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#19 ついに天変地異が!

暑くて暑くて溶けそうなアリゾナの夏。私はスケールの大きなスコールを目のあたりしてテンションが上がってしまうのでした。


夏のフェニックス(Phoenix)は、シーズンオフだ。そう、それを忘れていたわけではなかった。

私は、暑く照り返すアスファルトの街をぐるぐると運転していた。この辺りに、宿泊先として予定していたユースホステルがあるはずだった。背の高いフェニックスが幾本もそびえ立つこの通りを、一体何べん通ったことだろう。私の助手席には、ユースホステルガイドが置かれていた。役に立ちそうにもない簡単な地図がそこに載っている。ガイドでは、フェニックスのユースホステルのことを山小屋風でとても居心地がいいと絶賛していた。耳の遠いおばあちゃんがマネージャー代わりで、昼下がりにはお話し相手になってくれるというのも魅力的だった。小さなキッチンが付いているので自炊も出来る。私はまだ、旅を始めてから一度も自炊をしていなかった。一泊、12ドル。もう、「ここしかない!」というくらい、私はユースへ宿泊することに燃えていた。

ようやくたどり着いたユースホステルの入り口で、若い男女のカップルがうつむきながら外へ出てきた。ユースホステルは、緑で覆われていて、庭には大きな穴が掘ってあった。その若いカップルを尻目に、私はユースホステルの庭を覗きこんだ。Native American風のおばあちゃんが、「ごめんなさいねぇ…」と言っていた。え? ま、まさか。

「今まではこんなことってなかったんだけど…」

え、え、え? 何? もしかして、休館?

夏の間は休館だってさ

カップルの男性の方が教えてくれた。まじかー。当てにしてたのになー。ガイドには一年中営業って書いてあったぞー。今年から変更になったのか? とにかく他に宿を探さなくちゃ。しまったなー。ここで節約しようと思ってたのにー。

「この辺りで、どこか安い宿を知らないかい?」

男性の方が聞いてくる。うーん、どれくらいここに滞在するのかによるけれど、1週間で120ドルというところはあったよ。
見ればこのカップルに、車はないようだった。

「もしよろしかったら、私の車で近辺のモーテルまで行きましょうか?」

女性のほうは、まぁ助かるわ、という表情を浮かべたが、男性の表情は硬かった。

「いや、いいよ。僕達はバスでもつかまえるから」

どうやら警戒されてしまったらしい。ここはアメリカ。ヒッチハイクは非常に危険だ。ましてや、知らない人の誘いになど乗ってはいけない。でも、いくらなんでもこんなちっちゃい日本人の女の子を相手に警戒することもないんじゃない?そういうのをね、見当違いって言うんだよ。

二人は去って行った。女性がすまなさそうに降り返って手を振った。彼女には私の無害性が伝わっていたらしい。こういう時って、女性の方が勘が鋭いのかもね。アンタ、そんな見る目のない男とは別れちゃった方がいいよ。(余計なお世話である)

気分を変えて、私も車へ乗り込んだ。さーて、どこの宿に泊まろうかな。私は再び、街をぐるぐると運転し始めた。どうやら、宿がたくさんある通りは、決まっているようだ。一泊、17ドルという看板が掲示されているところもある。安いなぁ。別にユースホステルじゃなくても安いモーテルっていくらでもあるんだ。しかし、17ドルと書かれた文字の下には、『アダルトビデオ放映中!』と書かれていた。…どうやら、ファミリー向けでないらしい。もう少し行くと、今度は25ドルと書かれた看板が目に入った。ウィンカーを出して、そのモーテルの駐車場へ入る。どこへ停めようかなー、と考えながらハンドルを切ると、そこに停まっている車はすべてオンボロだということに気が付いた。私の左手に見える車など、窓ガラスが割られている。こんなところへ私のぴかぴかハニー三世などを駐車したら、泥棒の格好の餌にされてしまう。だめだ、だめだ。別のところにしよう。

やはり、安い宿にはそれなりに事情のある人が宿泊している。用心しなくてはならない。私は少々高めだが45ドルという看板が出ているモーテルへ入った。駐車してある車は、それなりにきれいだ。受付へ急ぐ。インド人のおじさんが、カウンター越しに私を待ち構えていた。

「ハロー。こちらへご宿泊ですか?」

はい、安い宿を探しているんですが。

「この辺りじゃここが一番安いね。他の安いモーテルは危険だよ。ここはたったの45ドルだよ。」

45ドルも払うのだったら、インターネットに接続出来るような部屋じゃないと割に合わないな。ちょっと部屋を見せてもらってもいいですか?電話のモジュールジャックを確認したいんです。あ、私はアヤシイ者ではありません。もしなんだったら、私と一緒に部屋へ付いてきてもらってもいいですよ。

「………………………」

おやじは無言だった。もしも私を疑うんだったら、一緒に部屋へ行って、そこで監視してもらっていいですから。
私は必死だった。

「………僕にキミと一緒に泊まってもらいたいの?

なんでそうなるんだよーーーーっ!!! 彼は私の右手を優しく握り締めた。おいおいおいおい! その手を離しなさい! 私は間違ったモーテルへ来てしまったのだ。そうだ、私はここへ泊まるべきじゃない。

私は別のモーテルを探すことにした。

少し高くても仕方がない。身の安全が第一だ。いくら金銭感覚のない私でも、このまま行けば私のお金も底を尽きてしまうことくらい容易に予想できた。私はあまりいい噂を聞かなかった、Super8という全米を網羅しているチェーンモーテルに宿を決めた。お金を払うとき、レジの横に"VIP"と書かれた広告が立てかけられているのを目にした。あの、これはなんですか?

「VIP会員になっていただくと、10%の特別割引が使えるようになるんです。今日から使えますよ」

おお。これぞ旅人の味方。割引なんて、日本ではあまり興味がなかった言葉だったけど、今なら興味津々だよー。人生、割引しまくりだよねー。私は鼻の穴を膨らませる勢いで、VIP会員になる意思を伝えた。VIP会員になった暁には、このSuper8だけに忠信を尽くすよー。

かくして、私はSuper8モーテルのVIP会員カードを手にした。その夜の宿代は、約35ドルであった。

朝を迎えると、明日、日本からやってくる友人達を案内するため、街の下見へ出かけた。Native American博物館へ行き、大きな薬局も下見した。アメリカは初めて、という彼女達にリアルアメリカンを感じ取ってもらいたかった。私はロビーで聞いた、スーパーマーケットへも足を運ぼうとしていた。

そのときだった。先ほどまでの青空が、一気に怪しくなっていった。私が目指すスーパーマーケットはすぐ左手にある。どこかでUターンをしなくてはならない。私は悪魔が飛び出てきてもおかしくない、暗い雲の塊へ向かって走った。前方で稲妻が走るのを合図に、強風が吹き始めた。道沿いのフェニックスが、狂い猛ったかのように揺れている。間もなく、豪雨が降り始めた。

私はなんとかUターンをし、スーパーマーケットの駐車場へと急いだ。車を停める。エンジンも止めた。空がピカッピカッと光っている。バケツをひっくり返したような雨がそこらじゅうに降り注ぐ。風が音をたてて、私の車を揺さぶった。目の前でスーパーの垂れ幕が風に飛ばされていく。先ほどまで、急な雨に逃げ惑っていた客達も、今は姿が見えない。空が再び光る。風で車が揺れる。まるで世界全部が揺れてるみたい! 雨は滝のように降り注ぎ、駐車場はちょっとした洪水状態になった。

ここで、私の好奇心がムクムクと恐怖心の間から押し上げてきた。豪雨、強風、洪水。すごい! 空が織り成す阿鼻叫喚だ! 沖縄の人は台風が来ると家の畳をはがし、そいつを背中に縛って外へ飛び出し、強風に煽られ空を飛ぶという遊びを楽しむらしい。(←本当かどうかは知らない)私だって! 畳こそないけど、外で雨に打たれたい!

以前、館山へ出かけた際、大きな台風に見まわれたことがある。その時も、止める後輩の声も聞かずに、自転車で外へ飛び出して遊んだことがある。翌日は街中が洪水で、何も用事がないというのに、わざわざ膝までズボンを捲し上げて近所のコンビニエンスへ行ったのだった。途中で、自警団のおじさんに「どこから来たのー!?」と聞かれ、ヨコハマと答えて、感心されたことを今でもよく覚えている。たぶん、おじさんは近所の子だと思ったんだろうなー。

私は車のドアを開けた。うっ、風でドアが重たい。ちょっとの隙間から、雨がジャバジャバ入ってくる。私は人間業とは思えない早業で、車から飛び出した。しかし、車のドアの鍵をかけるのは、頭の悪い子供のように遅かった。私はびしょ濡れになった。

びしょ濡れになったら、こっちのものさ。私は嵐の中の王様だ。はははー。はっ! 足元を見ると、私の大事な皮のビーサンが無残にも水没しているのが目に入った。いかん。これは高級ビーサンなのだ。ただちに建物の中へ逃げ込まなくては!

私は濡れて滑るビーサンに悪態をつきながら、スーパーマーケットへ入った。入り口には、買い物を終えて立ち往生している客達であふれていた。しかし、その奥は何事もないかのように、日常の買い物風景が広がっている。私は何も買うものなどなかったが、なんとなく店内をぶらぶらし始めた。濡れた体に、冷房が堪える。私は、大きな水のボトルと、普段は食べないようなお菓子をカゴに入れた。15分くらい、店内にいただろうか。買い物を終え、私が再び駐車場へ出るときには、雨は上がり、空は晴れ渡っていた。先ほどまで洪水状態だった駐車場も、今ではアスファルトが乾き始めているほどだった。

フェニックスという街の、気性の荒さを垣間見た出来事だった。

(つづく)


この翌日、私のOL時代の友人二人と合流する予定になっていました。彼女たちも人生でアリゾナのフェニックスに来ることになるだなんて考えてもなかったと思います。普通、用事ないですよね。フェニックスなんて。しかも夏の暑いオフシーズンに。私がそこにいるからという理由だけで海を渡ってきてくれた彼女たち。さて、どんな展開になるのでしょうか。

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