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メンフィスラップのスタイルはいかにして広がっていったのか?

ele-king booksの書籍「メンフィス・アンリミテッド――暴かれる南部ソウルの真実」の書評をWebメディアのMikikiに寄稿しました。

この本はメンフィスソウルについての本ですが、記事ではそこからメンフィスラップに繋がるものの話をしています。メンフィスは現行ヒップホップシーン最重要地の一つです。出身者の活躍はもちろん、全米にもメンフィスのサウンドが浸透しています。

メンフィスラップは、Mikikiの記事で書いたように古くはDJ Spanish Flyなどから始まり、その後Three 6 MafiaDJ SqueekyTommy Wright IIIといったアーティストによって1990年代に独自の発展を遂げていきました。その低速BPMとピアノやカウベルなどを用いたダークなサウンドは、現代のトラップやフォンクに先駆けるものです。そこで今回は、メンフィスラップが他エリアの音楽に与えた影響を振り返り、その功績を改めて称えていきます。

まず一つ挙げられるのが、The Showboysが1986年にリリースしたシングル「Drag Rap」ネタの使用です。この曲はニューオーリンズバウンスの定番ネタとして知られていますが、ニューオーリンズで使われる前からDJ Spanish Flyがたびたび使っていました。ライターのGino SorcinelliReverbの記事The Rise of Memphis Rap Tapesで、メンフィスで先に定番化してニューオーリンズに渡ったと指摘しています。確かに「Drag Rap」ネタはGangsta BlacやDJ Squeekyといったメンフィス勢も好んで使っており、ニューオーリンズだけではなくメンフィスでも定番化していました。ニューオーリンズバウンスは後にDrakeBeyoncéなども取り入れる大きなものになりましたが、このメンフィス勢の動きがなかったらそれもなかったかもしれません。

そしてMikikiの記事で触れたように、手数の多い細かく刻むドラムパターンはメンフィス勢のトレードマークの一つです。これは現代のトラップにも明確に繋がるものですが、それ以前からTimbalandAaliyahの名曲「One In A Million」などで聴かせていました。Timbalandはキャリア初期にはDeVante Swing率いるコレクティヴのDa Bassment Cruで活動していましたが、このDa Bassment Cruにはメンフィス出身のラッパー兼プロデューサーのSMKも所属していました。SMKが1991年にリリースしたアルバム「The Real Side of Me」を聴くと、やはりDJ Spanish FlyやThree 6 Mafiaなどに通じる高速ハイハットを聴くことができます。

2Pacの1996年の名盤All Eyez On Me収録の「No More Pain」のドラムもSMK作ですが、これも既にかなりトラップっぽく聴けるビートです。同じコレクティヴで活動したTimabalandにもかなりの影響があったと推測されます。

また、メンフィス出身でアトランタに渡ったラップグループのAdamshameや、アトランタ出身ながらThree 6 Mafia周辺から登場したT-Rockのようなラッパーの存在もありました。AdamshameはT.I.もパイオニアとして賛辞を送っており、トラップの礎と言っても良いグループだと思います。

メインストリームと近くない動きとしては、アイオワ出身のラッパー兼プロデューサーのEvil Pimpが、メンフィス勢の影響下にあるスタイルで1990年代後半から活動していました。その動きは後のSpaceGhostPurrpA$AP Rockyなどの非メンフィス出身者によるメンフィス系のスタイルの先駆け的なもので、日本にもその影響を語るDSXTXのようなラッパーもいます。

そして、2000年代にはメンフィス出身のDrumma BoyJazze PhaT.I.
Jeezyなどの作品を手掛け、トラップをシーンに根付かせていきました。Jazze PhaはMikikiの記事でも触れたように生演奏も取り入れるメンフィスのソウルフルな側面、Drumma BoyはDJ Spanish FlyやThree 6 Mafiaなどから継承したメンフィスのハードな側面を聴かせるプロデューサーです。どちらもアトランタ勢の作品を多く手掛けて人気を集めましたが、その作風はかなりメンフィスマナーなものでした。

2000年代はThree 6 Mafiaの人気も上昇しました。南部ヒップホップ自体の勢いからUGKOutkastと同じような南部レジェンド枠としてシーンの立ち位置を固め、さらに映画「Hustle & Flow」主題歌の「Hard Out Here for a Pimp」がオスカー賞を受賞。2005年の名曲「Stay Fly」も話題を集め、全米の作品での客演やプロデュースもかなり増加しました。

2010年代に入るとA$AP RockyやSpaceGhostPurrpなどが登場し、メンフィス的なドロドロの音楽性で人気を集めていきました。そして、これらと同時代の動きとして、メンフィスのベテランのTommy Wright IIIのスケートビデオ経由でのブレイクがありました。この頃から1990年代のメンフィスラップの妖しい魅力が再発見されるようになっていき、フォンクのような動きにも繋がっていきました。

2010年代にはそのほかにもMigosのブレイクに伴う三連フロウの先駆者としてのLord Infamousの注目度の上昇、Juicy J「Slob On My Knob」フロウの流行、プロデューサーとしてのDJ Paulの活躍、Three 6 Mafia「Who Run It」でのフリースタイル……などなど、様々な方面からメンフィスラップに光が当たりました。そして現在はそれらの動きを経て、メンフィス的なスタイルが完全に全米に浸透。本場メンフィスからはGloRillaDuke Deuceのようなストレートにメンフィスラップに挑むアーティストも登場し、アンダーグラウンドな動きではなくメインストリームで人気を集めるようになりました。メンフィスという地の魅力の奥深さは、これからもきっと多くのリスナーを魅了していくでしょう。

ちなみに、私が最近注目しているメンフィスラップのアーティストはラッパー兼プロデューサーのCrystal Ball Antです。ラップもビートも完全にThree 6 Mafiaフォロワーで、充実した作品を早いペースでリリースしています。メンフィスラップ好きの方ならたまらないはず。


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