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医学生の強みと幸福の関係 ー3年間の縦断研究でわかったことー

こんにちは。紀藤です。さて本日も強みに関する論文をご紹介させていただきます。本日ご紹介の論文は「医学生の強みと幸福の関係を3年にわたって調査をした研究」となっています。

医療従事者は、感情労働が多く、バーンアウトなどが起こりやすい職業として知られています。その中で「強みを適用することは、時間が経つに連れて、幸福感・エンゲージメントにもプラスの影響をもたらすのか?(そしてそれはバーンアウトなどを抑制する対処になるのか)」という疑問について向き合った内容となっています。

結論からすると、予測とは違った結論として「ある程度の幸福度があることが、強み適用に繋がる」という、これまでの研究(強み→幸福)と逆の効果が示されました、、、というなかなかに興味深い話になっています。

ということで、早速内容をみてまいりましょう!

<今回ご紹介の論文>
『幸せになることをもっとする?特徴的な性格の強みの適用可能性と将来の医師の幸福度と健康の経時変化』
Huber, Alexandra, Angela Bair, Cornelia Strecker, Thomas Höge, and Stefan Höfer. (2021). “Do More of What Makes You Happy? The Applicability of Signature Character Strengths and Future Physicians’ Well-Being and Health Over Time.” Frontiers in Psychology 12 (May): 534983.

1分でわかる本論文の概要

  • 性格的強みの応用に関する研究では、幸福感、健康、仕事上の行動(エンゲージメント等)にプラスの効果があることが実証されている。

  • そして、将来の医療従事者(医学生)は、高い学習要求のために幸福感が損なわれるリスクのある集団である。よって、本研究では、幸福感に対する「長期的な保護効果」の可能性を調査することとした。

  • 具体的には、504名の医学生に対して、3年にわたって縦断的なオンライン研究に参加をしてもらった(完全データが取得できたのは96名)。

  • その上で、「特徴的な性格的強みの適用可能性」「幸福感」「精神的健康」「身体的健康」の関係を検証した。また、ワーク・エンゲージメントや感情的疲労を介した間接媒介効果も検討した。

  • その結果いくつかのことがわかった。まず1つ目が、幸福の概念の1つ「繁栄(Thriving)」が将来への「特徴的な性格的強みの適用可能性」に有意な正の影響を及ぼすことが示された。

  • 2つ目が、「特徴的な性格的強みの適用可能性」と「幸福度」「精神的・身体的健康」の関係に、「ワーク・エンゲージメント」が間接的な効果を与えていることがわかった。

  • これらの結果より、「幸福度が高いことが性格的強みを利用するために必要である」と示唆していると言える。

という内容です。

様々な概念が含まれていること、縦断研究ということで複数のパス(矢印)が存在していること、これまでの研究結果と逆の内容を示していること、など、パッと見複雑なのですが、噛み締めてみると味が出る論文です。

本論文に関連する概念

今回はポジティブ心理学をベースとした研究となります。
よってポジティブ心理学について、少しおさらいします

ポジティブ心理学の3つの柱

「すべては生命を維持することに向けられているようであり、生きる価値を高めることにはほとんど向けられていない」(マズロー, 1954)。

このようなマズローな言葉にも示されるように、病理的アプローチに対して、これまでのアプローチに違った視点が投げかけられたのがポジティブ心理学です。ポジティブ心理学の研究領域は1990年代後半に、”人生を最も価値あるものにする要因”に注目し、発展を遂げてきました。

ポジティブ心理学では、 「3つの柱」を通して人間の機能を促進し、個人の潜在能力を満たす人生を肯定する要因を特定する、と述べています。それがこちらです。

<ポジティブ心理学の3つの柱>
(1)ポジティブな主観的経験(例:幸福感/満足感)
(2) ポジティブな個人的特性(例:性格的な強み)
(3) ポジティブな制度(例:家族/職場)
(Seligman and Csikszentmihalyi, 2000; Peterson, 2006)

(1)ポジティブな主観的経験(幸福感)

まず、3つの柱の1つ目、(1)ポジティブな主観的経験(例:幸福感/満足感)に関連する「幸福感」についてです。本論文では「幸福度」や「繁栄」といった概念を成果指標として用いています。似ているようで紛らわしいものがいくつかあるので、以下整理します。

●主観的幸福感(SWB)
「幸福とは、”快楽的瞬間の総数”であり、人生の目的は最大限の楽しみを経験することである」(古代ギリシャの哲学者アリスティッポスに源流を持つ)。
 これを快楽主義的な伝統とし、快楽主義的な観点は主観的幸福によって幸福を定義することができるとしました。この幸福は、さまざまな領域(例えば、仕事、家族、余暇、健康、経済、自己、または自分のグループ)について、快楽主義的な構成要素を含めた主観的幸福感(SWB; Diener, 1984)としています。

●心理的幸福感(PWB)
「幸福とは、”個人が人生を自己実現的に生きるために追求するすべての可能性を実現することから生まれる
」(Waterman, 1993)。
 個人の表現力であり、個人の能力向上に繋がります。個人が個人的目標のために努力したり、自律性、個人的成長、人生の目的、自己受容、他者との肯定的関係の構築など、重要な人生の課題に積極的に関与するときに生じる幸福の概念です。この概念を、心理的幸福感(PWB;Ryff and Keyes, 1995)としています。

●繁栄(Thriing)
最近開発された、SWBとPWBを考慮した幸福の概念が「繁栄」です。これは「精神的、身体的、社会的に最大限ポジティブに機能している状態」と定義されています。これに対応する質問票「繁栄に関する包括的目録(CTI)」では、楽観主義、PERMAモデル、自己決定理論などが含まれています。

(2) ポジティブな個人的特性(性格的な強み)

次に、ポジティブ心理学の3つの柱の2つ目、おなじみの「強み」です。「性格的強みは幸福の様々な側面に貢献することができる」とされています。

「性格的強み」は、 VIA-IS( VIA-Inventory of Strengths; Peterson and Seligman, 2004; Peterson and Park, 2009)を用いて測定することができる、肯定的で安定した道徳的な特性として概念化されました。

この強みは、それぞれの環境で強みが形成しうるとしつつ、すべての人が、いわゆる「特徴的な性格の強み(Signature Strengths)」を3~7個程度持っており、それが本当の個人の特徴であると述べられています。

そして、自分の特徴的な性格的強みに従って行動すると、本来感を覚え(「これが本当の自分だ」)、活力が湧き、内発的に動機付けられる(Peterson and Seligman, 2004)とします。

本研究の全体像

さて、本論文はこのようなポジティブ心理学をベースに3年にわたる調査を行いました。具体的には以下の通りです。

本研究の仮説

本研究では、性格的な強みと幸福度の関係を「縦断的」に検討することを目的としています。よって、以下の仮説が立てられました。その結果も先んじて記載をいたします(後ほど解説します)

H1:「特徴的な性格の強みの適用可能性」は、時間の経過とともに、「幸福(繁栄、SWB、PWB)」および「 健康(身体的・精神的健康)」に対して正の効果がある。
→ 棄却された
H2:「特徴的な性格の強みの適用可能性」は、各時点における「ワーク・エンゲージメントの増加」と「感情的疲労の減少」を介して、「幸福」と「健康」に間接的に影響する。
→ 部分的に確認された(ワークエンゲージメントの影響のみ有)

参加者

504人の医学生
・時間1:431人、時間2:267人、時間3 :139人(1年毎に調査)
・64%が 女性(N = 62)、36%が男性(N = 35)。平均年齢は20.3歳
・半数以上がオーストリア人(50.5%)、次いで ドイツ人(26.8%)、イタリア人(21.6%)、その他の国籍(1.0%)

方法(調査尺度と分析方法)

2015年から2017年にかけて1年毎に以下の調査尺度を収集しました。

(1)繁栄(CTI: Comprehensive Inventory of Thriving)(Hausler et al.)
・54項目で構成されており、5段階で評価する
・ウェルビーイングの18の側面をカバーしており、SWBに3つの項目、PWBに15の項目が含まれる
・SWBは生活満足度・肯定的感情・否定的感情からなり、PWBは自律性・関与・意味・習得(達成、学習、自己効力感、自己価値、技能)・楽観性・人間関係(帰属、コミュニティ、孤独、尊敬、支援、信頼)からなる

(2)性格的強み(VIA-IS)
・120項目で構成

(3)特徴的な性格の強みの適用可能性(ACS-RS)
・個人の特徴的な性格的強みを仕事(または勉強)と私生活の両方において適用する能力を評価するために使用される(Harzer and Ruch, 2013)
・各特徴的な性格の強みには、仕事と私生活のそれぞれに関する4つの質問があり、合計8つの質問がある

(4)心身の健康(SF-12)
・身体的および精神的健康状態を評価するために使用される12項目
・German Short Form Health Survey(Bullinger and Kirchberger, 1998)を用いて、過去4週間の健康状態を測定する
・この尺度は、主観的な健康感を8つの次元に分類し、身体的要素要約(PCS)と精神的要素要約(MCS)の2つの高次クラスターを形成する

(5)ワーク・エンゲージメント
・「ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度」(Schaufeli and Bakker, 2003; Schaufeli et al., 2006)のドイツ語学生版から抽出された9項目を使用

(6)感情的消耗(MBI-SS-GV)
・「Maslach-Burnout-Inventory」(Gumz et al.)の次元の1つであります。

結果

まず、仮説1(特徴的な性格の強みの適用可能性が、時間の経過とともに幸福度および健康度に正の効果を及ぼす) ですが、逆効果が認められたため、仮説1は棄却されました。また、仮説2は部分的に確認されています(詳細は「わかったこと2」で後述します)。

次に、印象的だった結果についてまとめます。

わかったこと1:医学生の強みの特徴

  • 特徴的な性格の強さとして最も頻度が高かったものが、「正直さ・判断力・優しさ・愛情」でした(全体としてどの時点においても高かった)

  • 性格的強みの適用可能性(ACS-RS)の結果は「公正さ・希望・優しさ・忍耐力・熱意」が、学習生活において最も高い適用可能性を感じていました。

  • 参加した生徒の少なくとも68.1%が「5つの特徴的な性格の強みのうち3つは3つの時点を通じて不変である」と回答しました。(20.6%が4つ、2.1%がすべての特徴的な性格の強みが時間と共に一貫していると回答。t1からt3まで、すべての特徴的な性格の強みが完全に変化した参加者はいませんでした)

なるほど、「3年の間ではあまり性格的強み変わらない」と考えている人が多くいるのは興味深いことに感じますね

わかったこと2:「繁栄」が「性格的強みの適用可能性」に正の関連がある

または「繁栄」と「特徴的な性格の強みの適用可能性」をみると、「繁栄」が、次の時点での「特徴的な性格の強みの適用可能性」へ影響を与えていることがわかりました。(特徴的な性格の強みの適用可能性が、次の時点の繁栄に影響を与えるパスもありました)

わかったこと3:「繁栄」と「性格的強みの適用可能性」の間をワーク・エンゲージメントが媒介する

ワーク・エンゲイジメントと感情的疲労を介した間接的効果に関する仮説2は部分的に確認されました。媒介分析の結果、ワーク・エンゲイジメン トを介した間接効果は認められました。一方、感情的疲労を介した間接効 果は認められませんでした。

まとめと個人的感想

さて、これらのことから本論文では以下のように結論付けています。

・本研究のこの事実を考慮すると、「繁栄」は2年間にわたる「特徴的な性格強みの適用可能性」の長期的予測因子と解釈できる。
「幸福度(繁栄、PWB)」が高いほど、「特徴的な性格的強みの適用可能性」がより高く認識される

つまり、本研究のポイントは、これまでは「強みの適用」→「幸福」というパスだったのが、「幸福」→「強みの適用」という逆効果がある、という点になります。

このことは「自分がより幸福度を感じることが、強みの適用の可能性を高める」ことを示唆するため、日々の幸福度を高める取り組みの重要性を提唱しています。一方、これは卵が先か鶏が先か、という話でもありますが、強み→幸福度を高める以外の、複合的なアプローチが必要のようにも感じられるものでした。

2010年くらいのシンプルな論文に比べて、2021年と色々なことが明らかになってきた時期では、また論文に含まれる概念も、研究の奥行きも変わってきたように感じる論文でした。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!


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