何もコストがかからない旨を伝え、アクセスポイントへのフリーダイヤルを提示した。彼女は気にも留めない様子で、「終わったら教えてね」と言って、その場を立ち去った。犯罪の多いアメリカで、ここまで人を警戒しないことってあるんだろうか。私は彼女の親切に感謝しつつも、驚きは隠せなかった。

手早く用事を済ませると、彼女に丁寧にお礼を言って私はその場を立ち去った。ありがとう。本当に助かりました。ありがとう。

彼女にチップをあげるべきだっただろうかと気が付いたのは、私が街に出るために車を動かしたときだった。でも、あの場でお金を渡したら、せっかくの彼女の親切が陳腐なものになってしまうような気もした。こういう世界で本当の感謝の気持ちを伝えるのって難しいな。

私は街の中心となる道路を走っていた。道路沿いには、マクドナルドやKFCが灯りをつけている。しばらくすると、左側に大きなKMart(日本で言うダイクマみたいな大型の雑貨店)が見えた。既に薄暗くなってきていたので駐車場はガラガラだった。

私はそこで、プラス型のドライバーを探した。日用雑貨、おもちゃ、ペットフードなどが立ち並ぶ棚を横目に、ドライバーを探す。ドライバー、ドライバー。ドライバーは何コーナーに置いてあるのかな。その時である

ややや! これは、ダイエット剤じゃないかっ! "ファットバーナー" とか、"スウィートカット!" などと書かれた小箱やプラスティックボトルが所狭しと並んでいる。私は躊躇せずにそれらをわしづかみにすると、スーパーのカゴへ投げ込んだ。さー、レジに行こうと歩き出したとき、レジの手前の棚でドライバーが目に入った。ああ、私、これのためにここへ来たんだっけ。私は一番太いドライバーを選んでカゴに入れた。

ホテルに着くと、さっそくドライバーを使って、電話機の留め金を外してみた。

電話機の中を見ると、回線はそのまま数本の回線に別れ、精密な部分にハンダ付けされていた…。え? これだけ? 私、これのためにドライバーを手に入れ、おまけにダイエット剤まで買っちゃったわけ?

私よ、一体何を期待していたのか。何かのドラマのように、その中に盗聴器でも設置されていることを夢見ていたのか。

私は電話機を元に戻すと食事に出かけた。近所に"Buffet"(バイキング)と張り紙のしてある、モンゴルレストランを見つけたのだ。モンゴルかー。どんな料理を出してくれるのかなぁ? あー、お腹空いた。いっぱい食べようっ。

ドアを開けると、プンとエスニックな香りが鼻をくすぐった。客はいない。店内はモンゴルというよりは、中華レストラン。ガラス越しの焼き場には、丸くて平らで大きなテーブルのようなものから湯気がたっているのが見えた。この店では最初に豚、鶏、牛、ラムから好きなものを2種類を選び、好きな野菜を食べられる分だけ皿に盛った後、好みのソースを選んで調理人に手渡すシステムになっていた。調理人は例のスチームの出る平らなところで、肉と野菜を炒めてくれるというわけだ。席に座ると、ちょっと小太りの中国人っぽい青年が水とお絞りと前菜を持ってきた。前菜は、甘いバーベキューソースのかかったスペアリブと、ワンタンの揚げ物、そして揚餃子だった。私がもそもそと前菜を食べていると、まだ店が暇なのか、青年は私のテーブルのところまでやってきた。

「日本人でしょう?」

そうです。日本人です。

「すぐわかったよ。どこから来たの? ここへは旅行で?」

えーっと。この手の質問に答えるのはちょっとやっかいである。なぜなら、私は日本人であるが、ニュージーランドからの旅立ちだ。とは言うものの、ニュージーランドに移民しているわけではないし…。話が面倒になるので、ロスから来たんだと答えた。

「アメリカ人(移民)なの? ロスに住んでるの? 僕もロス出身だよ!」

いやいや、移民じゃないんだよ。日本に住んでるんだけど、ニュージーランドを旅して回って、その後そのままアメリカに来たんだ。アメリカ中を旅するつもりなんだよ。

「いいなぁ。僕も一度、アメリカを旅したいって思ってるんだ。アメリカに住んでいながら、旅したことはないからね。でも、なかなか出来ないよ」

やりたいなら、実行すればいいと口が滑りそうになったが、言わなかった。彼らには生活があるのだ。生活を保ちながら、やりたいことをやるというのは本当に難しいことだと言う。何かを犠牲にしなくてはならないからだ。しかし、「生活があるから」「お金が必要だ」「時間がない」というのは、出来ないことへの言い訳に聞こえることがある。今の私には、会社生活も、お金も、時間も、あまり重要なことと感じていない。無職であっても心もとなさを感じることはなかったし、お金は必要だけれど必要な分あればいいし、来年は30歳だとしても、結婚や出産について焦りを感じることはなかった。私は私だ。私が私であることで、自分を開放することが出来る。足かせも、自分を縛る縄も、実は自分自身なのである。それをイヤと思うこと、窮屈に思うことは、自分の中からやってくる。解決できない感情は、環境に転化されやすい。環境は、連綿と織り成してきた自分の行いの結果だ。原因と結果は、今この瞬間の結果までずっと繋がっているし、それは一本の糸ではなく、一枚の布になっている。そして、それを織り上げているのは、まぎれもなく自分自身なのである。私は何をやってるの? 何がやりたかったの? 言い訳をしている自分に気が付いたとき、私は自分に問い掛ける。自分が自分自身に囚われないように。自分の人生は、自分が作り出すものだ。出来れば、後悔などしたくない。

「いつか旅に出るべき時がくるわよ。本当にそうしたいなら」

そう私は答えた。

「僕はレイモンド。君の名前は?」

偶然だが、レイモンドは私と同じ歳であった。既に、妻を得ている。守るべき人がいるから、思いつくままには生きられない。それも真実なのだろう。私にもいつか大切な人が見つかったら、今の考え方が変わるかもしれない。同じ歳なのに、同じ世界なのに、私達は違う次元に立っているような気がした。

その後、モンゴル風肉野菜炒めを、レイモンド自らがアレンジしてくれた特別ソースで舌鼓を打った。白いご飯が進むこと進むこと。一気に3杯も食べてしまった。

またもや苦しくなるまで食べてしまった私。先ほどとは打って変わって、無口に店を後にしたのだった。

(つづく)


つくづく思うのですが、この頃の私、常に小難しいことばかり考えてません? いや、そういうお年頃だったのですね、きっと。

でも、今でも出来ないことのいいわけはしたくないなって思って生きてます。よく「出来ない理由より、できる理由を考えたほうがいい」と私は言いますが、この頃からそんなふうに考えていたのだなぁと我ながら感心します。

さて、次回の舞台はアリゾナ州です。
そこで私は、ホテルの人から思いがけずに冷たい態度を取られます。いったい、それはどんな理由があったのでしょう?

お楽しみに!

#小難しい若者 #姉からよく理屈っぽいと言われてた

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