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Last Days Of April / Even The Good Days Are Bad (2021) 感想

5月の始めかいっ

 と発売日を見て誰もがずっこけたLast Days Of AprilことKarl Larssonさん、6年振り10枚目の新作です。エモとして括られていたのも今は昔、 3作前の「Gooey」(2010)以降曲調がどんどん落ち着きを見せ、最近はややもすると地味な作品が続いていました。
 しかし本作はその全体的な雰囲気としては近作と地続きの成熟路線ながら、エモからインディーポップへと舵を切り始めた初期(「Angel Youth」〜「Ascend To The Stars」あたり)に顕著だったポップで切ないメロディーが少し戻っており、滋味あふれるポップソング集に仕上がっています。いや近作全てに当てはまる形容ではあるのですが。

 冒頭のスロー・バーニングなタイトルトラックからして、曲に比例するように音作りも落ち着いていた近作に比べ、アナログシンセの使い方や中盤のストリングス等、音に遊びが感じられ、ここ数作とは少し違うかも、という気持ちを抱かせます。
 そんな中でKarlさんの1人コーラスに乗せて歌われるのは、「週末も大した喜びを運んでくれやしない/価値なんてあるんだろうか?/僕には分からない」「いい日さえ良くない」というどうしようもない言葉の数々。これぞLast Days Of April、これぞエモ。涙がちょちょ切れそうになります。

心に茨を持つ系

 そう、思わず40過ぎてまだこんなに思春期みたいなこと考えてるの?と言いたくなるくらい、本作の歌詞はここ数作と比べても輪をかけてどうしようもありません
 キャッチーなシングルの2."Run Run Run"でさえ、「自分が誰かに求められているのか知るために携帯をチェックしてた/君といると生きてるって感じるんだ」と救いを見つけたのかと思いきや、「疲れたなんて言わないで/ねえ、ほら/僕はずっと君を待ってたんだ」と、完全な独りよがりだったというオチがついていたりと、目も当てられません。

 そんな中でも人に対しては励ますような言葉が見られるところなんか、大人になって….と遠い親戚のような感情を抱いてしまいます。

君がどんな風に感じているか分かるよ/この世界は君と僕のためのものじゃない

 他に昔との違いを挙げるとすれば、昔は他者との関係性においてエモくなりがちだったことに比べ、本作は内省的というか自己嫌悪というか、他者ではなく自分への暗い感情が吐露されていることが目につきます。でもそれってもっとどん詰まってるんじゃ、と思わなくもないですが。なんせ最後の曲は"Downer"です。

君は壊れて、回復する/気分を変えてみて、「大したことじゃない」って自分に言い聞かせる/でもずっと変わらないこともあるんだよ/変わらないものもある

(こちらは過去の他者へのエモの発露の代表格です。好き過ぎるので貼ります。ミドルエイト以降の素晴らしさ度合いではOasis "Don't Go Away"に匹敵します)

明日の同じ時間、僕が起きる頃/このバイオリンは鳴っているだろうか/遂に心を開く時/君は僕を抱きしめる為にそこに居てくれるだろうか?/だって全部おかしくなってるんだ/もう滅茶苦茶だ/
全部僕が悪いんだ/君じゃない/僕が全ての責任を負えば楽になるだろ/もう終わりだね

 どうしようもない感情をただどうしようもない感情としてぶつけるのがエモという音楽であるとすれば、本作の味わい深いポップソングに乗せて歌われるどうしようもない言葉達もまた、歳を経た今の彼(ら)だからこそ作り得た一種のエモであると言えます。
 そして本作の優しい歌と内省的な言葉を良いと思う自分もまた、彼のことをとやかく言えない、アラサーにして思春期みたいな悩みを振り切れない人間なのだと改めて思います。そもそもそうでなければLast Days Of Aprilなんて聴きません。ちょっとしたファンクとソウルで街をダイナナナイナナイナマーイしてる筈です。
 本作は、周りに不満しかないながらもうっせぇわ、と滾らせることには疲れ果てた、しかしそれでもなお、心に茨を持つ人間に沁みる作品なのです。それって自分かも、とお心当たりのある方は是非、聴かれてはいかがでしょうか。

点数

7.4

 公式HPに寄せられたコメントによれば、本作は御多分に洩れず、前々から制作を始めながらコロナで中断した末に完成・リリースが今になった、という経緯があるようです。内省的なのはそうしたステイホーム、独りの時間が増えたことなども関係しているのかもしれませんが分かりません。だって記事が基本スウェーデン語なんだもの。

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