肉械のネフィリム


 そこから見た景色は平凡な町と言った感じだった。平屋の屋根は肉が抉られ、道路に血の川が流れ、繁華街のビルが爛れてなければ、普通としか思わなかったろう。

 血の雨降らす空には金属的なパーティクルの群れがうようよ漂い、町の全部を食い散らかしている。

「ここはもう駄目だな。《出口》までナビしてくれ」

 俺は町の《外》でモニターしている《ヤマアラシ》に引き揚げの意思を伝え、移動を開始した。

『入ったばかりで勿体ねぇな。こんな《肉》他にはねぇんだぞ』

「そりゃ何か一つは上りが欲しい所だが、そんなの探す暇ねぇよ」

 《ヤマアラシ》が示した《出口》は駅だった。入る時は一瞬だが、出る際は特定の場所が必要になる。面倒な話だが幸い現在地は線路沿い、駅にはすぐ辿り着いた。が、橋上駅舎に上る階段がなく、代わりに血の滝が流れていた。

 俺は本来の姿に戻り、背中に生えた機械腕から手を射出した。その時、

「そこの君」

「なんだ?」

 俺を呼び止めたのは眠った子供を抱えた男だった。無視しようかと思ったが、どうも妙だ。

「《外》から来た者だな? 頼みがある」

 男はそう言って俺に子供を押し付けてきた。そして、

「この子を私の下に連れて来てくれ」

 そう言って男は俺に子供を押し付けると、骨格が筋肉を包んだ様な異形に姿を変え、飛び来た獰猛な肉食機械に向かって行った。

「なんだったんだ」

『丁度よく上りが出来たじゃねぇか』

「まぁ、そうだが……」

 俺は仕方なしに生身腕で子供を抱え、ウィンチで駅舎に上がり改札を抜けた――

 】

 大気は湿った薄緋色の靄に包まれて、大地は果てまで《肉》に埋め尽くされている。これが現実。今までいたのは《肉》が宿した過日の記憶、世界が見る夢の如き場所。

 世界は何時からこうなのか。少なくとも最初からではないだろう。《肉》の中でもここまでの光景はない。

「ゲボボボオォーッ」

 そんな肉の荒野に嘔吐の音が木霊した。戻ってきたばかりの俺の頭に、それが降り注いだ。


【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?