見出し画像

50歳のノート「ガベ飯とベーグル」



吉本ばななさんのブログに登場する下北沢の美味しいお店訪問に凝っていた頃があった。

紹介されていたタイ料理屋さんはプリミティブな味でヒッピーでテンションが高い、下北沢らしい雰囲気を味わう。

少しずつ色々な種類を食べたいのだがその選択肢が無い。スープ、サラダ、メインとなると胃の容量を超える。さすがに炭水化物は選択肢に入れないけれども結構なボリュームだ。
友達と行く時もあったけれど、一人で楽しい気分をチャージしたい時に行くことにしていた。

ある日のその店の帰り、満腹のはずが胃がぎゅうんと縮む感覚がした。
こんなに食べたのに腹が減っている?!
そんなはずが無い。
そんなはずが無いのだが、まるで胃から何かが吸い出される感じがした。
おかしいなと思いながら店長さんのいつにないぼんやりした姿が思い出された。
しばらく経ってその店に行くと、店内が薄暗く感じた。いつもと同じものを食べてもやはり胃がスカスカする。
足が遠のいているうちにふと気になって店のブログを見ると「しばらく休みます」とあった。
何事かがあった様子。
あのどんよりとした空気感と胃から何かが吸い出される感じは関連があったに違いない。

リモートワークになり一人暮らしを始めると、食べ物により敏感になった。
外食で麻痺していたものがセンシティブになる。
まずスーパーの惣菜を食べたら気持ち悪くなった。揚げ物は特にそうで、おかきも同様である。
とはいえ、自炊も続くとつまんないしな、と長年住んだ街でも探したことが無かった店を漁りはじめる。
やたら人が並んでいるしゅうまい専門店のお弁当を買ってみたが、いきなり胸が詰まって吐き気がした。店内と店主の暗い感じが濃縮されてどどっと入ってくる感じ。不幸と貧乏が胃にねじ込んで来るような…?

そんな感じでチェーン店の外食もダメになった。もはや何を食べさせられているのかもわかない。香料と見た目と濃い味付けだけど、紙粘土を食べさせられている感じがする。

そう言う食べてもどうしようもない食事をガーベッジ飯、略してガベ飯と密かに名付けた。
出先でランチをしなければならないとき、パッと店内とメニューを見て「あっガベ飯。ガベ飯に2000円出したくないな、、」と思ったりする。お金をはらって気力が回復するどころか吸い出される。さらに余分なカロリーまで入ってしまう。

ガベ飯じゃなくて、気力になる食べ物は無いものか、、と探しているうちに地元にベーグル屋を見つけた。
こんな片田舎でベーグル専門店、、と気になり行ってみる。

ひっそりとした小さなお店は清潔で明るい。
ここにこんなお店あったの、というくらい可愛らしい。
美人の店員さんがお客さんと明るい声で話している。奥ではご主人(ジャムおじさん風に恰幅が良い)がびっくりするほど真摯にパンを作っていた。
一種類につき5個くらいしかないが多種のベーグルと惣菜パンが並ぶ。
都心の有名店の半額くらいの値段でぷりぷりしたベーグルが並んでいた。
私がいる間もどんどんお客さんが入ってきて売れて行く。
いくつか選んで店員さんの明るい声に送り出されて家でベーグルを食べてみた。
おっ、と言うくらい味が良い。何より明るい楽しい気分になる。
あのお店の雰囲気そのものだ。
気をよくして通ううち、夕方はもう全品完売することを知った。
本当は毎日食べたいけれど、糖質がドドっと入ると体重が増量してしまうのを気にして、MAX週一かつ気力を回復したい時に行くことにした。
いまだ気力回復の魔法は続いている。

ちなみに「地元の隠れた名店をみつけたという喜びバイアスなのか…?」と思い、同じくいつのまにかできていたスコーン専門店に行ってみた。
店内に入った時から薄々感じていたが、食べたら胃がギャウンと吸われた。
店員さんの「自分たちのこだわり」押し付け的な、承認飢餓的なものに吸われた感じがした。

なので、やはりベーグル屋さんは思い込みではなく何らかの魔法があるのだと思う。
食べるものに作り手の思っていることが入ってしまう説を聞いたことがある。
他人の気持ちが体内にダイレクトに入るとは、ちょっと怖い話だ。

気力回復のポーションになっているベーグル屋さんの魔法が続くよう、ひっそり応援したい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?