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あるクモの話

春分|桜始開
令和6年3月29日

部屋で飼っていたクモが亡くなった。飼っていたと言ってもエサをやったりしていたわけではなく、けっこう前から部屋に生息していたクモである。部屋に入るときに足元をウロウロしていて、踏んじゃいそうになったことが何度もあり、その度にどこか安全なところに巣でも作ってほしいものだと思っていたら、そのクモが自ら定住の場所として定めたのが、部屋のインテリアとして飾っていたワンカップ瓶の中だった。いつの間にか姿が見えなくなってどこかへしまったと思っていたのが、ふとした時にワンカップ瓶を覗き込んだところ懐かしいクモちゃんの姿が見えて、つい笑って泣きそうになった。日中はずっとワンカップ瓶の中でじっとしていて、エサを狩るような獰猛な姿など見たことがないが、まれに瓶の上部のあたりをぐるぐると探索している時があると、こいつもやっぱり蜘蛛なんだなぁとよくわからないことを思ったりする。

先日、いつものようにワンカップ瓶の中を覗き込んだら、小さく丸まって動かなくなっていた。クモの寿命がどれくらいなものなのか、はたまた何年くらい生きたクモだったのかは全くわからないけれど、それなりに長生きして良い一生だったと思ってくれていたら嬉しいと、勝手におこがましいことを思った。夜のうちにマンションの下の花壇に安置してきた。

今日は春荒れに荒れて駅の改札前に折れた傘が何本もすずなりになっていたから、きっと大嵐に乗ってクモちゃんの魂も向かうべきところへと旅立ったことだろう。そろそろ無事に着いてくれていたら嬉しいけれど、そんなことを確かめるすべもない。空になったワンカップ瓶を眺めて、短い共同生活の終わりに少しだけ泣いた。

-T.N.


桜始開

サクラハジメテヒラク
春分・次候

コヨムが4年目を迎えました。いつもありがとうございます。

一昨日、春がやってきました。季節はグラデーションで区切りはないのだけど、春と夏のはじまりだけは、スイッチのように感知する。今年もやってきてくれてありがとう。ゆく冬にも感謝を。

参考文献

なし

カバー写真:
2024年2月5日 ありがとうクモちゃん


コヨムは、暦で読むニュースレターです。
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あるクモの話
https://coyomu-style.studio.site/letter/sakura-hajimete-hiraku-2024


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