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中森明菜「BLUE OCEAN」 わけ分からなさが逆に心に残るトリッキーな曲 

(前作「BABYLON」に続き、中森明菜のエキセントリックな作品を語るエッセイの第2回です)


「BITTER&SWEET」に続くアルバムは変化球

1985年の中森明菜は、アイドルからアーティストへの転機となったアルバム『BITTER & SWEET』を4月にリリースした後、音楽的にアーティスティック…というか少々マニアックな世界へと突入していく。そのわずか4ヶ月後の8月にリリースしたアルバムは、タイトルからして読み方がわからない『D404ME』であった。前作がシティ・ポップ風に洗練されたド直球作品だとしたら、今作は変化球。サウンド面で遊びの要素が随所に見られ、明菜の歌い方も全体的に弾けたチャレンジングな作品である。

そのタイトルだが、当時のファンクラブの会報によれば、ニューヨークの倉庫の一室に付けられた名称らしい。この倉庫で少女明菜は自立した女性との出会いを果たすというストーリーが付いていたそうだが、それを知らない多くのリスナーには謎のタイトルだった。私も当時は何と呼んでいいかわからず「ディーよんまるよんエムイー」とそのまま、意味も不明なまま友人と会話した記憶がある。そしてアルバムを聴き、従来とは毛色が違う魅力を感じたことも、うっすら記憶している。

面ごとにガラリと変わる曲調

というのも、この『D404ME』は、各面(Side)で曲調がガラリと変わるのだ(当時のLP盤の場合)。Side1の(最初の)5曲は、マイナーで切なく歌い上げる曲が続く。メリハリを効かせ、時にタガが外れたような明菜のボーカルが聞きどころで、2曲目の「ノクターン」のサビで聴かせる声の強弱は凄まじい。

一転してSide2は、切なさから解放されて楽しげに歌う明菜が印象的。ラストの「モナリザ」とオプション曲「ミ・アモーレ(special version)」からは、明菜らしい真摯な歌唱を堪能できる。
そのSide2の先頭曲が、今回述べる「BLUE OCEAN」である。

繰り返し聴きたくなる「BLUE OCEAN」

前述したように『D404ME』はSideごとに曲調が変わるのが特徴だが、繰り返し聴きたくなるのはSide2である。その筆頭が「BLUE OCEAN」だ。私にとってこの曲は、39年前に初めて聴いた時から心に刺さり、このアルバム=この曲というくらい印象が強い(次は「STAR PILOT」)。

繰り返し聴きたくなる理由は、(Side1から一転した)明るくトリッキーなサウンド、キラキラしたテクノアレンジ、そして明菜の楽しそうな歌唱にある。前作までの明菜のアルバムに収録された楽曲は、どちらかといえば洗練されたサウンドを丁寧に、魂を込めるように歌う作品が多かった。反面、この曲からは、そうした重めの曲作りから解放された自由が感じられる。私は初めて聴いた時、「こんなくだけた曲も明菜は歌うのか」と驚いた。

この曲は、鉄琴のような金属音が鳴り響くイントロから始まる。出だしのサビは一聴した限り聴き取り不明だが、キャッチーなサウンドだけは心に残る。後半では明菜のボーカルにエフェクトが掛かり、キラキラしたアレンジが耳に心地よい。何より、力を抜いて弾けるように歌う明菜のボーカルは、聴いていて楽しい。じっくり聴かせる曲が続いたSide1からのギャップも印象に残る。

この曲は、作詞が湯川れい子、作曲がNOBODY(当時、吉川晃司やアン・ルイスへの楽曲提供で活躍していた)、そして編曲は何と久石譲である。久石さんといえば、前年の『風の谷のナウシカ』をはじめジブリ映画音楽の巨匠という印象が強いが、80年代はポップスのアレンジも手掛けていたようだ。調べたら、この年のNo.1セールスを記録した井上陽水のセルフカバーアルバム『9.5カラット』の中で、「飾りじゃないのよ涙は」のアレンジを久石さんが担当していた。もしかしたらその繋がりで、この曲のアレンジを手掛けたのかもしれない。

わけが分からない歌詞も魅力

この曲は明菜のシングル候補にもなったそうだが、キャッチーで印象的なサウンドを聴けば納得できる。しかし歌詞は、正直言ってわけが分からない。出だしはこうだ。

Oh, ダーリン
What a little love
What a little chance
夜が深くて
失くした ボートが 捜せない
だから 淋しさで
ドア押して
闇にもぐれば
ストロボ 眩しい
My Blue Ocean

「BLUE OCEAN」

全体的に散文的で意味不明な歌詞を無理やり解釈すれば、プライベートで失恋した女性が、それを紛らわすために仕事に没頭する様子を表現したように読めなくもない。明菜自身に置き換えれば、「My BLUE OCEAN」はストロボが眩しい歌謡界の例えで、「無限の命があるのなら 心はこれほど歌わない」という一節からは、自分自身をジョーク交じりに歌い飛ばしている感じもする。また「お酒が 痛みを 騙すでしょ」という一節は、20歳を迎えたばかりの明菜を想起してしまう。どちらも印象的なフレーズで、わけが分からない歌詞にも関わらず心に残る魅力がある。

こうしたある意味でエキセントリックな曲をアルバムに加えること自体に、予定調和の斜め上をいくようなアーティスト性の一端を感じる。しかしそれも、さまざまな歌唱に果敢にチャレンジした80年代後半の明菜の魅力。そしてこの傾向はマニアック度を増して、次作『不思議』へと受け継がれていく。

思えば1985年から86年にかけての中森明菜は、レコード大賞を2年連続受賞した黄金期だった。そしてこのアルバムも、同年のレコード大賞で優秀アルバム賞を受賞している(アルバム大賞は井上陽水の『9.5カラット』)。名盤との評価が高い『BITTER & SWEET』ではなくこのアルバムがノミネートされたということは、明菜の緩急つけた変幻自在のボーカルが評価されたのだろうか。

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