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成人おめでとう

先日、犬の散歩に出たところで隣の家の女の子に会い、久しぶりに立ち話をした。
家が近所というだけでなく、わたしが随分長いことサボっている習字教室で一緒だった女の子だ。

その子もサボりがちだが、検定は2級まで進んだとのこと。段位取るまでは頑張るって。えらいな。

成人の日の着物を予約したので、その写真を見て欲しいという。
なんと。もう二十歳なのか。よその家の子の成長は早い。

見せてくれた着物の写真は、白地に金や臙脂で大きな花がいくつも描かれ、色合いは落ち着いているのにとてもゴージャス。色白で背の高いこの子にきっと似合うに違いない。
成人式には出ないけど、春に着物を着て写真撮影だけするそうだ。


彼女が成人式に出ないのには訳がある。
彼女は中学の途中からほとんど学校に行っていない。クラスメイトとのトラブルがきっかけで人間関係が悪化し、孤立してしまった。
わたしの町の成人式は中学校単位で行われるので、彼女のような中学時代を送った子なら、行きたくないと思うのも当然だろう。

彼女が中学校に行かなくなったのと同じ頃、彼女のご両親が離婚し、お父さんと2人暮らしになった。そして当時はそのお父さんともあまりうまくいっていなかった。

学校にも家にも居場所がない彼女の拠り所になろうと、習字の先生が場所を貸してくださった。わたしはそこで週に3日ほど、仕事終わりの夕方から、彼女に英語を教えていた。

勉強を教えるという名目だけど、ほんとうの目的は、彼女が安心して心のうちを吐き出せる場所をつくることと、どんなことがあっても彼女を受け止め、大切に思っている人間(習字の先生とわたし)が存在しているんだとわかってもらうことだ。
だから、英単語を覚えてこなくたって、宿題をやって来なくたって、咎めたりはしない。気分が乗らないときはずっとおしゃべりするだけのこともあった。

彼女は頑張って3年間で中学校を卒業した。
卒業する時、彼女が学校に行けなくなるきっかけを作った元クラスメイトがひとりだけ、謝ってきたそうだ。「中学時代を、人生を台無しにしてしまって済まなかった」と。

それに対して彼女は「もういいよ。そのかわり、自分にしたことと同じことを他の人には絶対にしないで」と返したそうだ。
なんて強い子なのだろう。わたしが同じ立場だったらこんな言葉で相手をゆるすことができただろうか。


中学を卒業した彼女は通信制高校に入学した。アルバイトをしながらレポートやスクーリングを頑張り、きっちり3年で高校を卒業した。

高校在学中に自分で貯めたお金でバイクの免許を取り、お父さんにも少し助けてもらってバイクを買った。卒業前には車の免許も取っていた。
したいことやほしいものを見つけては、自分の力で手に入れていった。
父娘関係も今は良好のようで本当によかった。


2か月前に二十歳になった彼女は、今は地元の専門学校の1年生だ。
高校卒業後は働いていたが、やっぱり資格を取ろうと1年経ってから入学した。ある国家資格を取得するために頑張っている。

その学校でも一人どうしても合わない人がいて、学校を辞めたいとまで追い詰められたこともあるそうだ。
それでも「そんな奴のために自分が資格を取れなくなって職探しに苦労するなんて癪だ。そいつが辞めるまでは意地でも学校続けてやる!」と考え直したらしい。

ほんとうに、強く、逞しくなったな。中学生の頃から強い子だったけれど。
彼女が自分の人生を大事にする選択をしてくれて、わたしはとても嬉しい。

1年遅れて入学したので、余計に心細さはあったかもしれないけれど、幸い仲の良い友達も数人できたそうだ。今年のクリスマスは初めて家族以外の人と過ごす、と嬉しそうに話してくれた。


こうして久しぶりにたくさんおしゃべりをした別れ際、彼女は「資格が取れて就職が決まったら、○○ちゃん(わたし)と(習字の)先生を食事に連れていきたいんだぁ。○○ちゃんと先生にはたくさんお世話になったから」って言ってくれた。

その気持ちだけでとても嬉しい。涙が出そうだった。

当時はこの子の生活や人生をなんとかしたいなんて烏滸がましいことは考えていなくて、当然見返りなんかも求めていなくて、ただ彼女の居場所が作れたらと思ってやっていただけだ。(でも赤の他人のわたしたちだからこそできることだとは思っていた)
目の前の生きづらそうにしている女の子に、ただ生きていてほしくて、わたしがやりたくてやっていただけ。

その結果、彼女が自分の人生を大切にできる人になってくれたことがわたしたちにとって何よりの「お返し」だ。
なのに、さらにお礼をしたいとまで考えてくれている。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。2年後が本当に楽しみだ。


今日は成人の日。
無事に二十歳を迎えた彼女に大きな祝福を。
これからの彼女の人生が豊かに実り、たくさんの幸せで彩られますように。

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